普通であるということの難しさ
唾が勢いよく飛んで、瞳には大きな刺激による興奮が描かれていた。
「そうか、死んだんだ。ねぇ、皆ァ、ラスボス倒したよ! なんだ、呆気ないじゃん! 何がラスボスだ、こんな弱さで。こんな指先を動かすだけで、あっさりと死ぬ! 人の命ってもっと重くて難しいって思ってた。でもさ――」
体中に虫が這いずり回るような気持ち悪い程の愉悦さを表情に浮かべるディヴィットは誰がどう見ても狂っていた――。
……それが、本当にお前の本性だというのか?
ディヴィット、オレにはまだお前の知らぬ一面がある気がするんだ。
「でも人間なんて指先をたったすこぅし動かしただけで、終わるんだね――たったこれだけで、強くなるんだね」
「若葉、そんなのは強さじゃない!」
泣き喚きながらリカオンが訴える、目が腫れていて、目元が赤かった。あんなに腫れて可哀想に。
泣きじゃくりながら、天井に向かって叫ぶようにリカオンは必死に訴えた。
「人殺しは、強さの証なんかじゃない!」
どうにか届いてくれ、この思いよ届いてくれ、とリカオンはどう見ても願っていた。
でも、心の何処かで伝わらないのを判っていたから、泣いているんだろう。
「死ぬのと生きるの、どっちが強いと思う? 答は人それぞれだけど、君は死ぬのは負けだと考えている。そうでもなきゃ、この屋敷から出ようだなんて思わないよね? なら、生きてるほうが強い。殺せるほうが、奪えるほうが強いんじゃないか、君の価値観でも」
ディヴィットは鬼のような形相で自身を否定しようとするリカオンに歩み寄る。
オレの手はディヴィットの衣服から離れて、ディヴィットはリカオンを乱暴に引っ張る。
リカオンは泣きながらも抵抗して、頼がはっとして慌てて間に入ってリカオンを庇う。
リカオンを庇う頼を見てディヴィットは仇でも見つけたような、暗い瞳で睨み付けて、嘯く。
「いつも、そうなんだ。大人になれば、いつかはって思ったけど」
ディヴィットは二、三歩くらいゆっくりと後ろに下がって、頼とリカオンの二人を比べるように見つめ、泣きそうな顔をする。
「いつも、いつも俺は王子様になれないんだ! 俺にできるのは、カボチャの馬車になるぐらいなんだ。君たちが羨ましい……最初から君たちは、特別なんだから。普通に生きて、普通に暮らして、普通に笑ってるただの人間じゃ、何も引き起こせないっていうの? ただの雑魚にしかなれないって? 飯食って幸せなだけの人間には何もできないって?!」
違う。違うよ、ディヴィット。
お前がこの物語を変えられる可能性があるんだ。
お前にどんな力が秘められているか、オレにはまだ判らないけれど、お前はきっととんでもない力を持っているんだ。
ただの一般人のお前が、だ。
もっと自分を信じて良い。もっと自分を頼りにしていいのに、どうしてお前は自分を卑下するんだ?
普通に暮らして何が悪い? 普通に暮らすって、一見簡単そうだけど、実はとても難しい。だってオレは普通に暮らせなかった。
石を投げられたりしていた。物を食べなくても生きられるという習性がなければ、死んでいたかもしれない、コミュニケーションができないというだけで。
物を食べて幸せを感じるって、それはとても嬉しい出来事のはずなのに。
ディヴィット、お前の言い方はやめてほしい、物を食べるっていうのは幸せだから、それでいいんだと思いたい。お前の言い方は、物を食べて幸せって生き方がいけないみたいだ。
食事をして、美味しいと心から想える幸せ。それの一体、何処が悪い?
植物にも、海にも判らない、生き物故の幸せだ。人間故の料理だ。
料理を作るって行いは幸せへの近道で、だけど上手に作るのは難しいから、美味しく食べられるっていうのは難しくもある。
人と一緒に食べる料理はとても幸せだ、一人だった頃の寂しさをもう思い出したくない程に。
人間の可能性を信じて良いと思うのに。
ディヴィットの感情を想像して震えてる頃に景色がセピア色になり、皆が止まる。
「勝負よ、ロワ。この後、名無しはその銃で誰を撃つ?」
スクルドの声はこの場に相応しくなく、甘く可愛い響きでオレに伝わる。
オレだけに声が伝わると、スクルドは満足そうにきらきらとした笑みを浮かべて、オレは「こいつ笑うしかしないんだな」って嫌気がさした。
でももっと嫌気がさすのは――。
「ディヴィット」
権利を勝ち取る為に、正解を選ぶという選択肢のために、ディヴィットを信じ切れない自分自身。信じると、言ったのに、な。