その時刻の先で
「さぁ、正解した、この屋敷から全員を解放しろ! 主役のお出ましだ!」
「こんな馬鹿げた話認めないわよ!! 駄目、行かないで、ロワ! 貴方と、ずっと遊びたいの――! 一人にしないで!! ッこんなの無しよ、こんなの賭けに入らないわ!」
スクルドはバーを放り投げるとリカオンにばっと近づいて、リカオンからぬいぐるみを奪い取ろうとする。
リカオンは慌ててぬいぐるみを持ち直して抵抗する。
「君が許した賭けだ、思い通りにいかないから無しだなんてマナー違反だと思わないか!?」
「だからって、こんなの許せない! ハッピーエンドなんて認めない! 貴女達は永遠にバッドエンドの宿命なのよ! それなのに! 嫌よ、あたしの大好きな勝負ができなくなるなんて嫌よ! ロワを失うのも嫌!」
スクルドがリカオンからぬいぐるみを、奪い取ってしまった。その瞬間リカオンはびくっと機械仕掛けの人形みたいに動きを止めて、しゃがみこむ。
呼吸ができないのか、呼吸が呼吸にならないのか、倒れて藻掻き苦しむ。
「きさ……ま……、かえ、せ……!」
「ヒーローなんて、王子様なんていないのよ、貴方は所詮レプリカなのよ!」
「じゃあオレが王子様を名乗ろう、今度こそ覚悟はできた」
凛々しい、河の清流のような澄んだ声。先ほどのリカオンと被る登場の仕方。
河のような人は、スクルドからあっさりとぬいぐるみを奪うとスクルドをぶん殴る。
「ずっと――ずっとこの日を夢見てきたぜ、アリス。お前の本当の名前を知った……ようやく自分の敵の名前が判った……『時間』いやスクルド」
ぬいぐるみを、男はリカオンに返した。――頼だ。
階段のほうからずらずらと、シンと頼が現れた。
頼が、スクルドをぶん殴ってぼこっている。
目つきは完全にイカれてて、苛つきなんてものじゃない、怒りなんて生ぬるい言葉じゃ済まされない程。簡単に言うなら、キレていた。何もかも甘受する頼が!
そんな、時間は止めているはずじゃ!? オレは懐中時計を取り出して確認すると、時計の秒針は動いていた。
リカオンがオレを睨み付けながら近寄ってくる――あ、このリカオンは……ぬいぐるみを抱えているから。未来のリカオンが時計を動かしたんだ。
「全く、君は何を考えているんだ!!」
未来からきたリカオンだ……リカオンにオレは拳骨された。
未来からきたリカオンが時を動かして、頼に事情を説明したようだ。
頼はオレに近づくと……笑みになってない、されど優しい表情を浮かべた。
嗚呼、頼、お前達全員を助けられたんだ。
言葉にできない感情がぶるりと震えた、オレの体内で何かがぶるりと大きく呼応するように震えた。
脳内に駆け巡る、今までの勝負や、辿り着けないハッピーエンドまでの道程。
足掻いても足掻いてもディースの元へ辿り着けない悲しみ、リカオンと共有し続けた大きすぎる時間。
全て――全て、終わるんだ。今、終わるんだ。
(こんな時、何を言えば良い? お疲れ様、か? おめでとう、か?)
どれも相応しくない気がする――だって、頼の瞳はオレ自身の言葉を求めている。
この場への祝福ではなくて、オレが発するオレだけの感情が込められた言葉。
オレは泣きそうになるのを必死で堪える。
「――謝らないぞ、オレは悪くない」
言葉が非情なものを選ぶ。だって親しみをあるものを選べば、感情が溢れそうで。
お前達を救えて嬉しいと、言葉にしてしまうには勿体ない感動がじわじわと背筋を追いつめてきて。
それはやがて脳天にきて、オレの目から涙となって形になるんだ。
「ガキは大人しく泣いてろ」
頼が一瞬躊躇いを見せてから、オレに近寄って、抱き寄せてきた。
力強く、頼もしい手が、オレの頭を撫でる。
「無茶すんじゃねぇよ……あのな、全部オレの願いを叶えようとしなくてもいいんだ。テメェは全部全部ってやろうとするから、心配になるんだ」
「だって……だって……ディースの力になりたかったんだ!」
オレは、うわぁああああああ、と感情を声にして泣き叫んだ。
一人きりで頑張ろうとしていた努力を全て伝えたくて。
「ディースが死ぬのが嫌だ! だから、ディースの未来を変えたかった! 記憶を取り戻しても取り戻さなくても、それは変わらない! ディースだけが悲しむのは嫌だ、ディースが全部背負うのも嫌だ。なぜ、ディースだけそのような目に遭わなければならないんだ!」
「オレだけが哀しい?」
頼はきょとんとしてから、ふ、と笑った。
「……さっきリカオンに教えて貰った時にも言ったんだけどな、オレは幸せだよ。この屋敷を出るのが、じゃない。オレに挫折してくれ、と命を賭けたことに感謝したい。テメェが消える瞬間、オレは何もできなかった。今回やり直しできたのだって、リカオンが賭けに乗ったからだ。オレは、すげぇ後悔したんだよ。挫折しかけたんだ……なのにだ、テメェは……ほんっとに……。オレに、中身を与えてくれたのは、お前だ。空っぽのオレに、理想をくれたんだ」
「ディース……ディース!」
ディースに抱きついてわんわん泣いていると、頼はポケットから煙草を取り出して、呑もうか悩んでいたが潰してその場に捨てた。
この章はこれでお終いです。まだ続きますよ。あと2章くらいですかね。