ディヴィットという存在
瞬きをした瞬間、――金髪の青年。金髪の上にニット帽を被って、大きな背丈で上からオレを見下ろす明るい瞳。
ディヴィットが立っていた。階段の踊り場に戻ってきたらしい。
「ん?」
――しまった。オレの姿を見られるのは、普通の人ではまずいのに。
オレの存在を知るのは、シン姫とリカオンだけでいい。シン姫との出会いだって、賭けに負けていたら出会えなかったのだし。
何より、シン姫とはお互いが存在することを認知していたから、構わなかった。
だが、ディヴィットはこの屋敷にきたばかりの、来賓客だ。まだ、オレの存在を知るには早すぎる。
「何、だぁれアンタ? 今まで此処にいなかったよね?」
「あ、あ……」
オレはどう言葉を誤魔化そうか悩んで、首をただぶるぶると左右に振っていた。
違うんだ、って言おうとしたけれど、何が違うのか判らない。
何を違うと言えるのか、正直に言うわけにはいかないし、スクルドが見ている。
何でスクルドはオレを隠してくれないのか!
――もしかして初めから、ディヴィットに遭遇させるのが狙いだったのだろうか?
たじたじと後ずさりしても、後ろにはもうシン姫が飾ってある絵と壁しかない。
ディヴィットはじーっと見つめてくる、場を誤魔化すような鮮やかな嘘は咄嗟に出てこない!
言葉を一生懸命探して、カーペットとディヴィットへ視線を行ったり来たりしていた。
「オレは……その……何でもない!」
オレはディヴィットを押しのけて、逃げ出した。
ディヴィットはオレを追いかける様子は見せず、後ろから囁きのようにスクルドの笑い声が聞こえた。
スクルドはオレが困る様子を心底楽しんでいたんだと思うと、腹が立ってどうしようもない!
「スクルド! どういうことだ!」
「あら、人前で名前を呼ぶのは駄目よ。人前ではあたしはアリス。そうでないと大事なものを奪うって言ったでしょう?」
「アリス!」
「……言い直しちゃうのね、そこで。素直な貴方に免じて一回は許しましょう。だって、とても面白そうだったもの。それにねもう気づいているだろうけれど、あたしには名無しの未来は判らない。物語がないんだもの。だからね、名無しの時間だけは止められない時があるのよね。端役が普通に食事するシーンなんて興味ないでしょ? そういう感じよ」
スクルドは無邪気さに茶目っ気を混ぜて、えへへと笑った。
お前のそういう態度がむかつくよ、だからオレは子供らしくならないって決めていたのを思い出した。
自分を子供だと判っている態度がどれ程嫌味であるか、知ったから。
隠れて遠くからディヴィットを見守る、側にリカオンが近寄って、絵について話していた。
話を終えると琥珀の元へ向かったようだった。
琥珀の元からエントランスに戻ってきて、書庫へと二人は籠もった。
――今だ。
オレは懐中時計の一つ目のボタンを押して時計を止めた。時計を止めることで、この屋敷では次の日にならない。
屋敷の中でだけ時間が進む。外界とは関係ない空間になる。
本に夢中になっていれば、気づかないだろう、外が延々と吹雪き続けようとも。
時間が進めば未来の改ざんに間に合わなくなる、この時間だと。
きっと、きっとこの日付に頼を助ける手段はあるはずなんだ。
「少年、それとアリス。何をしているんですか?」
後ろから声をかけられて、ぞっと血の気が引くほど驚いた。
振り向けば琥珀がいて、オレとスクルドを見つめていた。スクルドが見えるのか?!
オレは、どう誤魔化せるか悩んでいると、琥珀がそっと頬へ手を伸ばしてきた。