時間との勝負
……親父、何を言うんだ。
絵本は頼を苦しめさせた、記憶の記録じゃないか!
その通りに訪れさせたら、また悲しい未来がやってくるだけだ!
親父を止めたくてオレは姿を現そうとしたけれど、スクルドがオレを止めた。
屋敷全ての配色がセピア色の時間になる。
「さぁ最初に勝負しましょう。貴方の予測通りなら貴方の勝ち。あたしの予想通りならあたしの勝ち。いつもの勝負事よ。勝ったら、あの人達の前に現れて止めてもいいわ。でも負けたら、そのまま見ていなさい」
「……お前にいったい何の権限があって……」
「貴方、未来を変えたいんでしょう? あたしはスクルド、未来を司る。ならあたしの言葉を聞いていたほうが賢明よ? あたしね、気紛れだから、気が向いてるうちにイエスって言ったほうが得だと思うの」
「――生まれて初めて、女が嫌いになりそうだ」
オレは口端をつり上げるだけで笑い、苛つきを押さえようとする。
今はまだこの子供に利用価値はあるんだ、抑えろ、オレよ――拳ができあがり、それを片手で押さえ込んで唇を噛みしめる。
嗚呼、迸る怒り――怒りというものを知れば、生命が判るのだろうなんて思っていた。記憶のなかったあのオレを、殴りたいくらい、今は怒りの正体が分かっている。
判る行為ができれば幸せなんて、限らないんだな。
「頼はリカオンを招くのに賛成する?」
「……反対する。だってあの人は、リカオンを何よりも守りたかった筈だ」
「そう、じゃああたしは賛成するに賭けるわ。時間の続き、見てみましょ?」
収束してセピア色が世界から吸収されていく。スクルドの指先に、セピア色のビー玉みたいなのができて、一瞬でぽちゃんと鳴って消えた。
頼は絵本を何度も読み込み、じっと見つめている。
頼、お前は反対するに決まっている、だってお前はそんなの自分を苦しめるだけだって知ってるはずだ!
誰よりも他人思いで、自分を殺していたのがお前だった!
「琥珀――」
頼は琥珀に呼びかけ……小さく笑った。
「頼んだぜ」
そんな馬鹿な――……頼、いったいどうした。
お前はそんな状況望んでいなかっただろう!? 何故その道を選ぶんだ!?
古時計が一回ぼぉんと鳴り響く、振動まで此方に響くような重い鐘の音。
「馬鹿ね、忘れたの、子兎」
「何を?」
絶望が体中を襲ってきているような、少し体が寒い。
ぶるっと震えながら、スクルドを見つめると、スクルドは嬉しそうな楽しそうな子供特有の愛くるしい笑顔を浮かべていた。
「頼は忘れられたくない人よ? 貴方が一番判っていたのに、もうそんな出来事も忘れちゃったの? やっぱり貴方達に絆なんてなかったんだわ」
子供特有の愛くるしい笑みが、大人みたいな残虐な支配者の嘲笑に変わる。
あはははと大声で笑うスクルドの言葉でオレは思い出していた、一番最後に会った頼を――。