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積み重ねていく違和感

 ――あれから屋敷を出られて、オレと頼と若葉は一緒に暮らした。


 オレも頼も、外の世界に身内はいないし、若葉は自分の家庭を振り返って思う物があったらしく家を出たいと願ったから。


 若葉はとうとう、自分の家族を見捨てる覚悟をした。

 母親や兄嫁、父親が泣いて止めようとしたが、若葉の「じゃあオレを守ってくれる人はいるの?」との言葉に閉口し、家族ごっこの終了の切っ掛けとなった。

 必要としてくれる人は、家族の中にいなかったのは不幸だと思うと、伝えたら若葉はオレの頭を撫でてくれた。

 それから、グレープ味の飴玉を貰った。そうだな、食事をすれば、家族――オレが若葉の新しい家族になるんだ。

 なら三人で暮らしたほうがいいんじゃないかという話になった。



 壁にシンの絵を飾った。

 若葉が張り切って、額縁を新しくして、奮発していた。

 リカオンや、若葉と頼がバイトや仕事の時に張り切って、オレに色々食べ物を食べさせようとしていた。



 未来のリカオンのままだった、帰る素振りさえ見せない。何か気がかりなものがあるらしい。

 何よりオレを一人そのままにするのが不安だと、文句ありげな顔をしていた。


 幸せを味わいたかった。


 夢に描いていた家族は、此処にもあったんだって嬉しかった。



 違和感はだがある日突然起きるものじゃない、日常を積み重なって起きるものなんだって、オレは知った。

 だって――屋敷を出たのに、オレの時間旅行がまだ終わってないんだ。

 何より、リカオンがそわそわと皆を観察していた……。




 クリスマス近くの時。

 外は雪が今夜、都心にしては珍しく降っているようで、早めの大雪だった。

 大雪といっても、もっと酷く降っている地方もあるだろうけれど、都心にしては本当に珍しいくらいの量だった。


 部屋は、2LDKのマンションを借りていて、リカオンは何かあったときのために、合い鍵を持っていた。

 室内は、簡素に必要最低限の物しか置いてない。

 若葉はゲームを欲しがっていたが、頼が今後の生活費を教えると諦めてしまったようだ。

 オレも何か働きたいと言うと、オレは家事を与えられた。

 ただ料理だけは火を使うから危ないと、リカオンが来訪しては作り置きを置くように任された。

 二人は今日も何処かへ。リカオンがオレの好物であるチーズケーキを焼き終わると、オレへにこにことして笑いかけている。



「ロワ、もうできたよ」

「……オレはもう食事を覚えたから、何でも食べる。そんなに何度も焼かなくていいんだぞ」

「でも君が一番好きなのは、チーズと甘い物だろう? 私のチーズケーキに飽きてる表情じゃないし。寧ろ気遣っている。兎なのに人参じゃないんだね、好物」

「リカオンのチーズケーキは好きだが……。なぁ……これ本当に考えなくちゃいけないのか?」



 オレは机の上にある、「サンタクロースへのお願い事」というタイトルが指定されているレターセットに辟易とした。無理矢理に鉛筆を持たされている状況だ。

 リカオンは大真面目に、オレへ力説しようと、持っていた焼き上がったばかりのチーズケーキを机にだんっと置いた。


「私達は君を大事にしたいんだ!」

「それとサンタがどう関係あるんだ? 聖人の行事だろ。オレには赤の他人からのプレゼントなど必要ない」

「あれ、ロワ知らないのかい……? 形式として用意したんだが。意外だ、大人びた君のことだから、てっきり……」


 リカオンの顔が、どんどんにやけていく。

 オレが何か知らないのがとても面白いという顔つきで、オレは気に入らない。

 不機嫌さを言葉にしようとする前に、リカオンは大声で「だったら!」とレターセットをずいっと前に寄せてくる。


「だったら余計にこれを書くんだ!」

「……他人に願うくらいなら、頼に願う」

「君のお気に入りナンバーワンは、私へと変わってくれないんだね」


 少し拗ねたような顔つきでリカオンはがっくりして、こたつに入る。

 こたつに入りながら、目の前でチーズケーキを切り分けてくれて、オレに皿とフォークを差し出す。

 変な物言いをするな、オレはお前ら全員と仲いいんだ。


「頼はまだ出版社から戻らないのか?」

「今日は打ち合わせが難航していて、戻らないかもってさっきメールがきていたよ」

「……若葉は?」


 もう、あの屋敷でのディヴィットと名付ける意味は終わったから、金髪の明るい青年を、若葉とオレは呼んでいた。


「この時期だ、修行先のデザートの仕込みで忙しいって。二人とも忙しいから、私が留守番を任された、というわけさ!」

「……この季節は嫌いだ、皆がすれ違うみたいなんだ」


 オレはチーズケーキを睨みながら、レターセットを片手に持って途方に暮れる。

 願うもの――頼は、初代頼は、もう願うな、と望んだ。

 頼に関する何かを望まない、願わないってあれから約束したんだ。

 どう足掻いても「死」は絶対にやってくるんだと、リカオンも一緒に説得されていた。


(人の寿命だけは、絶対に変えられないんだ――人間であるのなら)


 頼の言葉を思い出して寂しくなる。

 クリスマス近くのこの冬の寒さは、二人がいない分、すきま風が強くて余計に寒い。


 頼は履歴書を誤魔化して大きな出版社で、童話作家として働きながら、モデルもして働いていた。一緒に歩いていると、偶にサインを求められる時もある。作家としてサインしてほしいという願いもあるが、どちらかというとモデルの頼としてのサインを求められるほうが多かった。


 若葉は、専門学校に通いながら、フランス料理のレストランで修行している。

 リカオンは、若葉曰く「花の女子大生」とやらをしていた。



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