最終話「悲劇~後編~」
屋敷に戻ったキラウェルは、以前レイウェアから教わっていた、ロイの書斎に来ていた。
ここに、隠し扉があると言うのだが…
「どこにあるんだろ…」
火の手が回ってきているため、時間との勝負だった。
焦ったキラウェルは、本棚をやみくもに触り始めた。
「あれ…?この本何か変だな…」
キラウェルが目に留まったのは、あからさまに怪しげな本。
沢山並んだ本の中で、少し長いようにも見える。
キラウェルはその本に触り、持ち上げてみた。
すると、本棚が左右に動いていく。
「すごい…家に、こんな仕掛けがあったなんて…」
地下に現れた階段を見て、キラウェルは生唾を飲み込む。
「よし…行こう!」
キラウェルは、階段を一段ずつ下りていった。
所々に灯された松明のお陰で、キラウェルは階段を踏み外すこともなく下りることができた。
「凄い…これ、一体誰が作ったんだろう?」
辺りを見渡したキラウェルは、地下の作りに驚く。
「ここに…継承の間がある…」
キラウェルはそう言うと、先に進んでいく。
先に進むにつれて、土の壁から石の壁へと変わっていく。
この石の壁には、古代文字が刻まれている。
「これ…私でも読めないなんて…」
どうやら、キラウェルが教わっていた文字よりも、壁に刻まれた古代文字は古いみたいだ。
「母さんなら…読めるかな?」
そう言って、キラウェルが前を向いたときだった。
不死鳥が、キラウェルをずっと見据えていたのだ。
何も言わずに、ただただ…キラウェルを待っていたかのように。
「不死鳥?母さんはどこ?」
キラウェルがそう言って近づくと、不死鳥は羽ばたいてどこかへ飛んでしまう。
「待って!!」
キラウェルは、不死鳥を追いかけた。
追い続けたキラウェルは、いつの間にか広い場所に辿り着いた。
「ここは…最深部なの…?」
辺りを見渡すキラウェル。
「ご苦労様…不死鳥」
聞き覚えのある声が聴こえてきた。
「母さん!!」
キラウェルは、そう言いながらレイウェアに抱き着いた。
「キラウェル……私の娘…愛しい娘…」
レイウェアは、泣きながらキラウェルの頭を撫でる。
「母さん逃げよう!!ここにいたって、何も変わらないよ!!」
キラウェルはそう言うと、レイウェアの腕を掴む。
しかしレイウェアは動こうとしない。
「母さん…?」
不思議そうにするキラウェルをよそに、レイウェアは口を開く。
「キラウェル…こちらへ」
レイウェアが促したのは、中央の台座だった。
物言わぬレイウェアの表情に、キラウェルは頷くしかなかった。
台座へ足を踏み入れたキラウェルは、中央の窪みに“不死鳥”が刻まれていることに気づく。
向かい合うように立ったレイウェアとキラウェル。
レイウェアは、辺りを見渡しながら口を開く。
「キラウェル…ここが継承の間と呼ばれている理由…知ってる?」
「いえ…」
キラウェルは、頭を振った。
「ここは代々…シャンクス一族の首長が、次なる人物に、“フェニックスの魔法”を受け継いできた場所なの」
「でも母さん…場所を移動してきたのに、どうやって作ったの?」
キラウェルがそう尋ねると、レイウェアは少し笑う。
「ロイやリア…バクや民たちに会うずっと前から…私が魔法の力で作り上げたものよ」
レイウェアのこの言葉を聞いたキラウェルは、再び継承の間を見渡し始めた。
「キラウェル…本題に入ります」
レイウェアの口調が変わったため、キラウェルも姿勢を正す。
「貴女に…魔法を継承してほしいのです」
「なっ!?」
レイウェアの言葉に、キラウェルは驚きを隠せない。
「そんなことをしたら…母さんが!!」
「時間がないのです!!」
あらんかぎりの声で叫ぶレイウェアに、キラウェルは押し黙る。
「私には…時間がない…魔法を守れる力もない…一族すら守れない!!」
そう言ったレイウェアの目には涙が。
「でも…キラウェルなら、魔法を守れる」
涙を拭うこともせずに、レイウェアはキラウェルを見据える。
「お願い…キラウェル!魔法を受け継いで逃げて!!」
泣きながら叫ぶレイウェア。
「母さん…」
キラウェルはそう言うと、俯いてしまった。
今になって、一族のみんなとの思い出が…走馬灯のように蘇った。
キラウェルは、涙を流しながら前を向いた。
「わかった母さん…私はどうすればいいの?」
キラウェルがそう言うと、レイウェアは右手を差し出した。
「キラウェル…右手同士で握って」
レイウェアに言われるまま、キラウェルは右手でレイウェアの右手を握った。
すると、キラウェルの体が赤色に輝き、しばらくしたら光はやんでしまった。
「母さん…これは何…?」
戸惑うキラウェル。
「キラウェル…貴女には、辛い思いをさせると思うの…その時には、私を恨んでも構わないわ」
レイウェアはそう言うと、握っていた右手を離した。
「この“フェニックスの魔法”は…ファルドのような人が使ってはいけない魔法だということを、忘れないでほしい」
「わ…わかった」
レイウェアの言葉に、キラウェルは頷いた。
魔法の継承を済ませたレイウェアは、近くにあった石板にキラウェルを連れていった。
石板にはやはり、古代文字と不死鳥が刻まれている。
この先は外に繋がっているのか、すきま風が吹いている。
「この隠し通路から…外へ逃げられるわ」
レイウェアにそう言われ、キラウェルは思わず振り返った。
「ファルドがここを見つけてしまう前に…早く逃げて!!」
レイウェアはそう言うと、キラウェルの背中を押す。
