そして産まれる遺伝という呪い
あの時。
時計台で聞いた鐘の音――あの時計台は、若葉がシェフを諦めてまで作った時計台なんだって思い出せた。
がるおん、ごるおん、大きく大きく響く鐘。
六回鳴って、瞳を薄く開けると――リトルがいて此処は時計台なのだと判った。
「全て判ったか? アンタの疑問、全部判ったか?」
オレは茫然として、唇が開いたままだった。
リトルの瞳が凍てついている理由を、薄々察する――。
リトルが少し愉悦を覗かせた瞳で、オレに問うてくる。オレは、それに対する正解が判らず、返答を濁した。
「雪が降ってる」
小さくオレは呟いてから、窓に近づいて空を見上げた。
はらりはらりと、あの日のような沢山の雪が降っている――別れを予期させるあの日。
クリスマスが訪れる前の日のような。
「アンタが人間じゃない理由が分かったか? アンタは人が願った末の奇跡なんだ。付喪神っていうのかな……日本の、なんか大事にしてるものに魂が宿るあれ。今のアンタはあれなんだよ」
「雪が降ってる」
「そうやって見ないのか。何人もの願いを元に、アンタはできてるんだと知らないままでいようというのか。オレは許さないね、もしそうなら。祖父さんの祈りも、ばーさんの願いも、……亡くなるまで頑張って作った若葉さんの涙も、見ようとしないままか?」
「雪が」
「こっち見ろよ」
「白い雪が」
「なぁ疑問に思わないのか? 自分が存在する未来に。未来は変わった、確かに変わった。変わったのは、アンタが犠牲になる時間が延びた、それだけだ――誰を犠牲にして生きているのか、判ってンのか?」
「とても、白い雪が」
「聞けよ! アンタがそんなんだから、問や答や箱が生まれるんだ! オレみたいな半端物もな!」
リトルが苛つきが頂点に達したのか、オレの胸ぐらを掴んで、メンチを切ってくる。
リトルが怒るのも無理はない、だってリトルの存在理由は全て「オレの為」だ。
頼の理想である、オレの幸せのためにできた存在だ。
頼が死んでも、オレがいつか生まれた時、すぐに頼が幸せを願ったんだと判る為の、それだけの存在。
青い瞳が、燃えるように怒り狂っているのが、静かに判ったオレは、自分自身を嗤うしかできなかった。
「アンタを探す為に、オレや親父が生まれた。あの人らのエゴで、アンタのエゴで! アンタの所為でオレや梨花が生まれた! 正常じゃない存在だ! オレがどうしてここまでアンタの正確な情報を知っているか、不思議に思わなかったのか?」
「何となく、気づいた。お前は……どうしてかは知らないけれど、あの屋敷の人のように物語を持っている……。だから、未来や過去を知っている」
ただ、普通の人と結婚しただけならば、物語を受け継ぐなんてあり得ない。
それだけが、不思議だったが、自嘲気味に嗤うリトルが即刻教える。
「どうしてか? 祖父さんの伴侶を教えてやるよ、ここがどこなのか教えてやるよ。それなら判るだろ? 祖父さんの伴侶は、シャオシンシンだ! この島は、昔は山鐘島だ! 山鐘島に戻って、シンの絵に入りこんでガキ作ったンだ。現実に、そのガキは産まれた。そりゃどうやったって、物語という存在が子孫に遺伝してしまうよなぁ? シンは物語100%でできているんだから! それが、狡い狡い祖父さんの狙いだったんだよ――アンタが消えた所為で! アンタともう一度会う為に、ウルドやヴェルダンディ、スクルドができたんだ!」
リトル――だからお前に「頼」の名前が託されているのか。
オレが、一目であの人の子孫だと分かるように――ノルンの物語を継ぐ呪いを掛けられたのか。