「信じる」という解答
嗚呼、この部屋の背景は、「弱者の部屋」。
弱者の部屋で、ディヴィットが琥珀を撃ってしまった後なんだ――それだけは変えられなかったんだ。
いつもならリカオンの前に姿を現すための賭けをするところだった。
実際問題、スクルドはそのつもりで賭け事を口にしていた。
「勝負よ」
セピア色に景色が染まる。
深呼吸をする間もなく、何もかも動かなくなり、この世界で色がついているのはオレとスクルドだけになっている。
オレはじろっとスクルドを睨み付けた、琥珀が死んだのはこの女のせいだ!
それだけじゃない、オレ達が苦しむのはこの女のせいなのだ、と明確な憎悪をオレは燃やしていた。
じわじわと身を焦がす憎しみ、嫌悪、怒り――絵の具で描いたらきっと汚い色をしている感情だ。
そんな眼差しを受けても、スクルドの態度は余裕ぶっていて、子供に無縁な人が描く、理想の愛らしい無邪気な子供像そのものだった。
「名無しは狂う?」
――琥珀への信頼を試されてる。
狂うと答えるのなら、狂う未来を信じているというのだから皆が助かる未来など来ない。
しかし、狂わないと答えたとしても、――……人を撃った後、正常でいられる奴をオレは知らない。
物語や、島の人でしか人間を推し量れないけれど、オレだったら人を撃った後、正常でいられない。
ただでさえ、ディヴィットは弱者だ。弱者に、人一倍強い信念を強要するなんて、可哀想な気がする。
「――卑怯だ」
オレは小さく息をついて、時が止まっている間のディヴィットの表情を見つめていた。
瞳孔が開いて、唖然としている。
自分が撃ったなんて信じられないような、恐怖にも好奇心にも見える。
ディヴィットの周囲は、止めようとしていた頼に、泣き騒ぐリカオン、静かに見つめるシン姫の時が止まっていた。
……これから、先、悲劇しか予感させない構図だ。どんな喜劇も想像できない。
悲劇や惨劇でしか成り立たない舞台の上は、思っていたよりもずっと、冷たい態度が必要だ。もっともっと冷酷になれ、人間らしさなど捨てて猿にでも食わせろ。
そうしないと、スクルドには勝てない――判って、判っていたけれど、琥珀の優しさをふと思い出した。オレの、手を両手で包み込んでくれたあの優しさを。
葬式のように、哀しみという感情は伝染していく、涙は伝染していく。
(じゃあ優しさは――? 優しさは伝染しないのか?)
……リカオンの表情を見つめる、お人好し最上級レベルの女性であるリカオン。
そのリカオンの指針となった頼……頼の優しさに触れて、人間らしさを覚えていくだろうシン。誰よりも心根が優しいからこそ、手に入らない強さに憧れすぎて病んだディヴィット。
この人達に優しさが伝染しないというのなら、そんな物語は三文芝居で、オレの見たい光景じゃない。
どんな物語より心の琴線が触れる暖かな人達、それがオレの見たいリカオンたちの未来だ。
……大事な、ディースに訪れて欲しい、未来。皆に訪れて欲しい未来を、オレが選別できるんだ、今。
オレは、ディヴィットに近づいて、――そっと衣服を引っ張った。
「信じる」
「それは狂わないってこと?」
「狂っても狂わなくても、ディヴィットはディヴィットだ。オレは信じる、ディヴィットを」
オレが宣言をするとスクルドは馬鹿にするような目つきで口端をつり上げて、ぱちんと指を鳴らして時の停止をやめる。
オレとスクルドの体の色が、セピア色になった。
「……死んだ?」
ディヴィットは衣服を掴んでるオレが見えないのか、茫然とし続け、琥珀の死体を見つめる。
最初は唖然として、次に黙り込んで嗚咽を殺して――悲しむかと思えば、哄笑しだした。
世の中の強者とされるもの、世の中の弱者とされるもの、その両者に向かって大笑いしているように見えた。