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ウェリエの聖域:蒼と紅の世界  作者: 加賀良 景
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神代時代


 昼とは違い、青白く寒々しい色に輝く小さな月と、それと寄り添うように青白い月の陰に隠れる、黒い月。

 きらきらと満天に輝く星空。

 その下で色々な歴史があった。

 数えきれないほどの者が栄え、数えきれないほどの者が滅んだ。

 殺し殺され、犯し犯され、泣き叫び、怒り狂った世界をみた。

 生命が生まれた、家族を養うために狩りが出来た、農作物が採れた、そういった世界をみた。

 その歴史を全て見てきたのは、その(てんたい)たちだ。


 生きとし生ける者は感謝した。

 生きとし生ける者は恨んだ。

 神に対して。


 その神は人々の心にいる。

 一つは『大海の神』といった世界を世界らしく仮作りした神々。

 しかし、それらの神がいたとされる文献はない。

 あくまでも『いた』とされる口伝(くでん)しかない。


 しかしながら、もう一つの方は。

 明らかにいたとされる神々。

 文献は人々の目には晒されずとも、確実な姿形が遺され、それの歴史を識る者がいる。

 よって昨今の人々には確実に心に存在する神。


 その神は……。


 この世界を世界として作ったという神。

『聖域』と呼ばれる世界を作り、この営みを作った大神。

 増えゆく人々のためにと、『世界』を動かし、沢山の歴史を作ったとされる神。

 とある国では正に実在とされた神であり、その国以外では一切の歴史(じつざい)が抹消された神。


 その神が生きていたとされた神代(かみよ)では、魔法の黎明期とされ、多数の魔法が発明され淘汰されていった。

 淘汰されずに残った魔法は今も、この世界で生き残り、『学校』で学べ、色々な体系を築かれ、一般的とされるが、その中でも非常に高難易度である魔法がある。

 それがこの神が作ったとされる魔法だ。

 この魔法を覚え取得するに当たり、神代時代の旧一般言語を習得し、それを踏み台として更に困難に作ら(アレンジ)された旧魔法言語と、新文法を用いるという魔法構造。


 その旧魔法言語も、昨今の文字ではなく当時に作られた一つの暗号として機能した暗号(もじ)で描かれており、殊更取得に困難を極める。

 かの国の、それこそ神代時代の者であれば、その暗号を読めたとされ、数多くの学者が神代時代の一般的な人々の日記などで単純な文脈、文体を読むことで法則性を見出すよう努力しているが、芳しくはない。

 その神代時代の魔法の特徴といえば、一瞬にして国を滅ぼし構築するというデタラメさが売りの魔法とされていた。

 事実、彼の国以外の国にて、かろうじて残っている文献では大陸を砕き、またあるときは今日(こんにち)の空に浮かぶ大陸を作ったとされ、眉唾モノといえる。


 魔法黎明期とされる神代時代にあった……とされている、元々あった魔法をより正確に、より最適化された魔法。

 それを扱う魔法言語の神。

 それが『聖域の神』と共に与えられた二つ名『魔言(まほう)の神』。

 またの名を『魔神』。

 良からぬ意味合いの『魔神』ではない、正真正銘の『魔言の神』。


 その『魔言の神』の元に付いたとされる、数多くの今日の世界にはいない種族である『魔族』。

『森人』といった種族たちは神代時代で滅んだとされていたが、獣人としての『森人』がかろうじて残り、今も多数の国に多く生きている。

 多くの『森人』は長寿とされているが、神代時代からの『森人』は当然いない。

 魔族としての『森人』、今は亡き魔獣の『竜種』、獣魔族と呼ばれる、珍しい『神狼族』と呼ばれる魔族。


 他にも今も現存するとされている『白き翼』、『神雷』、『冥帝』といった神々が元に(つど)ったとされている。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんな世界の中で、一人の妙齢の女性というよりはあどけなさが残り、一人の少女というよりは少しばかり数多の戦場(いくさば)を駆け抜けたかのような、剣呑の空気を纏う女性が一人歩む。

