第7話「衝突」
本格的な春の季節が近付いてきたシャンクス一族の住居区では、まだ数は少ないが鶯の鳴き声がちらほらと聞こえてくる。
桜の木は少しずつ開花している段階で、野道には綺麗な花も咲く。
この前の一件から、保護した男性を更に疑うようになったキラウェルは、男性がいる宿へ向かっていた。
目的はもちろん…男性に真意を問うためだ。
宿に着いたキラウェルは、中で男性を捜して辺りを見渡す。
「いた…」
キラウェルは、そう言うと歩き出す。
捜していた男性が、テラスにいたからだ。
テラスに出たキラウェルは、男性に近付いた。
「キラウェル様…」
先に声をかけてきたのは…男性の方だった。
「おはよう…傷もだいぶ目立たなくなってきたね」
いきなり本題はまずい…。
そう思ったキラウェルは、男性の傷に話をふれた。
「ええ…おかげさまで、体調も少しずつですが戻ってきているんです」
男性は微笑みながら話す。
「村のこと……心配ではないの?」
キラウェルが尋ねると、男性は項垂れる。
「もちろん心配です…心配でなりません…!」
声も肩も震わせる男性。
訊いちゃいけないことを訊いたかな…??
キラウェルは、後から後悔した。
「……村のこともそうですが、俺はレイウェア様が心配でなりません」
「母さん…?」
キラウェルが不思議そうにすると、男性は頷く。
「そうです…。ブラウン家にも内通者が居まして、時折情報を提供してくれるのです」
「その内通者というのは…?」
キラウェルが男性に尋ねる。
「俺の村を襲ったのは、内通者の父親なんです…!残忍で冷徹で…人を人だとは思っていません…!」
男性は続ける。
「内通者は、そんな父親を少しでも足止めをするべく…色々な策をしているようなのです」
「待って…話が混乱してきた…」
一度深呼吸したキラウェルは、再び口を開いた。
「その内通者は…ブラウン家の者なのよね…?」
「そうです…」
男性は頷いた。
「それってつまり…反逆ではないの?父親を裏切るなんて…」
確かにキラウェルの言うとおりである。
普通の者ならば、まず反逆しようとは思わないし、むしろできないものである。
それをその内通者がしている…
そう思っただけで、キラウェルは内通者の計り知れない覚悟に驚く。
「もちろんそうです…ですが、ファラゼロは頑固ですから」
男性は苦笑いする。
「ファラゼロ…?」
小首を傾げるキラウェル。
「内通者の名前です。父親とは違い、村の様子を見に来ては…親父が来るから避難しろと、警告をしてくださった…素晴らしい方です」
男性は、嬉しそうに語る。
「親子でも…ここまで違うとは…」
あまりの違いように、キラウェルは驚きを隠せない。
「そうなのです…。ですが、村長はそんな彼を信じず…結果あのような悲劇に…」
男性は、悲しげな表情で言う。
「………」
言葉がでないキラウェル。
男性は…良い意味でそのファラゼロという人と繋がっている。
そう確信したキラウェルは、理由も訊かずに男性を疑った自分を恥じた。
「ところでキラウェル様…俺に何か用事があったのでは?」
男性に尋ねられて、キラウェルは我にかえった。
「あの……あの日、話していた忍のような人は…?」
キラウェルがそう言うと、男性は苦笑いした。
「彼はガクという男性で、ファラゼロの従者の一人です。あの日は…場所を変えてほしいと説得しにやって来ていたのです」
「ファラゼロという人の……父親が来るから…?」
「おそらく……いえ、きっとそうでしょう」
キラウェルの尋ねに、男性はそうかえした。
「あの…私……その人と話がしてみたい」
「ええ!?」
キラウェルのまさかの発言に、男性はかなり驚く。
「ガクという人とも…ファラゼロという人とも…話をしたいの!」
キラウェルは、真剣な眼差しで言う。
「む…無茶を言わないでください!!こういうのは…レイウェア様の方がよいのでは?」
男性の言うとおり、一族の首長であるレイウェアが交渉に長けているはず。