「む…無理だよ!!母さんを見捨てるわけにはいかない!!」
嫌だと言わんばかりに、キラウェルは頭を振る。
「私なら大丈夫…平気よ。だから…早く!!」
またキラウェルの背中を押すレイウェア。
しかし、キラウェルはどんなに背中を押されようとも、必死に抵抗していた。
母親を置いて一人で逃げるなど…キラウェルには出来なかったからだ。
「行きなさい!!」
涙を流しながら、レイウェアが叫ぶ。
レイウェアの剣幕に、キラウェルは肩を跳ねあがらせた。
その拍子に、キラウェルは両手を石板に置いた。
すると、重々しい音と共に石板が右に動いた。
中はトンネルのようになっていて、ずっと先まで続いている。
「行って………早く行きなさい!!」
再び、レイウェアは叫ぶ。
「わかった……母さん…無事でいてね!!」
キラウェルはそう言うと、トンネルの中へと姿を消した。
「貴女もね……キラウェル…」
レイウェアがそう言うと同時に、隠し通路の扉が閉じた。
「これで…よかったのですか?」
物影に隠れていたバクが、レイウェアに声をかけた。
「いいのよ……これで…」
レイウェアはそう言うと、気配を感じ取ってその方角を見る。
「隠し部屋とは……やってくれるな、レイウェアよ」
ファルドだった。
「私は逃げないし…抵抗もしない。だから…連れていって」
レイウェアのこの言葉を聴いたファルドは、笑みを浮かべる。
「やっと捕まる気になったか……おい!連れていけ!!」
ファルドが数人の部下に指示すると、レイウェアを捕らえてどこかへと連れていく。
その場にいたバクでさえも、レイウェアと共に連れていかれた。
「これで…“フェニックスの魔法”は俺のものだ!!」
ファルドは、天井を見上げながら叫んだ。
そして、ファルドの高笑いが、継承の間に響き渡った。
トンネルを走り続けていたキラウェルは、陽射しが差し込んでいる場所を見つけていた。
どうやら、出口に近づいているようだ。
「出口だ!!」
キラウェルはそう言うと、一目散に駆け出した。
外へ出ると、一気に陽射しが差し込んでくる。
陽射しに目が慣れてきたのか、風景がわかるようになってきた。
「ここに…繋がっていたんだ」
キラウェルは、辺りを見渡しながら言った。
キラウェルが外へ出たとき、出口の穴は石板によって塞がれた。
もう…戻れないということだ。
「裏門に繋がっていたなんて…知らなかった…」
キラウェルは、シャンクス一族の住居区がある方向を見つめる。
「もう…見えないだろうな…」
そう言って、キラウェルは肩をおとした。
「キラウェルさんー!」
「カンナさん!?」
カンナがいることに、驚くキラウェル。
「カンナさんが…なぜここに!?」
「前もって、レイウェアさんが私に教えてくれていたんです…早くこっちへ!!ファラゼロ様がお待ちです!!」
カンナに促され、キラウェルが駆け出したときだった。
住居区がある方角で、物凄い爆音が響いたのだ。
その場所にはたちまち黒煙が立ち上ぼり、辺りは火に包まれる。
「あ……ああ……」
言葉にならない声をあげるキラウェル。
「所構わず…爆撃しているんだわ…」
黒煙を見ながら、カンナが言った。
カンナの言葉を聴いたキラウェルは、言葉にならない叫び声をあげて泣いた。
その場に座り込んで泣き続けてしまい、離れようとしない。
「そのままにしてやれ」
その時聴こえてきた、青年の声。
「ファラゼロ様!!」
カンナは、安心した表情になった。
ファラゼロの隣には、ガクもいた。
三人は、キラウェルが落ち着くまで、そのまま泣かせていた。
しばらくして、キラウェルはようやく落ち着いた。
まだすすり泣きをしているが、先程に比べたらましなほうだ。
「キラウェルさん…早速本題に入りますが、フォルフ地方を目指してください」
地図をひろげながら、ファラゼロが言った。
「フォルフ…地方?」
不思議そうにするキラウェル。
「そうです…。ここの最北東部には、“シンラ”という里があり、そこなら貴女を助けてくれるはずです」
「シンラ…」
キラウェルは、ファラゼロが指をさす場所を見つめる。
確かに、シンラと書かれていた。
この場所の周りは、森だらけだ。
「この場所へは…カンナが同行する」
今度はガクだ。
「カンナさん…場所知ってるんですか?」
キラウェルは、カンナに尋ねた。
「土地勘あるし…任せて!!」
カンナはそう言うと、ウィンクしてみせる。
その言葉を聴いたキラウェルは、安心した表情になった。
「善は急げだ…早速向かってくれ」
ファラゼロはそう言うと、地図をしまった。
「ファラゼロさんとガクさんは…一緒じゃないんですか?」
キラウェルは、少し不安そうである。
「俺とガクは、ブラウン家へ戻るよ…カンナのことは上手く誤魔化しておくから、二人で行ってくれ」
ファラゼロのこの言葉に、キラウェルは頷くことしか出来ない。
「ファラゼロ様…そろそろ行きましょう」
ガクがファラゼロを促す。
「君が無事でいることを祈っているよ!!」
ファラゼロはそう言うと、ガクと共に馬に跨がって颯爽と行ってしまった。
「キラウェルさん…これを」
カンナは、キラウェルに白いローブを渡した。
「顔を見られては…まずいですから」
「ありがとうございます…」
キラウェルはカンナからローブを受けとると、早速羽織った。
フードを深く被り、顔を隠す。
「私たちも行きましょう」
「はい」
キラウェルはカンナと共に旅立った。
彼女の長い長い旅が…ここから始まったのである。