次元を超えて起こる奇跡
「親父は島で一番の漁師になって、網元に選ばれた――この島の支配者になるために、網元を目指していたんだ。祖父さんが願っていたから、親の望みを叶えたかった親父の健気な思いだ。実の子供を、それもシャオシンシンの子供を駒のように利用する祖父さんを嫌って若葉さんは、問という派閥を作った。一般人は島に財で利益を生む祖父さんの肩を持って、答って派閥を作った。皆と争いたくないからって親父は、箱というどちらでもない派閥を作った」
リトルは今まで隠してきた思いと、憎悪を声と視線に滲ませて、オレの存在が罪なのだと語る。
オレの存在によって、どれだけの人の未来を狂わせてきたか。
「若葉さんだけだよ、オレ達一族の未来を危惧してくれたのは。若葉さんの危惧を具体化するように、物語を持ったオレと梨花が生まれた。琥珀とは違う在り方の、『幸せの青い鳥』を持ったオレらが! いや、正確に言えば『ウルド』を持ったオレだ! 祖父さんは『ウルド』を継がせたかったんだ! 最初は、過去や未来を行き来できるのが楽しかった。他の奴らと違うんだって、情けねぇことに優越感を持っていた、それが人間じゃないんだって実感だって知らずに――」
ごめんなさい、ごめんなさい、――謝罪すら口にするのを許さない瞳だった。
だから心で謝っておく、ごめんなさい、ごめんなさい――。
「若葉さんは祖父さんに怒った、でも爺さんは聞く耳をもたねぇ。若葉さんの苛つきは体を祟り、あの人は時計台を人に託すと病に伏せった。若葉さんは最後の最期で、本音を漏らしたよ、幼いオレに。〝君に謝りたい、全て自分のせいだ〟と――あの人のあんな辛そうな顔初めて見た」
リトルがにっこり、怨みを表情に映す。
にっこり、にっこり、にっこり。
嗤う音だ、にっこり。でも恨んでいる顔だ。にっこり、って必ずしも笑顔ではないのだとオレは体感する。
「オレの一族がどれだけ……この島の人が……若葉さんが……ばーさんが!! どれだけ、アンタに苦しめられてきたか! これだけ苦しめてきたアンタには、オレの願いを叶える義務がある! その為に時間移動のヒントを出したんだ、ばーさんは教えてくれただろ? それでアンタは判っただろ? もう何もかも判ったなら、オレの願いを――」
「もうやめろ、リトル」
ごめんなさい、小さく呟こうとした瞬間に、背後から誰かがオレの口を手で塞ぎ、守る温度でオレを覆った。
愛しい我が子に接するように、ぎゅうと力強く抱きしめてくれた。
時間旅行を終えた、リカオンだった。
「八つ当たりだ、こんなの。千歳を願った私達の責任だ――梨花と君の関係は。千歳に願っても、四人の内他の誰かが消える未来が生まれる、それだけだ」
リカオンはオレを抱きしめて、大丈夫だよと、囁いて励ましてくれる。
リカオン、駄目だよ、全部オレが悪いんだよ。
記憶のないオレを見て、リトルはどんな気持ちだったんだろう?
これだけこの島全てを縛った、因縁であるオレを見て……。
(皆を救いたい? 皆を、この島に閉じ込めた原因はオレの我が儘だ――人になりたかった、オレの。また会いたいと願ったオレの――)
リトルの心情を想像するだけで、視界が涙で歪む。
「それにこの運命に運んだのは一人首謀者がいるって忘れてないか? 私達四人と賭けをしたのは、アリスだけじゃない――あの兎が望んだのは……」
オレは鐘に繋がる紐へ手を伸ばした、リカオンを突き飛ばして、鐘へ。
鐘を何度も鳴らそうとする、また時間を遡ろうと。
今度はディースの未来じゃなくて、リトルの未来を変えようと。
「どうして」
オレは鐘を鳴らしながら、泣き喚く。
「どうして、時間が巻き戻らないんだ!?」
「やめろ、また死ぬかもしれないだろ、千歳!」
リカオンが怒鳴って止めようとしても、オレは必死に鐘を鳴らそうとし続けた。
手が寒さで悴んで痛い、痛いけれど、紐を握って体重を載せる。
こうすれば、さっきは鐘は鳴ってくれたのに、ちっとも動く気配を見せない。
お願い、動いて。
オレの持ってるもの、何でも持って行って良い。何でもオレから取っていって良い。
だから、だから時間を巻き戻してこんな結果にしないでくれ。
リトルを、リトルを助けて――!
あまりにも、このままで終わるエンディングはやるせなくて嫌いだ!
ディースが悲しまなくても、リカオンやシンが平気でも、リトルは絶対悲しむ結末じゃないか。
オレの為に、オレの為にって皆が願った犠牲が、リトルだなんてあんまりじゃないか!
またやり直せっていうなら、やり直す。今度は、オレを作ってくれだなんて言わないよ。
だから頼む、どうか――どうかどうかどうか!
誰か、リトルを救って!
視界が涙で滲んで目が痛いので、目を瞑って叫ぶ。喉が、潰れるような叫び方だ。
「何度でもオレは、死んでも良い! 未来を、未来を少しでも変えたいんだ!」
雪の舞い散る空へ咆哮するけれど、何一つ変わらない。
ただ、外へ雪が花弁のように落ちてくるだけ。雪景色にどんどん近づいていくだけ。
時間は巻き戻らないし、リカオンが恐れてオレを止めようとするだけだ。
何か――何か、変わってくれ!
「もういい! やめろ、千――」
『ロワ、私の子』
――聞こえた声は、時計台からしんしんと、雪と一緒に降ってくる。
オレ達はぴたっと動きを止めて、見上げてから辺りを窺う。
……見覚えのある景色なわけだ。
オレは、ただ無意味にこの時計台を根城にしていたわけではないのだな。
声が聞こえた瞬間、オレはあの屋敷を潰して建てたのが、この時計台だと知った。