しかしキラウェルは譲らない。
「母さんはブラウン家を毛嫌いしていて無理です…母に代わってその人に会います!!」
キラウェルは、強い眼差しで言った。
「……わかりました。従者には話を通しておきます…。昼間だと目立つので、夜で構いませんか?」
「はい!!」
男性の言葉に、キラウェルは強く頷く。
「わかりました。では…また今度」
キラウェルは男性と別れて、宿をあとにした。
家に戻ったキラウェルは、軽い足取りで自室へ向かった。
その時、レイウェアはキラウェルに声をかけた。
「キラウェル?何だか嬉しそうね」
笑顔のレイウェア。
「えっ……う、うん…」
言葉を詰まらせるキラウェル。
「何か良いことでもあったの?」
レイウェアはお昼の支度をしていたのか、テーブルには料理が並べられている。
意を決したキラウェルは、口を開いた。
「母さん…私ね、ブラウン家の人と会うから」
キラウェルがそう言った瞬間に、周りの空気が凍った。
構わずにキラウェルは続ける。
「この場所から逃げるように説得している人がいてね…どんな人か会ってみたいんだ」
「会って……どうする気?」
ようやく口を開いたレイウェア。
「どうって…どうもしないよ?話をするだけだよ」
キラウェルがそう言ったその瞬間に、かわいた音がした。
「バカなことを言わないで!!」
レイウェアが叫ぶ。
どうやらレイウェアが、キラウェルの右の頬を叩いたようだ。
呆然とするキラウェルをよそに、レイウェアは続ける。
「あいつらはね…残忍な一族なのよ!!そんな…そんな奴らのところへ…行かせるわけにはいきません!!」
このレイウェアの発言に、キラウェルも…我慢していたものが爆発した。
「母さんは…間違ってる!!何もかも決めつけてはいけない!!」
キラウェルも負けじと叫び返す。
「いいえ!!絶対に行かせません!!目を覚ましなさい!!」
涙を浮かべるレイウェア。
キラウェルは、母の姿に一瞬たじろぐが…負けじと再び叫ぶ。
「目を覚ますべきなのは…母さんの方だよ!!」
キラウェルがそう叫んだ瞬間に、レイウェアは娘の左の頬を叩く。
「貴女は何もわかっていない!!」
そう吐き捨てるレイウェア。
だが、キラウェルも負けていなかった。
「何もわかっていないのは、母さんの方だよ!!人を見た目や経験したものだけで決めつけてはいけないの!!ちゃんと話がわかる人だっているの!!……だから、私の話を…!!」
キラウェルはレイウェアにすがったが、レイウェアは聞く耳を持たない。
「如何なる理由があろうとも…私は許しません!!」
レイウェアはそう言うと、椅子に座って、並べられていた料理を食べ始めた。
そんな母の姿に落胆したキラウェルは、走って自室に入ってしまった。
部屋に入ったキラウェルは、乱暴に扉を閉めた。
力が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。
「何でよ…どうしてよ…!」
怒りの感情しかないのに、何故か涙が出てくる。
話を聞いてくれなかったから…?
それとも、頬を叩かれたから?
悔しかったから??
色々な感情がキラウェルの心の中で渦巻き、ぐちゃぐちゃになる。
今まで自分が経験したことがない感情に、キラウェルには戸惑いもあった。
でも……上手くコントロールが出来ずに、再び爆発しそうになる。
「ダメだ…落ち着け…落ち着け…落ち着け…落ち着け!!」
キラウェルは、自分に言い聞かせる。
しかし、いくら涙を拭っても止めどなく溢れてくる。
いつしかキラウェルは、涙を拭うことさえしなくなり、静かに泣き始めた。
そして…怒りの矛先がわからない自分に苛立っているのか、握りこぶしをつくる。
この時キラウェルは、自分自身をますます嫌いになる…そう強く思った。
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