『世界』の名を冠する魔王
この世界のどこかにある深淵にて、それは永い眠りから目覚めた。
それは過去にいた種族の生き残り。
誰からも迫害されながらも生活し続けた。
それでも……
『捨てる神あれば拾う神あり』
拾う神がいた。
その一つの種を拾い、そして教えた。
「きみがのぞむならば、知識を与えよう」と。
その神は色々な滅びゆく種を拾った。
そして滅びゆく種だけの村ができ、滅びゆく種が友人伴侶家族だった者も移り住んできた。
その神は村の長となり、街、果ては国の王となった。
その神を精神的にも肉体的にも支える下神がいた。
その家臣たちは神が王、いや長になる前から王を慕い集った滅びゆく種族で構成されていた。
彼らは長となる前の神と共に生き、神が長となることを決めたときに隣にいたモノたちだった。
彼らは許せなかった。
世界は神と彼らたちと敵対した。
許せなかった。
神と同種族である世界が、神を否定した。
許せなかった。
ひとつの種族を否定する『世界』が。
許せなかった。
神が日に日に弱っていく姿をみて、何も出来なかった下神たちが。
許せなかった。
神の家臣たる下神が慰めるしかできないことを。
許せなかった。
自分たちの国を"聖域結界"で囲うことになった無力さに。
許せなかった。
あのとき神の命令に逆らってでも……。
その深淵から目覚めた個体は答えを見つけられないでいた。
これをしていれば、あれをしていたらと「if」を考えた。
考えて考えて、気付いたらひとりぼっちになっていた。
答えは出ないまま。
悩みに悩んで、ふと考えを逸らしたとき、神と下神たちがいなくなっていた。
残ったのは、自身を含めて三柱。
自身を除いた二柱は不老不死を持つ下神。
そしてその個体は、世界に充満する魔力で食餌代替が出来ており、魔力も能力もほかの下神たちの能力をいくつか持っていた。
下神の許容量以上の魔力は、たやすくその個体の身体構成を魔力素に変換し、魔力が世界にある限り不老不死となり、捕食行動も鳴りを潜めた。
結果、三柱が残った。
図らずともそれは神が作った神話のような運命となった。
この世界に魔法があるが故に生き続ける。
世界は『世界』を創る。
『世界がある限り生き続ける』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深い、深いまどろみのなかで、懐かしい夢をみた。
「……みんな」
未だに憶えている。
意見がお互い合わなくて喧嘩したり、一緒に食べたり、一緒に寝たり。
みんなの匂いも身体も、体温も顔もみんな憶えてる。
自身を愛してくれたあの人の知識も憶えてる。
顔も、身体も、匂いも、優しく撫でてくれたあの掌も、知識と、神話と、直接注ぎ込まれて得た知識もすべて識えている。
寝て覚めて答えは出なくて。
寝て覚めて答えは出ていなくて。
未だに答えは出ない。
悩まなければ、こんなに悩まずにいられたのに。
自分一人で悩まなければ、「答えがでないこの世界に残されなかった」はずだった。
一人で悩んでいたから、あの二人が出て行った。
一人で悩んでいたから、あの二人が消えた。
一人で悩んでいたから、あの二人がいなくなった。
一人で悩んでいたから、自分一人が残った。
自分が嫌になるから、ずっと眠り続けた。
ずっと嫌だから死にたかった。
でも……、あの人の「誰一人として、欠けないで」の一言が行動を縛る。
「死にたくない」、そう涙がこぼれる。
とっくに流しきった筈の涙が両目からこぼれる。
その感覚は昔は知らなかった。
それすらも教えて貰った知識だ。
魔法も感情もすべて……教えて貰った。
喜び、怒り、哀しみ、楽しいこと。
愛してくれた。愛させてくれた。
行動。理由。意味。
すべて教えてくれた。
今まで寝ていた時間に比べれば、短い間でしかなかったけれど。
自分を自分として作ってくれたあの人。
好きだった。
ずっと好きだった。
自分が初めて成ったときも、ずっと一緒にいられると確信したから。
ほかにも自分と同じ境遇がいるけれど、ずっと一緒にいられると確信したから。
成った。ずっといたいと。
種族は違えど、知識は同じになって共にずっと語り合いたいから、成ったのに。
今はもう。ひとりぼっちだった。
「もう……わからない」
自分はどうしたらいいのか、分からない。
「死にたい」のか。
でも、慕ったあの人の声が、未だにあのときのままで再生される。
「生きたい」のか。
自分ひとりしかいない『世界』は辛い。
「会いたい……みんなに」
でも、会えない。
不老不死のみんなはともかく、聖域の加護の更新を望まなかった四人。
更新されなければ……。結果は考えなくても分かる。
自ら望んだかのように、答えなんて出ない問題をひとりで解き始めた。
「みんなに会う資格なんて……ない」
それでも、ひとりぼっちもういやだ。
しかし、あれから何年も経っている。
もしかしたら。
そう、本当にもしかしたら。
あのときにはなかった魔法があって、消えたひとを探し当てる魔法があって。
消えた人と話せる魔法があって。
それを使えばみんなときっと話せる。
面と向かって「ただいま」、いや「久しぶり」と挨拶して、「ごめん」と謝れるかもれない。
もしかしたら、あの人とも会えるかもしれない。
いや、そもそももしかしたら、今の世界は魔力なんてとうに枯渇しているかもしれない。
枯渇していればめっけものだ。
自殺ではなく、そう『世界』が旧時代の生命を拒絶した。
だから、生きられなくなった。
そう言い訳ができる。
だから、目覚めて地上に出ることにした。
死んだら死んだで、もしかしたら会えるかもしれないと固く信じて。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この地は深淵。
濃すぎる魔力に汚染され、魔獣すらも寄り付くことは許されない。
その地で泣きながら眠っていた魔王。
古き時代、ひとつの世界を作ったという創世記時代の魔王と呼ばれた存在は目覚めた。
旧い時代から、今へと変わった世界を見るために。
新しい魔法を識るために。
ひとりぼっちの魔王は、今。