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第二話

 

第二話


 

 それは、確かに二年前に死んだスグルの姉、カナタのカタチをしていた。


 スグルは赤面した。背中から抱きしめられていて、自分が振り向いたから当たり前だが、少女の顔は体温が感じられるほどすぐそばにあった。


 やんわりと、カナタの身体を払いのけ、その少女を改めて見返す。


「なんで……」 


 その少女は姉そのものだった。さっきまで顔もまともに覚えていなかった姉、カナタの顔が、今でははっきりと思い出せる。


 快活そうに見開かれてバランスの良い瞳。スグルとは少し違う、地毛なのに茶色がかった明るい髪。


 なにより柔らかく、傷一つない細やかな肌の感触や、懐かしさを感じる甘い匂い。少女の声とその吐息を、スグルは確かに知っていた。


 だけどーー違和感の正体をスグルは見つけた。


 カナタの姿は二年前のまま、身体は成長が止まっているどころか、その当時のままだった。しかも、カナタが着ていたものは、生前の頃着ていたモノとそっくりの少年じみた半袖のパーカーとデニムスカートだった。 


「ん……どうしたの?」


 懐疑の視線に気付いたのか、カナタらしきものが、こちらを見て微笑んだ。


 亡霊か、もしくはーー


 僕は、ついに壊れてしまったんだーーこれは幻覚なんだーーふとそんな考えを巡らすが、どうしても、目の前にいるその姿には生気を感じてしまう。


 古ぼけてしまったステンドグラスから覗く光が、少女を照らす。舞っている埃さえも、キラキラと光っているように見える。


 やはり、幻覚を見ているようには、スグルには思えない。

 

「そんなに見つめられたら照れちゃうな……えへへ……」


 ニコニコニコニコ。


 まるで子犬のように人なつっこい笑みを浮かべるところも、姉の振るまいそのものだった。


 二年の間に身長が伸びたスグルは、いつのまにか姉の身長を追い越してしまっていた。


 亡霊でないのなら、これはーーと、スグルは口を開く。


「君はーー」


 昔のようにお姉ちゃんとは、呼べない。呼べるはずがない。


 だってこれはーー


「hIE、なんですか」

 

 human interface elementsなんですかーー


 キミは、ロボットなんですかーー

 

 スグルは落ち着いた声で、そう訪ねた。その表情に、驚きや焦りはない。


 スグルは知っていた。死んでしまったヒトの身代わりとして、hIEインターフェイスが利用されていることをーー


 愛しいヒトを失ってしまった悲しみを、カタチだけの機械で補おうとすること、それは、2105年のここ日本では社会的にも認可されている。


 すると姉のカナタそのもののhIEは、ムッとした表情をした。


「ひどいよぉ……感動の再会なのになんでスグルは『君は……hIEなんですか……』とか聞いちゃうかなー」


 コロコロと表情が変わるところもそっくりだった。


「そこは、アタシの事をぎゅっと抱きしめて、『逢いたかったよ……お姉ちゃん』って、言ってくれないと……!」


 こんな冗談も、今までに行動クラウドが蓄積された会話データから、最適な反応を算出しただけに過ぎない。


「えっと……」


 スグルは困っていた。このhIEにどう反応すればいいのかわからない。


 これがもし赤の他人の顔だったら、無視を決め込むだけだ。姉の表情と仕草というだけでこれだけ反応に困ると言うことは、スグルがこのhIEに心を動かされている証拠だった。


 それに、スグルはこのhIEを見た瞬間、ヒトだと思ってしまった。姉だと、そう思ってしまったのだ。


 それはスグルの心がhIEに動かされたーーアナログハックをかけられたのだーー


「……ごめんね……困らせちゃったかな?」


 カナタがこちらの顔色を伺うように苦笑する。

 

