カーペットに唾を
――そうだ、オレは……。
お前が忘れられたくない願いに気づいて、オレだけでも覚えておこうと思って。
その為に、最後まで会わなかったのに――。
人から忘れられる辛さは、オレが一番判っている。
オレはだって、頼を見守り、オレの話題が出ても気にしないのを見つめ続けていたのだから。
――屋敷のエントランス近くにある、階段までとぼとぼ歩いて、階段に着くと座り込む。
忘れていた、なんて言い訳は許されない。
もう二度と、お前の髪の一本まで忘れない――。
でも……でも今は泣かせて。悔しいんだ、とても。お前達を止める行為ができなくて、悔しいんだ。
目の前で惨劇の相談がされているって判っているのに、何も手出しができないんだ。
俯いて溜息をつきそうになった、瞬間――。
「ロワ」
――嗚呼、きたか。待っていたよ、別次元のリカオン。
未来を受諾する、ヨダカになったお前よ。
目の前の不思議な青い光は、燐のようで、しゃららと綺麗な金属音が聞こえる。
お伽噺でありそうな、神秘的な光景にオレは涙をそのままに見つめていた。
青い光は時々、鳥の形を取ったりするが、基本的には形は定まっていないでふわふわしていた。
「泣いているの、ロワ? もう始まっているのかい?」
「うん……オレ、負けないよ。負けないんだ、もう二度と。だから……だから、オレを信じて」
青い光には、スクルドが見えていないらしい。
オレは一生懸命に負けたくない旨を伝えようと、身振り手振りをしてみるが、青い光は笑った気配を見せた。
「勿論。私と君とで、あの人達を助けるんだ。君に未来の話をしにきたよ」
青い光は、別の次元でどういう結末を迎えたのか、全て教えてくれた。
あと少しというところで、失敗してしまったらしい。やはりディヴィットを救えないと駄目だというのが、青い光の感想だった。
「でもね、私の予想だがね、この次元は成功しそうな気がするんだ。だって本当にあと少しだったんだよ。シンちゃんも人魚姫の運命から解放されていたんだ」
――少しだけ、お前のことを思い出した、リカオン。
お前は、別次元のオレに会いに行くたびに、「次は成功する」って励まし続けてくれていたな。
オレは涙を拭って、笑顔を見せた。スクルドが後ろで馬鹿にしたような笑い方をしたけれど、気にしない。
「リカオン、有難う」
「じゃあ、次の私をよろしくね。みんなのことも」
「……時間に勝つよう頑張る」
ほんの少しだけな、自信がでないときもあったんだ。
別の次元のオレは意地っ張りだったから、そんな気配微塵も見せなかっただろ?
でも、今のオレは――千鶴であり、千歳でもあるから。
ロワという屋敷だけにしか存在しない子兎ではないから。
俺は、勝利をもたらすスクルドの神話を持つ存在なのだから――もうそろそろ勝ってもいい頃だ。皆を、助けられる展開がきても、いいはずだ。
青い光はきらきらとした光が徐々に薄れていって消えていった。
……屋敷が不気味に動き出す気配に、オレは吐き気がして、唾を高そうなカーペットに吐いた。
この章はこれでお終いです