第六章‐2
アッシュは大きな『魔神の掌』を維持しながら、先頭を歩いている。大きな、と言っても、たかだか直径五メートルにも満たない程度のものだ。先日のテロ事件の際、血反吐を吐くような思いで構築した直径一千メートルのものに比べれば、維持コストなどないに等しい。この程度の魔力リソース占有率ならば、鼻歌交じりで多重処理が出来る。
左の通路の曲がり角に、海賊がいるのが目に入った。
「カテジナ、左だ」
「は、はい、先生。……『バインド』」
カテジナ=ペトラ=ビェルカ兵長がアッシュの指示に従って、座標指定型拘束魔法を起動する。海賊が三本のクリーム色の光輪に拘束された。慣れてきたのか、カテジナが敵を視認してから拘束魔法を起動するまでの時間は、だんだんと短くなってきているようだ。
(この調子で、自信を持ってくれるといいんだけどな)
彼女の場合、一番の問題はその自信のなさだろう。そんな思いが自然と湧き出てきて、これでは本当に先生みたいだな、と心の中で苦笑する。
そんなことを考えている内に、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉とジゼル=アンリエット=シャンティエ少尉が、拘束されている海賊を防御魔法陣の内側に引き込み、それぞれの魔装剣と魔装薙刀でスタンダメージの止めを与えていた。
「……これは、確かに楽ですね」
「すごいでしょ? わたしのダーリン」
呆れたようなニュアンスを漂わせてエリカが感想を呟くと、ジゼルが自慢げに応じる。
「だから、ダーリンは止めてくれ。頼むから」
「わかったわよ、アッシュ」
アッシュの抗議に、ジゼルが不承不承頷く。が、すぐに笑顔になって言ってきた。
「じゃあ、代わりに、あたしのことは、アンリエットって呼んでくれる?」
「それは、交換条件として成り立ってるのか……? いや、ジゼルでいいだろ? 家族しか呼ばない愛称なんて、そんなの使ったら親御さんに申し訳ない」
アッシュは、よくわからない理屈でジゼルを丸め込もうとする。ジゼルは少し思案して、一人納得したように頷いた。
「じゃあ、今のところは、ジゼルでいいわ。正式に婚約したら、アンリエットって呼んでね」
「いや、待て、婚約なんて――、っと、カテジナ、今度は右のバリケードの陰に二人。後ろのやつを頼む。手前は俺がやる」
「は、はい、先生。……『バインド』」
「『藤花の宴』!」
多重処理で、アッシュが拘束魔法を起動する。その右手から影色の蔓が伸び、手前の海賊に巻き付いて縛り上げた。一拍遅れて、クリーム色の光輪がもう一人の海賊を拘束する。
「『ファイア・ブリット』、シュート」
「『ヴィヴィッド・バウンサー』、ファイア」
今度は、マーク=ラピッドファイア准尉が赤い光弾を、クラリッサ=ファインマン曹長が緑色の大きな光弾を発射し、二人の海賊を気絶させた。クラリッサの使ったのは射撃魔法ではなく砲撃魔法の亜種らしく、純粋な砲撃よりは威力が劣るが、射撃魔法の魔力弾などよりは遥かに威力のある、バスケットボール大の魔力砲弾を撃ち出すものだ。こうメンバーが多彩だと、いろいろな魔法が見られて面白いな、などとアッシュは思う。
「なにもしなくていいから、楽ちんだねぇ」
後方で、アリーセ=フィアリス軍曹がお気楽そうに言っているのが聞こえた。グェン=ヴァン・クォン軍曹がそれに突っ込む。
「いや、おまえは仕事しろよ」
「クォンはしないのぉ?」
「ぐ……」
突っ込み返してくるアリーセに、クォンが言葉を詰まらせた。サーニャ=ストラビニスカヤ伍長が淡々と解説する。
「妨害魔法の影響下にある当船内では観測魔法が働かない為、現在、グェン軍曹やわたしに出来ることはありません」
「それって、役立たずってことぉ?」
無邪気な口調で辛辣な台詞を口にするアリーセ。クォンが頭を掻きむしった。
「くそー、覚えてろー!」
アッシュは、そんな会話を聞くともなしに聞きながら、隙あらば彼の腕に絡み付いてこようとするジゼルを牽制していた。
(それにしても、ホントにこのツンデレをデレさせることになるとは……)
