第4話「キラウェルに聞こえ始める声とブラウン家」
あの出来事から一夜明けた今日。周辺の村を襲ったブラウン家に、民たちは怯えるようになった。
「ブラウン家がここまで来たらどうする…?」
「今のうちに…荷物をまとめた方がいいかしら?」
「我々がここに居ると知られるのも…時間の問題だぞ?」
運悪く、民たちの近くをキラウェルが通る。
すると…民たちはその話をやめる。
「………」
もう…うんざりだと、言わんばかりのキラウェル。
不安なのはわかるが…こればかりは仕方がない。
実はキラウェルも、不安なのだから。
「昨夜の母さんのあの表情…尋常じゃなかった」
キラウェルは、昨夜のレイウェアを思い出す。
色々な感情が混じった母の表情を見たのは…あれが初めてだからだ。
「そう言えば…母さんの過去を訊いたことが無かったような…」
ずっと一緒に過ごしてきたが、母の過去を聞きたいと思ったことがなかった…と、振り替える。
昨夜見た母の表情とブラウン家…きっと、関係があるに違いない。
慰霊碑で話したのはきっと、ほんの一部にすぎないのだろう。
全てを知った訳ではない。
「母さん…あの性格だから、中々(なかなか)話してくれないだろうな…」
キラウェルがそう呟いた時だった…。
=我………を……=
「えっ……?」
誰かの声が聞こえた気がして、後ろを向くキラウェル。
男性の声だったが、辺りを見渡してみても、聞いた声ではない。
「父さん…の声でもなかった」
じゃあ…誰が?
考えても、なかなか結論に至らない。
「考えすぎて…頭が痛くなってきた…」
キラウェルは、聞こえたのはきっと空耳だと思い、気にしないことにした。
だが…これが“ある兆し”だということは、今のキラウェルは気付いていないことだろう。
場所は変わって、逃げた男性がいた村である。
焼け焦げた臭いが充満しており、住人の気配が感じられない。
代わりに…この村の者ではない人たちがいた。
「ファルド様…やはりこやつらグルです…誰一人居場所を教えようともしません」
従者が、馬に跨がる男性に声をかける。
ファルドと呼ばれた男性は、従者を見る。
「レイウェアめ…我がブラウン家がいつ周辺の村を襲ってもいいように…先回りしていたな…!!」
ファルドは、強く手綱を握り締める。
「蹴ってでも殴ってでもいい!兎に角…レイウェアがどこに居るのか言わせろ!!」
「は…はいっ!!」
ファルドの剣幕に、従者は慌てて下がっていく。
「忌々(いまいま)しい小娘め…!!」
ファルドは、もう一度手綱を握り締める。
「……そんなにむきになっても、言ってくれないと思うよ」
そんなファルドに声をかけた、一人の青年。
「黙れファラゼロ!!お前は口を挟むな!!」
怒鳴るファルド。
「はいはい…」
呆れ気味に言ったファラゼロという青年は、やってられるかと言わんばかりの態度で、その場を後にしようとする。
その態度に気付いたのか、ファルドが口を開く。
「待てファラゼロ…何だその態度は…」
周囲の空気がはりつめる。
「何って…親父がむきになって、所構わず襲撃するのが見てられないんだよ…俺は」
立ち止まり、ファルドを睨みながら言うファラゼロ。
「貴様…それが次期当主たる男の態度か!!」
ファルドはファラゼロを強く睨む。
「……当主にはなってやる…けどな、俺は俺のやり方で一族を引っ張る」
ファルドを強く睨んだファラゼロは、そう言うと立ち去っていく。
「出来損ないが…!!」
ファルドが再度叫ぶが、ファラゼロは振り返らなかった。
ファルドとの言い争いに疲れたファラゼロは、父親が襲った村に流れる川に来ていた。
「出来損ないはどっちだよ…!」
苛立ったのか、髪をぐしゃぐしゃにするファラゼロ。
「ファラゼロ様…お気を確かに」
そんなファラゼロに、女性が声をかけた。
「カンナ…」
カンナと呼ばれた女性は、くの一のような格好をしていた。
長い髪を一つに束ね、凛とした茶色の瞳、女性にしては少々小柄な体型だ。
「また…ファルド様と言い合いになったのですか?」
「あのくそ親父…襲撃することないだろ…!」
「今の当主はファルド様です…ファルド様のやり方に…」
カンナの話が終わる前に、ファラゼロが口を開く。
「やり方に不満があっても…決して口にしてはならない…だろ?」
「よくおわかりで」
カンナは微笑んだ。
ファラゼロという青年は、レイウェアの宿敵とも言える、ブラウン家の次期当主になる人物だ。
黒の髪に藍色の瞳…戦闘員にしては軽装過ぎる装備、ファルドと違い、優しい人格をしている。
「あれだけ派手に襲撃したんだ…きっと、親父が捜してる人の耳にも入ってるんじゃないのか?」
ファラゼロがカンナに尋ねると同時に、誰かがファラゼロのもとへとやって来た。
「ファラゼロ様…俺です」
「ガクか…早かったな」
ガクと呼ばれた男性は、忍のような格好をしている。
黒の短髪に黒い瞳…筋肉質な体格だ。
どうやらこのガクとカンナは、ファルドではなくファラゼロに仕えているようだ。
「で…どうだった?」
「お捜しの男性ですが…どうもシャンクス一族のもとへ向かったのかと…」
「やっぱりこの村の人たちは…居場所知ってたんだな…で、見つかりそうか?」
ファラゼロが尋ねると、ガクは眉を潜める。
「それが…どうも奇妙なのです…男性が通ったと思われる道がないのです」
「道がない…?」
これには、ファラゼロも驚く。
「ええ…俺もくまなく探したのですが、全くないのです」
ガクはそう言うと、地図をひろげてファラゼロに見せる。
ガクが見せた地図には、ある部分だけ白いままの場所があった。
「俺としては…この白い部分にシャンクス一族が居ると、考えているのですが…」
「まず間違いないだろう…。黒く線でなぞっている部分は既に探した場所だからな」
ファラゼロはそう言うと、ガクに地図を返した。
「だとすれば…結界を…?」
カンナが言う。
「親父の話だと、シャンクス一族は結界をつくれるみたいだしな…しかもその結界は、俺らブラウン家を拒絶するようだ」
ファラゼロのこの言葉に、ガクとカンナは驚きを隠せない。
「ガクは引き続き男性の行方を追ってくれ…カンナは俺とここに残って親父たちの監視だ」
「承知しました」
「御意…」
カンナとガクはそれぞれ言う。
再び捜索しようとしたガクが、ファラゼロに声をかける。
「この捜索は、ファルド様には内密で…?」
「当たり前のことを言うな…親父に知れたらどうなるか…わかってるだろ?」
ファラゼロがいつになく厳しい口調で言ったため、ガクは無言で頷いてその場を立ち去った。
「頼むぞ…ガク。親父たちには知られないまま、どうか場所だけでも確定してくれ…!!」
そう言うファラゼロの姿は、まるで祈っているかのようだ。
もちろんそうだろう…。
ファラゼロは、これ以上無駄な血が流れるのを見たくないのだ。
この時聞こえた鳥の囀りが、今のファラゼロには煩く聞こえた…。
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