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ウェリエの聖域:蒼と紅の世界  作者: 加賀良 景
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エピローグまたはプロローグ

 視界の中に木組みが見える。

 

 それは梁のようで。


「あ、目が覚めた?」


 初めて聞いた声だ。


「びっくりしたよ、まったくもう。


キミってば、砂浜で倒れていたからさぁ。


あ、これクリーミールトだよ」


 右耳に少女らしき声が響き、視界の端に少女のものと思われる手指が映る。


 その手には、温かそうな湯気が立つ飲み物を入れた茶碗が映った。



「あ、ごめん。言葉分かるかな?」


 言葉はなんとなくだが、頭に意味が浮かぶ。


「こ、ここは……」


「通じるんだね、良かった。


ここは、マクロト岬の端っこだよ。


……わかるかな?」


 初めて聞く場所だ。


「ごめん、分からない」


「あー、わかんないか。


とりあえず、ここはそういうところなんだ。


キミの故郷はどこ?」



 俺の、いや僕、私だっけ。


 故郷はどこだっけ。


「…………、」


 視界の端に映る、手指はまだ茶碗を持っている。


 差し出してくれている。


 差し出してくれているのに、受け取っていないのは失礼に当たる……はずだ。


 寝台の上で寝ていた身体の上半身を起こし、


「ごめん、ありがとう」


 そういって僕、いや私は茶碗を受け取る。


 茶碗は温かそうな湯気のとおりに暖かく、なんとなく冷えていた指が。


「……温かいや」


「むふふふ、そうでしょう?


なんだって、キミ用に作ったんだから」


 そのときになって初めて私は、手指の主を見た。


 その主は声の印象通りの可愛い少女だった。


 髪色は若草と、あの見たことがない筈でありながらも、稲穂と呼ばれる植物の畑の色の黄金色を合わせたような色。


 目はくりくりとした栗色のたれ目。


 ぷっくりとし、赤めで健康的なくちびる。

 

 その少女は、私の視線が彼女に向くと嬉しそうにはにかむ。


 何故かは知らないけども、懐かしい感じがした。


「あ、ごめん。


故郷……だよね」


 はにかむ、その顔がとても懐かしくて。


 思わず見惚れてしまったが、見てしまったことを恥じるように、唐突に彼女の言葉を思い出す。


 けれども。


「あ、いいよいいよ。


その様子だと覚えてなさそうだね」


 事実、私は覚えていない。


「ご、ごめん……なさい」


「いいっていいって。


咎めてなんかいないから」


 そう言ってから目の前の少女は、そっぽを向いてぶつぶつと呟く。


 聞き耳なんてものは立てない。


「そうだ、じゃあキミがどこの人で、どんなことをしていたか思い出すまで、さ」


 そういって彼女は私の目の前から身を乗り出して、ギシッと寝台が軋む。


「私と一緒に住んでよ」 


「何故……ですか」


「何故かって……?」


 彼女はむふふと、顔をにやけさせながら理由を述べる。


「まず、キミは男の子だからかな。


街からここまで遠いからさ、荷物持ちして貰おうかなというのと。


それと、キミみたいに怪しい風体の人は街では匿ってくれないしね。


それよりも一番の理由は、さ」


 彼女の身はまだ乗り出したまま。


「何故か分からないけど、キミが。


ううん」


 彼女は目の前でかぶりを振る。


「キミを見たら、なんとなく。


そう、なんとなくさ。


運命を感じたんだ」


 運、めい?


