第六章‐1
陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊の大隊副官、セラフィーナ=カルティアイネン中尉は、上官である大隊長、ハンナ=シュタウフェンベルク大尉に声を掛ける。
「ハンナ隊長、よろしいですか?」
「なんだ、セラ?」
ハンナが振り向いた。セラフィーナはその眼を見ながら、意見具申する。この雷の化身のような大隊長に面と向かって意見を言えるのは、この大隊内でも彼女しかいない。
「シャンティエ少尉とブラウスパーダ少尉のことです。彼女たちの隊だけに船橋の制圧を任せるのは、少々荷が重いのではないかと」
「む。そろそろ、やつらにも経験を積ませてもいい頃合だと思ったのでな。勿論、無傷とはいかんだろうが、心配せんでも、それほど酷い損害は出させんよ。その為の後詰に、自分とおまえ、それに古強者のヴラジミーロフ少尉の第一小隊が控えている」
さすがに大隊の指揮官だけあって、その場の思い付きだけであんな命令をしたわけではないようだ。そのことに少し安堵しながら、セラフィーナは言葉を継いだ。
「ですが、なんの作戦も与えないというのは、少々厳し過ぎるのでは?」
「おまえは過保護だな。やつらとて、死にたくなければ己の頭で考えるだろう。先ほどから、ああしているようにな」
ハンナはそう言って、第七、第八小隊の輪に視線を戻す。そこでは、二つの小隊の隊員たちが、何事かを話し合っているようだった。突入に備えて作戦を立てているのだろう。ハンナは再び、視線をセラフィーナに向け直した。
「一つ一つ、経験の積み重ねだ。最初から完璧に上手くやれるなどとは期待してはおらん」
ハンナの言葉にセラフィーナは頷く。
「ハンナ隊長のお考えはわかりました。差し出口を利いて申し訳ありません」
「いや、構わん。この隊でそんなことを言ってくれるのは、おまえくらいのものだ」
そう言って、ハンナは面白くもなさそうな笑みを浮かべた。『鉄雷』の二つ名で呼ばれ、部下たちから過剰とも言えるほど恐れられていることに、思うところでもあるのだろうか。
そのとき、第七、第八小隊の話し合いの声が漏れ聞こえてきた。
「――いや、だからさ、結婚ってのは、そんな簡単なもんじゃねぇだろ?」
「だって運命なんだもん。万物創生のときから神によって定められていた理なんだもん」
「……ずいぶんスケールのデカイ話だな、おい」
――なんの話をしているのだろう?
セラフィーナは少し不安になる。
「そんなことより、そろそろ動いたほうがいいのではないでしょうか。先ほどから、シュタウフェンベルク大尉とカルティアイネン中尉が、こちらを気にしているようです」
「ちょ、待っ、そんなことってなんだよ、エリカ!? こっちは人生の一大事なんだぜ!?」
「はいはい、アッシュ。その一大事とやらについては、後ほどジゼルと二人で心ゆくまでお話して頂けますか」
「そうね。二人っきりでお話しましょ。うちの両親にいつ会うかとか、式の日取りとか」
「……さっきから思ってたんだが、エリカ、なんか怒ってないか?」
「いえ、別に」
セラフィーナは、そっとハンナのほうを窺ってみた。第一小隊の小隊長、古参のドミトリー=ザハーロヴィチ=ヴラジミーロフ少尉となにか打ち合わせをしている彼女には、この緊張感の欠片もない会話は聞こえていないようだ。
「とにかく、その話は後にして下さい。今は与えられた任務を遂行するのが先です」
「そうね。華々しい経歴の一つも作っておけば、式のときのスピーチのネタになるし」
「あぁ、もう、わかったよ! とりあえず、やることやっちまおう! ――じゃあ、ジゼル、さっきまでと同じ手で進むぞ。エリカたちは、ジゼルたちと同じようについてきてくれ」
「わかったわ、ダーリン」
「……だから、ダーリンは止めろ」
どうやら、ようやく動き出すらしい。セラフィーナは、ほっと息をつく。だが、すぐに驚きの声を上げた。
