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バッドエンドループが往復ビンタで襲ってくるけど、最後に笑って祝盃をあげてやる  作者: かぎのえみずる
第一章ー こちらにお掛けください、食前酒はどうなさいますか?
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山鐘島

 日本の地名は覚えられない。どうしても石川県を忘れるし。都道府県をあげようとすると、絶対石川県を忘れる。高校生としてあるまじきことだ。

 だが覚えていてくれ、私は頭が悪い! そうさ、大学受験だって今から親が不安がっている! 日本はややこしいんだよ、「善処します」とか言っておいて、「いいえ」って意味だったりさ! 塾の先生は私のテストの回答を見る度、泣いている!

 どこの島だっただろうか――沖縄の近くだったかと思ったんだけど。

 沖縄近くまで飛行機で来て、あとは漁船に頼んで運んで貰ったんだ。地図に載ってるかどうかも妖しいと漁師は快活に笑っていた。

 どこかの島。

 島に荷物を下ろして、陸に立つと砂煙がぶはっと来た。

 私は突然の砂嵐に、けほっと咳をして、眼を瞑った。

 一回ちょっと止まって、砂嵐が終わるのを確認する。そこで、綺麗な野花や、コバルトブルーの海を見つけた。

 海は水なのに、どうして色が着くのだろう。涙にも色は着かないのに。私は疑問を感じて、ふと鉄柵を掴んで、海を覗き込んだ。

 覗き込むと、下はちょっとした崖で、地上は微妙に高い。海はより濃い青になる。下には、本州で見られない小魚の集団が踊ってる様子が見られた。

 小魚の集団を見て、私は小魚の群れの絵本を思い出していた。

 群れの頭角が死んだら、誰がその後、頭角を引き継ぐのだろう。話し合いをしないですんなり決めてるイメージがある、魚や動物って。自然界は、人間界よりすんなりとボスを決めて、すぐに群れを成すのが不思議だ。

 私は少し、その場で自然界に惚け、風と海の「竜宮」のようなこの島を振り返る。

 記憶の中の何かが蘇りそうだった。失った記憶なんてあり得ないのに、まるで記憶を失っているんだと心が激しく主張していて動悸が激しい。


「若葉、君はこの島に来たことはあるかい?」

「いいや、ないけど」


 それならこの島が特別昔に何か有名だったわけでもないんだな。

 有名な島だったら昔CMで見たから懐かしいとかありそうだと思ったのだけれど。


「不思議だね、とても――とても懐かしいんだ。どうしてだろう、私は何故かこの島の美しさが怖いんだ」

「……帰る? 旅費もったいないけど」

「いや、行くよ。行かなければならないんだと、思う。何故かは判らないけれど、私はきっとこの場所を探していた――怖いけれど、必ず来なければならない場所だったんだ」


 不思議な感覚がいつまでも続く。迎えのバスが来るまで、私は柵に寄っかかり、海を眺めていた。

 若葉は漁船に乗る前に取った、島についてのパンフレットを読んでいて、「山鐘島か」と呟いていた。

 ヤマカネジマ――聞いた覚えがない島だ。聞き覚えのないけれど、一般人から見れば美しい自然と遠くにある屋敷がミステリアスな気持ちにさせてくれるだろう。

 豪華な屋敷は、遠くにいても外観が目立つ。西洋風の黒い外壁の屋敷だ。

 漁師の話では、島には民家が少ないけれども、そこに棲む人はとても島を大事にしているといっていた。

 島なしでは生活できない、みたいな感覚らしい。海鮮も美味しい魚が捕れるし、海ぶどうだって美味しいんだって。

 人里のない山では、山の幸こと肉が待っているし。

 休むだけならとても最適な場所の筈なのに……。

 都会を忘れて夢気分――なんてキャッチコピーが脳裏に過ぎったが、何故か私は「夢気分なんてあり得ない」と咄嗟に思ってしまった。

 私は物事を悲観するタイプではないし、皮肉な捉え方もしない筈だ。

 どうして――がずっと私の頭の中で巡り続ける、水路を巡る水のように同じ場所を行き来する。

 ふと、視線を海から森林へ戻すと兎がいた。白雪のような毛皮がふわふわで、美しい兎。子兎だな、あれは。

 子兎はこちらをじっと見つめていた、まるで「待っていたよ」と言ってるみたいに歓迎してるようだった。

 子兎に近づいて抱いてみたいなと思ったら、若葉が肩を叩いてきた。


「迎えがきたよ」

「ああ……じゃあ行こうか」


 迎えの車に乗ろうとする前に振り返っても子兎はいなかった。幻だったような違和感。

 ああ、良い意味での夢気分はあり得ないけれど、不思議な意味での夢気分ならあり得そうだ――。


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