 その場所は月も星も見ることが叶わない、洞窟(あな)の中だ。

 入り口も出口もない。

 ただあるのは長い長い空間。


 足取りは軽い。

 女性の顔もにこやかだ。

 まるで、

「ふふふ、やっほー。久し振りー」

 旧友に会うかのような声音。


 その彼女は軽く右手を上げて挨拶した。

「本当に久し振りだね」


 懐かしみを覚えながらに目を弓なりに、

「相変わらず変わってないね」

 上げた右手をひらひらと振るう女性。

「うん? ああ、これ?」

 振るっていた右手を自身の腰まで届く長い髪に触れる。


「そういえば言ってなかったっけ。知らないかもしれないけど、上だと蒼碧(あお)い髪だと魔法に愛されている……って言われるんだってさ」 

 またもぱたぱたと振るう右手。

「でさぁ、面倒だから染めたんだ。蒼碧から漆紅(あか)にさ」

 はぁ、と溜息を漏らす女性。


「ちょっと漆紅という割には、どちらかというと真紅だけど、面倒に比べればいいかなぁと」

 やれやれと首をすくめる女性。

「ああ、面倒っていうのは、俺……じゃない。私が蒼碧の髪だと……え?」

 目を丸く、驚くかのような顔の女性。


「ああ、うん。いつも『俺』で通してるんだ。ほら、わたしって長いじゃん? だから飽きるんだよね、目的あっても……さ」

 少しだけ俯き、

「あっちは全然だよ、もう。全く……手掛かりがない。どうしたらいいのか分からないけれど、みんなはいないし」

 やめられないよ、と小声で、

「言いたいことも言えなかったもん。聞きたいことも沢山あるもん。だから止められない。

わたしだってみんなと一緒にいたかったもん。帰ってきたら、お姉ちゃんだけしかいなかったんだもん」


 ぐすぐすと小さな嗚咽がこの小さな洞窟(あな)の中で響いた。

「みんながいたらどうあるべきか、どうするべきか、自分で決着付けられたかもしれない。

けれど、わたしにはそんなことはなくて、これが正しいと思ってやってる。

どんなに愚策であってもやってる」

 うん、

「愚策だよね。わかってるよ、お姉ちゃん。でも、これしか思いつかないんだ。何回も恨まれて何回も心を締め付けるような目で見られた。

でも、これしかないんだ。わたしは自分の目的のために、いっぱいこうすることしか出来ない」

 大粒の涙がこぼれ落ち、

「わたしが生まれたから、こんなふうに苦しいんだろう。生まれてきたくなかった、なんては言わないよ。わたしの目的から相反するし。

でも、後悔しかないんだ。どうして、あの時気付かなかったんだろう。

どうしてあの時に連れ出して、一緒に見なかったんだろう。幼いときに見せてくれた、あの蒼碧の海と茜紅の空をもう一度、一緒に見に行かなかったんだろう。

どうしてあのとき『ありがとう』って言わなかったんだろう。

会いたいよ。もっと言いたいよ」

 止まらない彼女。


「『茜紅の空のような色』のわたしと、『蒼碧の海のような色』と言った……お父さんに、もう一度会いたい。

茜紅色から、お父さんと同じ蒼碧(いろ)になったわたしを見て欲しい。

なんて言ったのか、どう思ったのか、どう想っていてくれたのか、全部知りたい」


「会いたいなぁ、会いたいなぁ、会いたいよ。わたしはそれしかないよ。

なんでも出来るよ、なんでも出来るけど。作者っていう神様じゃないから、代理作者(ゴーストライター)であっても作者は作れない。

だから、会えない。分かってる、分かってるんだよ。でも、なんでも出来るけどどうにも出来なくても、やるんだ」


「一緒に見せてくれたを世界をまた見たい。あの空で肩車に乗りながら、慣れていなかったからきゃあきゃあと悲鳴をあげながら見た。

あの『蒼と紅の世界』をもう一度、お父さんと一緒に」


「あ、ごめん。お姉ちゃん」

 ふっと泣き止んだ彼女の顔は見た目通りの少女らしさが見えた。

 それはまだ親離れが完全には出来ていない少女の顔だ。


「な、なんだよ。お姉ちゃん、べ、別に、わたしだってもうお姉さんっていうか、この世界で色々有名なんだから、こんなの見せないよ」


 あたふたと慌てているかのような、仕草の彼女。

「だ、第一。こういう姿はお姉ちゃんも猫を被ってたじゃん。『おや、お帰りですか?』とかお姉ちゃんらしく……って、そんなに睨まないでよ、怖いよ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなところから約半刻ほど経ち、


「上の状況はこんな感じかなあ。あのときみたいに、『民族浄化』なんてものはなくて凄い平和。

戦争はぼちぼちあるけどね。ま、小競り合い程度だよ、お姉ちゃんたちがやった『大陸砕き』とか、『無限増殖』とかその辺りはなくて、勿論魔法もなくて至って平和な戦争。

その魔法も学者たちが理解しようとして、躍起になってるみたいだけどねえ」


「なんかおかしいよね。わたしたちが普通に使ってた言語が、今の学者たちにとっては理解できない言語で、それを扱えたらわたしたちの魔法が使えるとか、さ」


「ふふふっ、だよね。それもさぁ、わたしたちの魔法って『魔言』って言われてるんだよ。『魔法』じゃないんだ『魔言』だよ?

同じ魔法なんだけど、『特異魔法言語魔法』で略して『魔言』とかさ。まあ、独特な発音で起動するけどさ」


「うん、お姉ちゃんの……そうだなぁ『天空から墜つ焼灼の槍』なんて『F_W_Y_P_X_D_G_C_Q』で発音するけど、それが分かんないっていうんだよね。

まぁ正す気はないし、学者たちが行き着くか見ものだなあ。

わたしの権限で起動には『精製された魔力』を必要とさせてるし、『精製された魔力』が作れるかどうかなんだよね」


「っとととと、もうこんな時間か。一人で話し過ぎたね、ごめん。

え、楽しかった? またまたぁ、情緒不安定で泣いたり笑ったり、ぷんすこ怒って嘲笑っている姿のどこが面白かったのさ。

……次は、いつ会えるかな」


「え、ああ。前回とは五百年ぶりだもんね。面白い話を拾ったら、また来るよ。

そうじゃなくても、そうだね。次は三百年ぐらい先でいいかな。じゃ、お(いとま)ね」


 そういって、くるりと背を向けて右手をひらひらと振るい、


「また、ね。お姉ちゃん」


 その呟きが宙に溶け、たときには、かの少女はこの洞窟(あな)から存在が抹消()え、ただあるのは、かつて神代時代に大陸を砕いたとされる『竜種』を(かたど)った一匹の『竜種』。

 目が紅晶(ルビー)で作られた『竜種(トカゲ)』の像が一つ眠っているだけであった。


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