 姉のカナタはヒトの雰囲気に敏感だった。いつでも笑顔だったが、いつでもヒトの反応を気にしていた。


 相手が困っていたら助けるし、もし近寄って欲しくないと思っているなら絶対に近寄らないーーとても気配りが出来る少女ーーそれが生前の姉の姿だった。


 ただ、これはhIEーーロボットなのだ。スグルがどう反応すればいいか困っている事を認識して、算出されただけの反応。


 そんなところまで、姉のカナタにそっくり似せてある事に、感嘆とした。


 スグルは、その造形や行動クラウドのできの良さばかりに頭がいってしまって、何故ここにこんなものがいるのかまで、想像が至っていない。


「……うん。そうだよ」


 スグルの瞳をじっと見つめて、カナタはうなずく。


「わたしは、あなたのお姉ちゃんのふるまいが蓄積された行動クラウドによってカスタムされたhIEだよーー」


 スグルの頬を、姉のカタチをした手が触れる。


 暖かかった。


「でも、本物のお姉ちゃんだと思って良いんだからね?」


 柔らかな微笑みに少しだけ見とれながら、スグルは違和感を感じた。


 暖かい? なんで? スグルの頭の中にやっと現実感が伴ってくると、沢山の疑問が生じた。


肌の質感と良い、これはーー


「君は、生体hIEーー」


「うん。もっと、触れてみる?」


 hIEがクスリと笑って、触れた手を掴んでそのまま胸元に引き寄せようとする。


 その手を、スグルは「やめてください」と払いのけた。


 学園をサボりがちとはいえ、成績が優秀なスグルには、ある程度の知識があった。


 これはhIEの中でも生体hIEというもので、肉体の構造までヒトに似せたものだった。


 人間の作業を肩代わりするだけの機能だけを持ったhIEならば、わざわざ身体の構造までヒトに似せる必要はない。最低限シリコンの人工皮膚で機械の身体を覆えば、ヒトと見分けがつかない。


 それなのにわざわざ水分やタンパク質などの有機物を多く含み、食事や排泄までも行う生体hIEが存在するのは、医療の現場などヒトとhIEが密に接する機会のあるところで重宝されているからだ。


 生体hIE、そして身代わりhIEーーその二つの存在自体は、数は多くはないものの珍しいモノではない。


 問題はーー


「キミは、違法hIEーーなんですね」


 身代わりhIEを生体hIEで作成することは、法律で禁じられている。人体の構造までヒトそのものに作られた生体hIEは生体認証を利用して、個人認証をすり抜けられてしまう。


 例えば、憎んでいる親族を殺し、身代わりとして脱法した生体hIEでカモフラージュしておけば、完全犯罪に繋がりかねない。


「えっなんのこと……? アタシはただ……」


 hIEであればクラウドにデータ化されてあるはずの情報なのに、カナタのカタチをしたhIEは、本当に何もしらないかのような反応をした。


 その姿にスグルはいらだち、そのヒトのような体温のもった腕を無理矢理掴んだ。


「ちょっ……痛いよスグル……」


 こういった、冗談めいているのに、とんでもない事をやらかす人物を、スグルはよく知っていた。


「ついてきてください!」


 スグルは声を荒げた。こんなに声を張り上げたのは、いつぶりだろう。


 こんなことを考える人間は、僕の知っている限り一人しかいないーー


 そう確信すると、そのまま少女の腕を掴んでホテルのロビーを飛び出したのだった。



         *



 姉の身代わりhIEを自転車の後部に乗せると、スグルはペダルを思い切りこいで目的の場所を向かった。背中から感じる少女に似せた肉の質感や暖かさを感じる余裕もなかった。


「ついた……」


 自転車を適当な場所に止めると、異様な匂いと背の低い建物が建ち並ぶ区画の中へ、少女の腕を掴んで入っていく。


 元々は農地だったであろう場所ーーそれは2105年の現在、空港関係の外国人労働者が多く住む外国人街へと、姿を変えていた。


 一世紀も前は「空港拡張反対」と掲げられたプラカードの多くは、「外国人治外法権反対」の文字に変わっている。


「そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ」


 姉の身代わりhIEがスグルの掴んだ手にそっと手を重ねる。


「ね? ちゃんとついて行くから」


 まるで小さな子供をあやすような声色で囁き、そしてスグルの掌を握ってきた。


 これにはスグルもたじろいでしまった。hIEだと、もうわかっているというのに、スグルはまた心を動かされてしまった。


 静かにうなずくと、少女の掌を握り返した、まっすぐと路地を進んでいく。


 まるでスラムのような場所だ。ヒトは通り過ぎる時には身体を斜めにしないとぶつかってしまう。ここが22世紀なのかと疑うほど旧時代の的な、背の低い質の悪そうな木造建築が並ぶ。