人生わからないものだ、などと爺臭い感慨に耽る。
そんなことを考えていたアッシュは、ふと思い出して、ジゼルに尋ねてみた。
「そういや、さっきの海賊捕獲勝負はジゼルの勝ちだったわけだけどさ、これで通算何勝何敗になったんだ?」
「んーと、あたしの百九十六勝二百十二敗四十五引き分け、だったっけ?」
ジゼルが小首を傾げて、エリカに確認する。
「いえ。私の二百十三勝百九十五敗四十五引き分けです。誤魔化さないように」
エリカが釘を刺した。ジゼルが頬を膨らませる。
「誤魔化してないもん。ちょっと間違っただけじゃない! エリカの意地悪!」
「こういうことには、お互い、公正さが必要です」
澄ました顔でエリカが言った。案外、親しい相手には手厳しい。
アッシュはその勝敗数を聞いて、率直な感想を述べた。
「なんだ。結構、エリカが勝ち越してるんじゃないか」
ジゼルがまた頬を膨らませる。
「違うもん。これから逆転するんだもん」
そのジゼルの言い訳に、アッシュは苦笑した。学校を卒業した今となっては、今後、勝負をする機会は減る一方だろう。
「――っと、その突き当たりが船橋の扉か? 海賊共が左右に二人ずつ、と」
その扉の前は左右へと向かう通路になっていて、その左右の通路の陰から、各二人ずつの海賊が銃撃してきていた。アッシュは少し悩んだが、結局、カテジナに提案してみる。
「ちょっと早いかもしれないけど、複数対象の指定、やってみるか?」
「は、はい、先生。が、頑張ります」
カテジナは小さな拳を、きゅっと握り締めて、気合を入れているようだ。自然と胸に湧き上がってきた、か、可愛い、などという思いを頭を振って追い出し、アッシュは説明をする。
「じゃあ、右の二人を頼む。それぞれの座標指定の仕方は、一人のときと変わらない。違うのは、魔法起動時の座標指定を、並列思考の要領で複数同時に行うことだな。わかるか?」
「は、はい。並列思考は、あまりやったこと、ないですけど、や、やってみます」
カテジナが答えるのに頷いて、アッシュは左側の二人の海賊を見た。
「じゃあ、お手本といくか。『茨の冠』、二連!」
カテジナに座標指定型の複数対象指定を見せる為、敢えて範囲指定型を使わずに座標指定型の拘束魔法を多重処理で起動する。二人の海賊の周囲に、それぞれ三本ずつの影色の光輪が出現し、同時に締まって彼らを拘束した。
「っと、こんな感じだ」
「せ、先生、格好いい、です」
カテジナが感嘆の眼差しで見つめてくる。アッシュは照れ隠しに、黒白の頭を掻いた。
「いや、そんな感想はいいから。じゃ、やってみろ」
「は、はい。並列思考……、並列思考……」
カテジナは口の中で繰り返しながら集中し、魔装具を着けた右手を海賊たちに向ける。
「『バインド』、二つ!」
……しかし、なにも起こらない。
「せ、先生……」
泣き出しそうな顔でカテジナが振り返る。
「いや、泣かなくていいから。やっぱりいきなりは無理があったな。練習が必要だ」
アッシュは、ポンッとカテジナの頭に手を乗せた。カテジナが、涙目でコクリと頷く。
「ちょっと! 師弟愛育むのは後にしてちょうだい!」
銃撃が通らないことに業を煮やした二人の海賊が、銃を曲刀に持ち替えて、防御魔法陣の隙間から内側へと侵入してきたのだ。クラリッサが慌てて、振り下ろされる曲刀を避けて飛び退る。彼女と入れ替わりに、魔装剣を構えたエリカと、魔装薙刀を振り回すジゼルが前に出た。
「任せて下さい!」
「ちょうど退屈してたところよ!」
張り切って飛び出した二人だったが、残念なことに、海賊たちの剣の腕はたいしたことがなかったようで、ドレス姿の二人でも、わずか数合の打ち合いで切り伏せられてしまう。暴れ足りないのか、昏倒した海賊の腹の上に魔装薙刀の柄頭を突き立てて、ジゼルが言った。
「なによ。つまんない相手ね」
エリカはそれには答えず、苦笑気味の表情を浮かべて納刀する。ジゼルが一転して甘えたような顔になって、アッシュに擦り寄ってきた。
「ねぇ、ダーリン。ちゃんと、あたしの活躍見てた?」
「ああ、はいはい。見てたよ。見てたから、ダーリンは止めろ」
