灰色の世界
迎えの車はワゴン車のようなもので、男女のカップルらしき人達も屋敷を目指していたからか、乗っていた。
一度に大勢運んでしまえ、という意図がくみ取れる。
車が森を突き抜け、道ではない道を走る度に、車は震動し私は揺れる。
揺れに酔いかけるが、若葉が支えてくれて、「大丈夫?」と気遣ってハンカチを渡してくれる。後ろの席では男女のカップルがいて、女性が男性を気遣っていたが、若葉のようにさりげない気遣いではなかった。君はどこまで気配りの行き届いたお嬢さんと、張り合いができるんだよ。
私が少し笑いそうになった時に、屋敷へ着く。
屋敷は、本州でも豪邸といわれそうなほど広い土地を使っていて、屋根が高かった。
壁は黒く、煉瓦でできているところが少しレトロでオシャレだった。
少し遠い離れには、焼却炉があって、何かを燃やしているのか煙が見えた。
東京でこれだけ土地を贅沢に使っていたら、不動産が儲かりそうだなって思えるくらい広い屋敷だった。
店の名前は書いてない、でもまぁ若葉が覚えているだろう。
中に入れば、赤いカーペットが広がっていて、高級そうな調度品がバランスよく配置されていた。
絵画の一つにエメラルドのドレスを着た貴婦人が描かれた絵画があったが、それが印象的だった。
どこか寂しげな少女がこちらを向いてる、おすまし顔の肖像画。
額縁の下に「緑の貴婦人――雲村 紅」とよく見ればプレートがあった。
全体的に、暖色系の明かりで、少し薄暗かった。でもそれが余計に屋敷の雰囲気を演出していて、素敵だと思った。
一緒にワゴン車に乗っていたカップルも「わぁ」と喜んでいて、中にいる青年と挨拶して少し話し込んでから階段を上っていってこの場から消えた。
青年がこちらに気づく。
青年は黒髪に、銀縁の眼鏡をかけていて、ドレスシャツに青い宝石のリボンタイ。黒いカマーベストに長い足だとすぐに判る灰色のパンツ。靴は革靴で、これもまた黒かった。
黒という色は高貴を現すとか聞いたが、まさに青年は高貴な人であると見目が語っていた。
「いらっしゃいませ、お客様」
「こんにちわ、ボーイさんですか?」
「いいえ、この宿の店主です。ワイルドキャットへようこそ」
――ワイルドキャット? どこかで聞いたような……一瞬で鳥肌がぞわりと立った。
若葉は私の様子に気づかず、店主と話を続ける。
「店主の琥珀です、よろしく」
「若葉克です。あ、こっちは幼なじみのリカオン・アシュレイ・夢子です」
「その髪の色、失礼ですが外国の生まれですか?」
「あ、はい。父親が日本人で、母親がイギリス人です」
「日本語お上手ですね」
琥珀さんがふふっと妖艶に笑うが、瞳は何故か私には笑ってなかった。
まるでようやく「仇」にでも出会えたような怒りや嬉しさが籠もっている。優しさの中に見える歪な模様があるようで、落ち着かない。少なくとも私を利用しようとしている奴の眼差しだ。
琥珀さんの中に静かな炎が見えたような気がして、そわそわとしてしまう。
私は服の裾をぎゅっと握りしめて、一歩後退る。
琥珀さんの笑顔が一瞬で、愛想笑いに変わって、お客さん向けの普通の笑顔へなった。
「お二人は招待状で来たんですよね?」
「あ、はい。兄が商店街でこちらの宿泊券をあてて――」
「成る程。何も無いところですが、是非楽しんでいってくださいね。うんと美味しい料理になるようにしますし」
そうだな、美味しい料理は楽しみだ。若葉も将来はシェフになりたいのだから、こういう場所は勉強になりそうだ。
私は落ち着かない気持ちを誤魔化すように頷いた。
若葉は琥珀さんに笑いかけて料理の話をしている――と、思ったら。
何だこれは――流れていたクラシックのBGMがとぎれて、消えて。そして視界の全てが灰色になり、声も聞こえなくなる。
私だけに色がついていて、若葉は笑ったまま止まっているし、琥珀さんも止まっている。