焼き焦がす星
「ねぇ、ぜーったいあれ、俺達向けじゃないんだけど……」
エントランスには、屋敷が拗ねたような塊が設置されていた。
赤と白のストライプでできたバー。結構位置が高い、所謂ハイジャンというものだろう。
『脇役は要らない、違うというのなら一メートル九十センチを飛んで見せろ』
地面に描かれてる文字が歪で、思いっきり拗ねてるだろうスクルドを連想させる。
「……じゃんけんで選ぼうか!」
「もうちょっと考えても……」
「だって俺とアンタしかいないじゃん、誰も飛べないよ!」
泣き出しそうな子供の表情を、ディヴィットはしていた。
しょうがないと思って、オレはディヴィットとじゃんけんをした――スクルドはどう思っているんだろう。
ここで何か罠を設置しようと思わないのか、屋敷は?
もっともっと考えろ、考えて可能性を全て見つけるんだ。
「もう完璧、俺とアンタを排除するしか考えてないよあれ。今までは、何かしら物語性があったのに、飛べ、だぜ?! しかも誰をご指名なのかすぐに判る!」
「……今までだって、オレとお前では規格外だった筈だ。オレは含まれていない筈なんだ。それなのに許可が出た。それはつまり、屋敷では想像つかない逃げ道を、お前が見つけるのが得意だという話だ。何か浮かばないのか?」
ディヴィットは大きな唸り声をあげて、目を瞑り懸命に考えている。
しばらくして考え込みながら、片目を開けて、バーを睨み付ける。
うんうん唸り続けて、体感時間だと二時間くらいだろうか。
「……なぁ、可能性としてさ、バーを跳べって書いてないよな。数字は指定されてるけど。ってことは、距離でもいいんじゃねぇの?」
屋敷が大混乱してるかのように、吹雪で叩く窓の音が大きくなった。やめろ、そんなことするな、と止める勢いでばたついている。
どうやらそれが抜け道だそうな、ってすぐに気づいた。
高さは一発で無理な気がするけれど、距離なら……? 距離なら、ディヴィットならすぐにできそうだ。ディヴィットの年頃の男性ならその幅は余裕だ。
「よっしゃ、じゃあ飛んでみせる!」
階段近くまで下がってから、ディヴィットは、いちについて、をし始めた。
オレは固唾を呑んで見守るしかできない。
ディヴィットはあっさりと飛んで見せた。
あまりにもあっけない最後に、屋敷が困惑している――地獄の淵から蘇るような声がする。
「いい加減にしなさいよ……あんたたち。物語をなんだと思っているのよ! 何で、神話でも無いくせに、屋敷を翻弄できんのよ……!」
「アリス……」
怨嗟の眼差しをオレに送るスクルドへ、ディヴィットが危機を感じ取ったのかオレへばっと駆け寄って、背中へ隠そうとするが地面の揺れにこけそうになる。
「あたしみたいに〝物語〟に翻弄されなさいよ!!」
ぐらぐらと揺れる地面。
スクルドがバーを片手で持って、階段前でふわんと浮かんで睨み付けてくる。
綺麗な金髪がスクルドの怒気を現すようにゆらゆらと上へ向かって揺れている。
「ほら、飛びなさいよ、一メートル九十センチ! そうでなきゃ認めないわ!」
「じゃあそれを飛んだら出られるんだな」
「え……?」
ざっと黒い影が、一瞬でバーを飛び越える。
ふと、星座の逸話を思い出す、そいつがバーを軽やかに跳んでいったところで。
ギリシャ語で「焼き焦がすもの」と呼ばれる星。
――狼に羽根をはやしたものの名を天狼という。
シリウスの名前は伊達じゃないといったところだ。
オレは突然のヒーローの出現に、心躍り、情けなくも絵本を捲る楽しさを感じ取るような感覚だった。
「リカオン!?」
オレとディヴィットの声が重なる。
リカオンが階段越しだというのに、そのバーを見事跳んで見せて、呼吸を整えようとする。