第2話「一族の慰霊碑と歴史」
翌朝、レイウェアは夫のロイと娘のキラウェルを連れて、一族の慰霊碑が建てられた墓へ向かった。
この慰霊碑がある場所は、長であるレイウェアにしかわからない。
「母さん…おじいちゃんのお墓はまだなの?」
しびれを切らしたキラウェルが、レイウェアに問う。
「もう少しよ…頑張って」
そんな娘を、レイウェアは励ます。
「わ…わかった」
キラウェルは頷いた。
しばらくすると、慰霊碑が見えてきた。
何かが刻まれているようにも見える。
「大きい…」
慰霊碑を見たキラウェルが呟く。
「話には聞いていたが、ここまでとは思わなかった」
ロイもまた、驚いているようだ。
「歴代の首長が…ここに眠っているのよ。慰霊碑には、その人たちの名前が刻まれているわ」
レイウェアは、慰霊碑の文字を撫でる。
そこには…“ヴァン・J・シャンクス”の文字が。
「キラウェル…ここを見て」
レイウェアは、キラウェルを促す。
キラウェルは慰霊碑に近付いていく。
「ヴァン・J・シャンクス…この人が、私のおじいちゃん?」
「そうよ」
キラウェルの問いに、レイウェアは頷いた。
「へぇ~会ってみたかったな…」
レイウェアがそうしたように、キラウェルも祖父の名前を撫でる。
「俺も…」
ロイも、義父の名前を撫でる。
「さてキラウェル、本題に入るわ」
レイウェアが口調を変えた。
「えっ…母さん?」
レイウェアの口調が変わったので、キラウェルは動揺している。
「貴女をここに連れてきたのには、ちゃんと理由があるのよ」
レイウェアは、真剣な表情で言った。
「理由…?」
「そうよ」
不思議そうな表情をするキラウェルをよそに、レイウェアは話を続ける。
「この慰霊碑に刻まれた人たちはみな…ある一族によって殺されたのも同然なの」
「こ…殺された!?」
驚くキラウェル。
突然この話をされたのだ、無理もない。
「殺されたって…どういうこと!?」
興奮状態のキラウェルを、ロイが落ち着かせる。
キラウェルが落ち着いたのを見て、レイウェアは続ける。
「私の父上もそうだった…自分の死を覚悟して私を逃がした」
レイウェアは続ける。
「私は…泣きながら逃げた。走って走って走りまくった」
レイウェアは話していて目頭が熱くなったのか、空を見上げる。
澄みきった青い空が広がる。
「母さん…大丈夫?」
キラウェルは心配し、レイウェアに近づく。
「大丈夫よ」
レイウェアはそう言って、キラウェルを制した。
しばらくしてレイウェアは落ち着いたのか、話を続けた。
「色んな所を見てきたわ…色んな人にも会って、別れた」
真剣な表情で話すレイウェアに、キラウェルも真剣な表情になる。
「そして…ロイ、貴方と出逢ってキラウェルが生まれた」
「レイウェア…」
ロイが呟く。
「私は今、すごく幸せなの。ロイやキラウェル、民の人たちがいるから」
そう言うレイウェアの目には、再び涙が…
「本当に…ありがとう」
レイウェアはそう言うと、頭を下げた。
「母さん…」
キラウェルは少し困惑していたが、すぐに真剣な表情になった。
「母さん教えて…その一族の、私たちの敵の名前を教えて…」
「どうして?」
涙を拭い、顔を上げたレイウェアが、不思議そうに問う。
「…知りたいから」
今までにない娘の真剣な表情に、レイウェアは少し驚く。
あんなに嫌がっていた一族について、興味を示したからだ。
物凄い進歩で…喜ぶべきなのだろうが、レイウェアはすぐにはできなかった。
「ブラウン家よ」
そう言うレイウェアの右手が、プルプルと震えている。
「母さん…やっぱりいいよ!もうこれ以上はいいから!!」
母の様子を見兼ねたキラウェルが、堪らず声を上げた。
「無理して話すことはないよ…だから、もう話さないで」
「わかったわ…」
キラウェルの言葉に、レイウェアは頷いた。
場所は変わり、シャンクス一族の本家である。
墓参りを済ませたレイウェア達が、屋敷に戻ってきていた。
キラウェルの姿がないが、それは勉学の間へ一目散に駆けていったからである。
「キラウェルのあの変わりよう…やっぱり連れてきて正解だったな」
カレンダーに×印をつけていたロイが、レイウェアに話しかける。
「そうね…」
レイウェアはそう言うと、自分の背中に触れる。
そして、勉学の間の扉を見つめた。
「あとは、キラウェル自身の成長だけね…」
そう言うレイウェアの表情は、穏やかだった。
~勉学の間~
その頃勉学の間では、バクとリアによる、キラウェルの勉強が始まっていた。
キラウェルの変わりように、最初は二人とも驚いていたが、キラウェルの為と、すぐに始めた。
「キラウェル様は、どこまで話を聞いたのですか?」
学問書を開きつつ、キラウェルに問うバク。
「私たちの敵が、ブラウン家だってところまでです」
正直に話すキラウェル。
「でしたら…そこから先の話がしやすいです」
微笑んで言ったバクだが、すぐに真剣な表情へと変わった。
「まずは、ブラウン家と我が一族の因縁からお話ししましょう」
バクはそう言うと、古文書のあるページを開いてキラウェルに見せた。
