嫌いな季節
――夜が遅いからか、うとうとと微睡んでくる。手に持ってる鉛筆を重く感じる。
まだ頼と若葉が帰ってきてないから待ちたいのに、瞼が重くて、オレは目を擦る。
リカオンはオレが二人を待つのに付き合ってくれて、この部屋で宿題をしている。オレが微睡んでいるのに気づくと、リカオンはぱちっと大きくて凜々しい目を瞬いた。
「眠いのかな?」
「……まだ二人が帰ってきてない」
「寝てていいよ。頼は遅くなるだろうし、若葉もまだだろうから」
「……やだ起きる」
「君は頑固だなぁ! やや、もうこんな時間なのだね。歯磨きして寝たまえよ!」
オレはしょうがないのでこくんと頷いて、歯磨きをしに洗面所へ向かった。
それ以上思案したり、刃向かう気力は全然無かった。
洗面所で歯を磨いていると、玄関で大きな音がしたので、若葉が帰ってきたのだろう。
せめておやすみでも言いたいな、と思ったが、それよりも先にリカオンが向かって、何か小声で話している。
「はぁ?! 何だよそれ!」
「アシュリー静かに!」
――……二人は内緒話でもするかのような声音だったのに、急に大きな驚きの声をあげたリカオン。
オレは驚いて玄関の方へ覗き込む。二人は背中に何か隠して、オレを見やった。
「何があった?」
「何でもないよ、それよりロワ眠いんだろう? 寝なさい」
リカオンが不自然に慌てて、オレを急かすから、一気に目が冴えた。
「……何を隠している?」
二人をじっと見つめてから、睨み付けてみる。
オレの言葉に二人は気まずそうに視線をかち合わせてから、そっと目の前に大量の紙を出した。
そこへ書かれていた言葉に、オレは一瞬言葉を失った。
『誘拐犯』『死ねよ、出て行け』『子供攫って洗脳してるって本当ですかwwwwwwwwwwwwww』など、罵詈雑言が書かれている……。
「……どうして」
オレはふらふらと近寄って瞬いた。
「……誰かが、ロワちゃんを俺と頼ちゃんが誘拐して暮らしてるって吹聴したっぽいんだよね。いつもすれ違うと挨拶してくれてたおばちゃんとか、俺と目が合うとすげぇ青ざめてさ……ロワちゃんは気づいてないけど、ここ数日、噂が流れている」
「……若葉が琥珀を殺したと、ばれているのか?」
「……そういうのは特定できてないみたい。そもそも、現実では琥珀さんは存在しているか判らないし。今のところ、そういう目立った行為はないんだ。ただ、どうしてもロワちゃんは子供で、明らかに俺らと共通点はないし……アンタはいいとこのぼっちゃんに見えるから、そこで怪しまれてるみたい」
罵詈雑言の紙を読まれたらしょうがないって顔で、若葉は教えだしてくれた。
オレはどうすれば、若葉の罪を慰められるか考えるのに必死だった。
どうやっても、どう足掻いても、世間では「殺しは殺し」だからだ。
若葉は、笑顔だが返って苦しそうに見えた、死ぬ寸前に藻掻き苦しんでいるような笑顔。
「引っ越そう、リカオン、若葉」
「……頼ちゃんが帰ってきたらね、話し合おうって思ってる」
「……オレも話し合いに参加して良いか?」
「――頼ちゃんもアシュリーも嫌がるだろうね。俺もアンタには聞かせたくない」
はっきりとした敵意の眼差しを、若葉はオレに向けた。
リカオンはオレを抱き寄せて、ぎゅっと手に力を込めていたが、オレは不安を感じていた。
もしも琥珀の件で、若葉が捕まったら哀しい。
若葉や頼やリカオンと引き離される。
ソレも嫌だ。全部嫌だ――近所というのはなんて無粋なんだ。
幸せだったのに――オレは、幸せだったのに――。
「何があっても、明後日には結論を出すよ。アンタに話し合った結果を伝えるのを約束する」
「――若葉、リカオン」
冬の寒気によるものではない、身震いがした。
クリスマスは、明後日――皆がすれ違うような季節、だからこの季節は嫌いなんだ。