「ハンナ隊長! あれを!」
「――なに? む? あのばかはなにをしようとしている!?」
セラフィーナが指すほうを見たハンナも、同様の声を上げる。
第八小隊の現地協力員だという民間人の少年が、牽制の銃弾が飛来している曲がり角のほうへと、一人で歩き出してしまったのだ。常識的に考えれば、まずは遮蔽物の陰からの砲撃でバリケードとそこに潜む敵を排除し、然る後に、後方からの援護射撃を受けながら近接型が突入する、というのがセオリーだろう。しかし、その民間人の少年は、ひょいっと気軽に曲がり角の向こうに歩み出してしまった。常駐魔法の防御魔法陣を展開し続けて銃弾を防いでいるようだが、あんなやり方でいつまでも集中力が持つ訳がない。そう思ったとき、その少年が、青い手袋型の魔装具を着けた右手を前に突き出して、コマンドを唱えた。
「『魔神の掌』!」
彼の眼前に、影色の防御魔法陣が展開する。その大きさは、ちょうど通路の上下の高さと同じだ。その防御魔法陣の陰に、第七、第八小隊の面々がぞろぞろと入っていった。左右の壁との間に隙間はあるが、防御魔法陣は飛来する銃弾から彼らを守るには十分足りる。そうして、彼らはその防御魔法陣を文字通り盾にして、警戒心の感じられない足取りで進み始めた。
「やつら、維持した防御魔法で攻撃を防ぎながら進もうというのか? だが、あの大きさで、あれだけの弾幕を防ぐ防御魔法陣を維持し続ければ、その魔力消費もばかにはならんだろう」
ハンナが眉をしかめる。愚策に思えたのだ。
しかし、驚くべきことに、その少年はさらにコマンドを唱える。
「『鋼の顎』!」
彼らの右前方のバリケードの上下に、直径五メートルほどの影色の魔法陣が出現した。それは中心に向かってバクンッと閉じると、その中にいた三人の海賊を拘束してしまう。
「多重処理で、さらに範囲指定型の魔法を!?」
セラフィーナは驚愕した。ただでさえ、あれだけの規模と強度の防御魔法陣の維持に魔力リソースを取られているところへ、魔力消費が大きい範囲指定型の魔法を同時に使うなど、普通では考えられない。隣で同じものを見ていたドミトリーが、やや唖然とした口調で呟く。
「あの防御魔法、おそらく維持コストを極限まで削ぎ落とすようにソースを最適化してカスタマイズされているな。……いや、あそこまでのレベルだと自作のアルゴリズムか? あの範囲指定型拘束魔法も見たことがない型だし、自作した魔法の可能性が高い……」
後方でそんな感想が囁かれているとも知らずに、第七、第八小隊は進んでいく。途中のバリケードや分岐路の角などから銃撃してくる海賊たちは、防御魔法陣を維持している少年に指示されたセピア色のロングヘアの隊員か、その少年が自分で多重処理を行って、拘束魔法を掛けてしまう。それを残りのメンバーが、適当にスタンダメージを与えて気絶させてしまうのだ。その戦術は全く危なげがなく、彼らの歩みも滞ることがない。
「むぅ……。ここまでも、ああして進んできたのか。道理で早いはずだ」
ハンナのその声には、呆れたような色が混じっていることに、セラフィーナは気付いた。この豪胆な上官がそんな感情を見せるなど、滅多にあることではない。
そういえば、とセラフィーナは、先日、第八小隊から提出された報告書の内容を思い出す。現地協力員の魔法使いが一人で軌道上の戦艦を中破させた、という信じ難い記載ばかりが取り沙汰されているが、おそらく彼の本質はそちらではない。信じ難い記載は、もう一つあった。その魔法使いが戦艦の主魔力砲を止めてみせたという――。今、目の前で繰り広げられている光景は、規模こそ違えど、それと同質のものなのではないだろうか。
セラフィーナがそんな思索に耽っている内に、第七、第八小隊は通路の中ほどまで進んでいた。残存の海賊も十人程度だろう。船橋へ繋がる扉はもうすぐそこだ。