「あ、初めてあった人にいうことじゃないし、別に……」


 彼女は声の音量を下げて。


「『好き』とか、そういうものじゃないのだけど、なんというか、こう」


 音量はそのままで。


「『運命』を感じたんだよ。キミに対して」


 呟く少女は、やはりどこかで会ったような気がした。


 どこでもない。


 でも、どこかで見たことがある景色が脳裏に映る。


 顔と身体がブレていて。


 輪郭がぼやけている「」の少女。


 夕暮れ時の黄金色の畑に、"私"が「」の少女を見て。


 "「」の少女"がはにかみ、口を開き何かをしゃべる。


 でも、それは。


 輪郭がブレていて何を言っているかは分からず。


 声は聞こえず。 


 脳裏の景色がぼやける。


「ど、どうしたの」


 現実の少女の慌てる声が聴こえる。


「なんで、泣いているの?」


 そっか、今泣いているんだ、私は。


「なんとなく、なつかしくて」


 今起きたことを包み隠さず、教える。


「そうなんだ、私も実はなんとなく懐かしくて……お互いこうだと、『運命』だと思わない?」


「運命?」


「うん、『運命』」


 少女は例のごとく、至近距離ではにかみながら。


「懐かしいとお互いを感じる男女が、さ。


偶然会えちゃうんだよ。


確率的にはまずないよ。それぐらい珍しいことを『運命』と呼ばないなんて」


 少女の至近距離の顔は離れるも、身体は真横から足元へ移動する。


 移動の際に、やはり寝台はギシシっと軋んだ。


「だから、『運命』なんだ」


 少女の答えを代弁した。


 確かに『運命』かも知れない。


「だから、『運命』を感じた男女が『運命』を(しるべ)に共に生きるのは、物語的にも良さそうじゃない?」


 物語……?


「むふふ、不思議そうな顔だね。


そう、物語だよ。


『人生は物語である。辛い時も病める谷があり、嬉しく喜ばしい時の山がある。隣には愛すべき者がおり、その隣には憎しい者もいる。ずっと一生共に歩みたい者がいる、そのときの人生は素晴らしく狂おしいほどに物語である』


っていうのが、私が好きな物語のあとがきにあるんだ」


 だから、と少女は呟き、


「だから……物語。


全ては物語を紡ぐ。


私の今までの"物語"はキミという『運命』を見つける旅。


そしてこれからの"物語"は『運命』を見つけて今始まった」


 もう一度少女は、


「よろしくね」


 少女は私の目の前に手を差し出す。


 どういうことだろうか。


「不思議そうにみないでよ。握手だよ、握手」


 少女は私の手から、茶碗を取って残った手で私の手を握る。


 華奢でありながらも温かい手だ。


「畑仕事とか色々やってるから、ちょっと手が硬いけど」


 いや、この手は働いていた人の手だ。


「笑わないよ」


「…………え?」


「この手は今まで一生懸命に、貴女が"物語"を紡いできた手だ。だから、笑わない」


 思ったことを口に出した。


 対して少女は、ちょっとだけ眉尻を下げたけども「ありがとう」と礼を返された。


 きっと言われたいことと乖離(かいり)していたのかもしれない。


「一緒に暮らすことになったけども、さ。


そういえば、キミの名前知らないや」


 名前……、そういえば名前……はなんだっけ。


「覚えてないや、私ってどんな名前だっけ」


 思い出せそうだけど、脳裏のあの景色が映る。


 輪郭がぶれている"「」の少女"。


 "「」の少女"に向かって駆けているような私。


 それを待っている"「」の少女"。


 "「」の少女"が私に向かって。


「■▲」


「……え?」


「そうだね、■▲でいこう」


「■……▲……?」


「うん、■▲。名前思い出せないんでしょ」


「う、うん」


「本当になんとなーくなんだけど、"■▲"っていう単語が、頭に浮かんだんだ。


だから、■▲」


 少女は私の名前を■▲と名付けたあと、にぎにぎと私の手を握る。


「あと、キミは男の子なんだから、自分のことは"私"ではなくて"僕"、いや"俺"って言うように」


「何故、ですか?」


「女の子っぽいから。少なくとも街では言わないし、馬鹿にされちゃうよ」


「わ、わかりま――」


「あと"わかりました"、じゃなくて"わかった"で」


「わ……わかっ……た」


「うん、それがいい」


 少女は胸を強調するかのように反らす。


「ああ、そうだ。


肝心なことを忘れてたよ。


私の名前は……ね」



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