アッシュは身体を引きながら、適当に返事をする。
「じゃあ、ご褒美に、あたしも頭ポンッてやって」
カテジナに対抗意識を燃やしているようだ。面倒なので、言われた通りにやってやる。
「ついでに撫で撫でして」
面倒なので、言われた通りにやってやった。髪の毛の手触りがよくて、意外と気持ちいい。
不意に、後ろから、マークの苦笑いしたような声が掛かった。
「アッシュ、小隊長、そういうことは人目のないところでやってもらえますか」
「うぁ!」
アッシュは、彼女に言われるがままに、とんでもなく恥ずかしい真似をしていたことに気付き、慌てて飛び退く。振り返ると、クラリッサやクォンが、にやにやとこちらを見ていた。アリーセも、にぱぁっと笑っている。カテジナは顔を赤くして、大きく目を見開いていた。エリカの視線は冷たい。唯一、サーニャだけがいつもの無表情だ。
「あー……、おぉ! これが、船橋の扉だな! さっさと中の海賊共を取っ捕まえて、仕事を終わらせようぜ!」
アッシュは誤魔化すように、無理やりテンションを上げたような口調で言わずもがなのことを言って、扉の前に立った。しかし、普通ならば自動で開くはずの扉は、動く気配もない。
「……あれ?」
「中からロックされているようですね」
マークが言ってきた。考えてみれば、当たり前だろう。
「あぁ、それはそうか……。どうする? アリーセの砲撃でぶち抜くか?」
アッシュは提案するが、エリカが首を振った。
「それでは、船橋内の航行に必要な機器にも損害を与えてしまうでしょう。止めておいたほうがいいと思います」
「ここで、あたしの出番ってわけよ。あたしの拡散砲撃なら扉だけ破壊することも可能だわ」
クラリッサが得意げに言う。すると、後ろから、マークが遠慮がちに声を掛けてきた。
「――普通に、ロックを解錠すればいいだけじゃないんですか?」
またも当然の指摘に、アッシュはばつが悪そうに呟く。
「……言われてみれば、確かにその通りだな。――じゃ、サーニャ、解錠頼む」
先日来の経験から、こういうことはサーニャの担当だろうと、そう呼び掛けたのだが、彼女は無表情に首を振った。
「わたしより、グェン軍曹のほうが適任だと推定されます」
「そうなのか? じゃ、クォン」
「おう。ようやく俺の出番が回ってきたぜー。どいてな、色男」
アッシュの呼び掛けに、クォンが扉の前に立つ。そして、右手と左手の前に、それぞれ魔装機の操作端末を開いた。両手がそれぞれ独立して動き出し、両方のキーボードを叩き始める。
(うわ! なんだ、こいつ。とんでもねぇな……)
さすがのアッシュにも、こんな真似は不可能だ。
「さーて、豪華客船ちゃんのセキュリティってのは、どんなもんかなー」
楽しそうに言いながら、クォンは左右のモニターに交互に目を走らせる。そして、ものの五分程度で両手を止めた。
「掌握した。もう、実行キー一つで扉が開くぜ」
「もうかよ!?」
アッシュは驚きの声を上げる。クォンはにやりと笑った。
「言ったろ、専門はセキュリティ関係だって。やっと今日いいとこ見せられたぜー」
「はー、たいしたもんだな……」
アッシュは感嘆の溜め息を漏らすしかない。世界は広いな、などと思った。というか、そもそも彼らは異星の人々だが。
「で、開けていいのか?」
クォンが聞いてくる。アッシュは、小隊長であるエリカとジゼルを見た。二人が頷く。アッシュは維持している『魔神の掌』を、扉から入るサイズにまで縮め、前面に構えた。扉の正面に立つアッシュを護衛するかのように、右に魔装剣を構えたエリカが、左に魔装薙刀を構えたジゼルが寄り添う。
「よし。準備OKだ。開けてくれ」
「はいよー」
クォンの軽い返事と共に、扉が開いた。アッシュは展開している防御魔法陣を前に押し立てて、船橋内に踏み込む。エリカとジゼルが、それぞれ魔装武器を掲げ、身分証の立体映像を表示して、同時に宣言した。
「陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊です。貴方がたを捕縛します!」