 ここに住んででもいない限り、スグルのような中学生が足を踏み入れることは、ほぼないだろう。


 二人はそれだけ目を引いていた。


 物珍しそうなモノを見た、というような意味を含んだ瞳を二人に向けているモノが殆どだが、中には好色で卑しく、ねっとりとした視線もあった。


 スグルの顔が少女のように整っている事もあるだろうが、大方その後ろにいる生体hIEに視線は集まっている。 


 ほとんどヒトと見わけがつかない少女のカタチをしたhIEーーしかも一緒に歩いているのは線の細い少年は、ボディガードにはいささか頼りない。


 近頃は外国人移住者も、かなり格差が激しい。そして、ここの住民は生活に最低限の賃金しか貰えないような人たちだ。


 ろくに風俗にも行けていないのだろう男たちは、躊躇なく肉欲を含んだ目線でじっとりと少女の身体を上から下まで眺めている。


 その視線に行動クラウドが反応したのか、握られた柔らかい手が、わたしを離さないで、といわんばかりにぎゅっと強く握られる。

 

 彼女に意思がないとわかっているから、その反応にスグルはいらだちと動揺、相反する感情を抱いてしまう。

  

 早くこの時間が終われば良いーーそんな事を考えながら、狭い路地の奥地へとスグルたちは早歩きで進んでいった。


     *


 大型の台風でも上陸すれば、屋根が吹き飛んでしまいそうな古びた建物の中に男はいた。


 地面も空気もやけにしめっていて、スグルの気分をどんよりとさせる。


「叔父さん……いますか……」


 建て付けの悪いドアを開けると、その外観とはうらはらに、屋内には所狭しと機械や生体ポットが並んでいる。


 嗅いだ事のないような、それこそヒトを焼いたらこんな臭いがするんじゃないか……というような異臭にスグルは鼻を抑えた。生体hIEの少女も同様「うえ……」と言いながら自身の大きめサイズのパーカーで顔をふさぐ。


 部屋の奥には、白衣を着た男ーーそれと、給仕の服装に身を包み植物のように動かない女性型のhIEがいた。あえてヒトらしさを欠落させているのは男の趣味だろうか。


「やぁーやア! スグルじゃないかアーー!」


 男がこちらに気付くと、よろけた足取りでこちらに近づいてくる。


 ぼさぼさの髪や、液体が沢山こびりついた汚い白衣からは清潔感を一切感じない。整っている顔の造形も、赤ら顔と下品な笑みが台無しにしている。

 

「君から訪ねてくれるなんて僕ア嬉しいよおおおっ」


 そういうと、スグルを大げさに肩を抱いた。


 酒のような匂いが白衣にこびりついていて、スグルはひどく不快な気分になる。


 九鬼栄一。


 スグルの父親の弟、そして現在のスグルの親権を持つ男だった。


 名前に似つかわしくない程醜悪な人格だが、彼はhIEのデザイナー、そしてhIEの脱法改造を行う、その道のプロだった。


 スグルは、叔父の腕をふりほどき、冷淡に睨み付けた。


「叔父さんなんですよね……こんな馬鹿な真似をしたのは……」


 スグルの敬語には、叔父に対する信頼のなさが表れていた。

 

 赤ら顔の叔父は、何を言っているのかわからない、というような表情をした。そしてスグルの後ろで所在なさげにふるまう生体hIEの姿を見つけて、無邪気ともとれるような笑みを浮かべた。