そのページには、炎に包まれた鳥と、何かを召喚しようとしている男が描かれた絵と、その説明が古代文字で記されている。
古代文字を教わっていたキラウェルは、説明書きを読む。
「その男…召喚の力を授かりし者である。己の力は絶対と信じ、召喚を続けた…。炎の鳥は……あれ?」
途中で、キラウェルは読むのを止めてしまう。
どうやら難解だったようだ。
「キラウェル様?」
リアが不思議そうに、キラウェルに問う。
「ごめんなさい…先が難しくて読めません…」
二人に謝るキラウェル。
「謝ることはありません。続きは私が読みましょう」
リアはそう言うと、古文書を手に持ち読み始めた。
「炎の鳥は、不死を司りしものである。青い炎は全てを燃やすと同時に…己を癒す力を持つ。男は、炎の鳥を我がものにしようと襲ったが、返り討ちにあった。炎の鳥は飛び去り、男は炎の鳥を追いかけた…」
リアはそう言うと、古文書を閉じた。
「これの…どこに因縁が?」
キラウェルは、よく理解できていないようだ。
リアが口を開く。
「この召喚とは、希少系の一つである召喚の魔法をさします。この魔法を代々受け継いでいるのが、ブラウン家なのです」
リアが話した続きを、バクが引き継ぐ。
「炎の鳥は、レイウェア様が持つ超希少をさし、灯の血筋を引いている者でなければ、扱いは難しいとされています」
二人の話から、キラウェルはようやく理解できたようだ。
「では何よ…ブラウン家は母さんから魔法を奪おうとしているの!?不死の力を手に入れるために!?」
キラウェルは、興奮気味に話す。
バクが彼女を落ち着かせたあと、リアが口を開く。
「正しくは…魔法の力を狙っているのです。レイウェア様が持つ魔法には、一撃で相手をねじ伏せる技があると聞いております」
「何よそれ…!!自分の欲望のために…おじいちゃんたちは殺されたというの!?理不尽じゃない!!」
あまりにも酷い真実に、キラウェルは唇を噛み締める。
人間って者は、どれだけ醜い生き物なのだろうと…実感するかのように。
「確かにそうです…。歴代の首長様方も、ブラウン家に襲われて、泣く泣く親い者に継承させたと…聞いております」
バクはそう言うと、リアから古文書を受け取る。
そして…今度は違うページを開いた。
先ほどバクが言っていた、魔法の継承について書かれているようだ。
「これが、我が一族の…魔法の継承の仕方です」
バクにそう言われ、キラウェルはまじまじと絵を見つめる。
二人の人間が、それぞれ右手で手を繋いでいる。
次のページには、逆の場合なのか左手で手を繋いでいる。
「バクさん…何故、右手の場合と左手の場合があるのですか?」
キラウェルはバクに問う。
「……………!」
何故かバクは…辛そうな表情になった。
「バクさん…?」
キラウェルが、バクの顔を覗きこむ。
「いえ…何でもありません」
バクはそう言うが、キラウェルは先ほどの彼の表情が気になって仕方がない。
「では何故…辛そうな表情へと変わったんですか?」
キラウェルはバクに詰め寄るが、彼は口を開かない。
むしろ、話そうともしない。
「教えてください!!」
遂に、キラウェルは声を上げた。
「キラウェル様!!」
そんな彼女を止めたのは、リアだった。
「お止めください…」
「…………」
リアの制止に、キラウェルは大人しくなる。
「申し訳ございません…」
ようやく、バクが口を開いた。
「バクさん…私の方こそ、ごめんなさい…。詰め寄ったりしてしまって」
キラウェルも、バクに素直に謝る。
「いいえ…ですが、魔法の継承の仕方はまだ教えるに値しません。それだけは…わかっていただきたい」
何故かキラウェルには、この時のバクが怖く見えたため、これ以上は何も言えなかった。
夜になり、夕食を済ませたキラウェルは、家を抜け出してまた見晴らしの丘へ来ていた。
「やっぱりここは落ち着くな~」
キラウェルはそう言うと、大きく背伸びする。
「そよ風が気持ちよいし…見晴らしが絶景だし…ここは本当にいい場所だな~」
キラウェルはそう言いながら、草の上に仰向けになる。
雲一つない夜の空に、無数の星が瞬いている。
「星空…綺麗だな~」
キラウェルがそう言った時だった。
どこかでカサッ…と、草が揺れる音がした。
「!?…誰か居るの!?」
キラウェルは直ぐ様飛び起きる。
しかし、辺りは無人で人の気配もない。
飛び回っていた鳥たちは、木々にとまって寝ているはずだ。
それなのにキラウェルは…誰か居ると確信していたが…
「気のせい………??」
キラウェルは、再び仰向けになる。
『……………』
不死鳥が大きな木の枝からキラウェルを見下ろしていることは、言うまでもないだろう。
何故なら、先ほどの音は不死鳥がたてたものだから。
『レイウェアの娘…俺の気配を………』
そして、この話し声も、キラウェルには“まだ”聞こえてはいないことだろう……。
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