「あアーーそうだよ!」


 叔父は、スグルの後ろに手を伸ばし、無理矢理少女を自分の方へ引き寄せる。


 そして下品な、何か含みのある笑みを浮かべる。四十代の年齢とは思えないほどしわがれた声なのは酒焼けによるものだ。


「きゃっ」 


 まるで、幼児がおもちゃを扱うような乱暴な仕草だ。


「これは僕の新作の生体hIEさアーー!!」


「…………」


 カナタの偽者は、最初こそ驚いていたものの、それ以降は叔父に対して何の反応も示さなくなって、されるがままになった。


 スグルに対しての態度と、あまりにも違いすぎた。


「そして、オーナーは……なんとオーー君だアーーーー!!!!」


 スグルは、叔父が何を言っているのか、一瞬では判断できない。


スグルは十五歳だから、確かにオーナーになれる。だが、この生体hIEをスグルの為に作って、叔父になんの利益があるのか、それが全く理解できない。


 二年前、スグルの父と母は離婚し、そしてスグルの親権を放棄した。スグルを施設に連れて行こうとした時に何故かスグルを引き取ってくれたのが、今までスグルが一切交流の無かったこの叔父だった。だが、スグルはその頃の事をあまりよく覚えていない。とにかく、誰に対しても「はい」と言ってうなずいていた記憶しか無い。


 叔父に「家族になろう」そう言われたときも、スグルは人形のように「はい」とだけ答えたような記憶が、うっすらとあった。


 しかし叔父は一緒に暮らそうともせず、結局スグルは一人で暮らしていた。なんで子供など全く興味の無さそうな叔父が、自分を引き取る気になったのか、スグルは未だに理解できない。時折、スグルの様子を見に家までやってくることはあったが、そんなのは単なるこじつけで、いつだって家で何か捜し物をして、気付いたらコソ泥のようにいなくなっていた。

 

 そんな叔父が、自分の為に姉のニセモノなんかをーーしかも違法hIEなんかを、何故、今更ーースグルはそう勘ぐらざる負えなかった。


「叔父さん……僕になにをさせようというんですか」


「なにをさせるだってエ? ボクぁなぁーーんにもしないさ。スグルが寂しそうな顔をしているのが、僕は見ていられなかっただけだからネ!」


 叔父、栄一は終始にやついていた。


「キミとボクは友人だからねエ……」


 友人というものがスグルにはよくわからなかった。ただ、目の前にいる男が友人だとはとても思えない。


「それに、もう気付いているかもしれないけど、これは違法hIEだよォ。だけど、違法だなんてばれることはないけどねエ……この機体からクラウドにデータが送信される際、目くらましの、故障状態であるレベル1の情報が送信されているから、生体認証の時にもばれることなんてないよ。超高度AIも恐るるに足らず、だよねエ……」


「わざわざ、そんな事まで……」


 このhIEは明らかに普通では無いことはよくわかる。スグルはますます叔父のやりたいことがわからなくなる。


 叔父が「あ……それとネ」と今まで一番顔を歪ませて言った。


「この娘としたかったらいつでもやっちゃっていいからねエ……とおーーってもリッチな仕様だからさア……極上の使用感だよ」


 叔父がいつの間にか持っていたボルトとナットをカチャカチャと上下運動させた。叔父の主な収入源はセクサロイド仕様のhIEの作成と売買だ。


 特にヒトのぬくもりを感じられる生体hIEは、たとえ機械仕様のものより高額でも、偏った趣向の性的サービスの需要は尽きない。


 カナタそっくりのhIEは、相変わらず機能が停止したように大人しくて、自分の事を言われているのかよくわかっていない様子だ。


 スグルは、そんな姉に似たhIEが淫らに乱れる姿を、一瞬だけ想像した。


 言いようもない憤りと感じて、声を荒げる。


「ふざけないでくださいっ……!」


 そんな様子をみて、叔父は目頭を抑えて笑う。


「ふぅん……、アナログハックされちゃったわけだア……。君みたいな血も通っていないような冷徹な子が」


 血が通っていないのはどっちの方だーー


 スグルはそう言いかけたが、声は出なかった。


 図星だった。


 まるで実験動物を見ているような、目つき。


 きっとーーこのヒトは、ヒトをヒトとして見ていないーー


 スグルはそう思った。


 叔父は、スグルの卑下するような目線に気付くと、持っていたナットとボルトを放り投げて言った。


「ん……? いやア、いらないならいいんだよ。折角こんなによく出来た訳だし、スグルがオーナーを放棄するなら、高級娼婦として売りつけるだけだからねエ。もっと愉しく、享楽的に生きている人たちの元で働くことになるのサ! 君ももっと自分の快楽を追求すべきだと思うねエ僕みたいにイ!」 

 

 そう言うと、何を言われているのかあまり理解していない様子の、姉そのもののhIEの全身を、舐めるように見ながら舌なめずりした。

 先ほどの路地を通ってきた時に感じた男たちの獣のような視線を思い出す。


「この位の少女型はよく売れるよオ……」


 冗談には思えなかった。もしスグルがここで、このhIEを「いらない」と言えば、すぐさま手配されてしまうような気がした。


「狂ってる……」


 そうとしか言いようがない。ヒトらしさの欠けるスグルだが、栄一の行動がまともではないことくらいはわかる。


「あーはっははっははっはっはっはっはア!!! そうだなア。狂っているなア」


 高笑いが響き渡る。


 そして、叔父がスグルをみて真顔になる。

 

「僕も、君もネ」


 スグルは何も言い返せない。常日頃考えている「自分は壊れているんじゃないか」という不安が、叔父の言動の否定を拒んだ。


「なぁーーーんで、あの馬鹿真面目な父親から君みたいな人間が生まれるんだろうねエーーー! 遺伝子って面白いよねエ……」


 その証拠に、父親の事をけなされても、何も感じない自分がいる。


「まア……でも、僕は君のことをトモダチだと思っているからね! そして僕らは同類、家族なんだよ!」


 家族ーーその言葉に不快な気分しか抱けない。しかし実際、この男は父親の弟で、スグルとは血の繋がった親族だ。そして親権すら持っている。


「君は、だいすきなお姉ちゃんがいなくなってから退屈してそうだからねエ……」


 何を言われているか、よくわからなかった。

 

 ーー姉がいなくなってから、僕が退屈している、それってどういうことだーー


「じゃっ、今から都内の娼館に連絡しちゃうぞオー。」


「スグル……」


 姉のニセモノが不安げにスグルの方をみた。自分がこれからどうなるのか、会話の流れから算出された「行きたくない。スグルの側にいたい」という反応だった。


 AR端末のコール音が鳴って、スグルは焦りながら「まってください……」その回線を遮断ボタンを押すために叔父に一歩近づいた。


「この子は、僕が連れて行きますから……」

 

「最初から素直にそう言えばいいのさア……」


 それ以外の選択肢はなかった。たとえこのhIEの作り物の人形でしかないとしても、この少女が誰かの慰み者になる未来なんて想像したくなかった。


「あ、そうそうその子の名前ね。別にカナタって読んであげてもいいんだけど、フィーって名前だからよろしくしてやってねエ……」


「フィー……」


 初めて聞いた気がしない名前だとスグルは思った。どこかで聞き覚えのある懐かしい名前のような……そんな気がした。


「メンテナンスには定期的に行くようにするヨ。どこか不具合だったり、身体の相性が悪かったりしたら教えてねエ……」

  

 どこまでもマイペースな叔父だった。


「最後にもうひとつだけ教えて欲しいんですが、これをあそこに……連れてきたのも、叔父さんの命令なんですか」


 叔父には知られてないと思っていたあの場所。木に囲まれて、隠されたスグルの聖域ーーそこを知っているのはスグルとカナタだけのはずだった。


 これはカナタじゃない。カナタのカタチをした別の何かだ。だから、何故あの場所を知っていたのかが、スグルは理解できない。


「んーーヒミツだね」


 叔父はそうしてまたはぐらかす。教える必要の無いものは一切教えないというのは、裏事業に関わるヒト特有なのかもしれない。


 一秒でも早く、この場所をでようと思って、姉の手を引く。踵をかえして、ドアへと向かうと「楽しんでねエ」と叔父が言う。


 挨拶もせずに家から出ると、少女の、姉の顔をしたフィーの表情が、まるで花が開いたみたいに、「ぱあぁ」と明るくなる。


「スグル、ありがとう、ね?」


 それでも、つながった右手から伝わる肌の暖かさは、スグルを虚しい気分にさせる。なにに対して、この機械は感謝をしているのだろうーーそんなことを思いながら、スグルは来た道を引き返していく。


 そうして半強制的に、hIE、フィーとの生活が始まった。



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