第五章‐5
大隊長であるハンナが率いる第一小隊は、先ほどからここで足止めを食っている。船橋までもう一息というところまで辿り着いたのだが、海賊たちは是が非でもこの船ごと乗っ取る気でいるのか、船橋前の抵抗はこれまでになく激しいものだった。船橋へ向かう通路のあちこちにバリケードが設えられ、そこから激しい銃撃が浴びせ掛けられてくる。ハンナたちは、その通路から少し下がった曲がり角に退避して、様子を窺っていた。
「やつらめ。さっさと手を挙げて出てきて、一列に並んで牢に入っていけばいいものを」
ハンナが苛々と言う隣で、セラフィーナがおっとりと微笑んだ。
「まあまあ、ハンナ隊長。いろいろと間を飛ばし過ぎです」
「冗談だ」
面白くもなさそうにハンナが言い返す。通路の様子を観察していた、この大隊でも古株の第一小隊の小隊長、ドミトリー=ザハーロヴィチ=ヴラジミーロフ少尉が尋ねてきた。
「どう致しましょう、大隊長殿? お命じ下されば、自分の小隊で道を開きますが?」
「む。いや。貴様の隊は打撃力がそれほど高くなかろう。それでは、こちらの損害も大きくなりそうだ。もう暫く掛かるだろうが、後続を待って戦力を増強するのが得策か」
ハンナは考え込むように呟く。その呟きは銃声の最中、周囲にも聞こえるほどの大きさだ。
そのとき、彼女らの後ろから複数の足音が聞こえてきた。
「もうすぐゴールに――、っと、大隊長殿、大隊副官殿、先任少尉殿、お疲れ様であります」
集団の先頭を歩いていたジゼルが、立ち止まって敬礼する。後に続いていた第七小隊の面々もそれに倣った。アッシュも一応、見様見真似で敬礼してみる。
ハンナが振り返り、不審そうに眉をしかめた。
「む? シャンティエ少尉の第七か。ずいぶん早いな。取り零しなどしておらんだろうな?」
「イエス・マム」
ジゼルが畏まって即答する。その返事に、ハンナが鷹揚に頷いた。
「まぁ、よかろう。ちょうどいい。貴様の隊には、砲撃型がいたな?」
「イエス・マム。自分、クラリッサ=ファインマン曹長であります」
ハンナの問いに、クラリッサが一歩前に出て、直立不動で敬礼する。普段のふざけた様子からは考えられない姿だ。やはり、この大隊長はそれだけ恐れられているらしい。
「む。では、ファインマン曹長を借りるぞ。この先のバリケードを――」
「あぁー! いたよぉ、エリカぁ! アッシュ、いたぁ!」
ハンナの言葉が、突然の叫びに遮られた。
通路の向こうから、アリーセを先頭に、第八小隊の三人が駆けて来る。三人は、第七小隊の集団の中にいたアッシュに駆け寄った。アリーセが、頭の右上で括った赤毛を揺らして飛び付いてくる。
「アッシュぅ、迷子になっちゃうから心配したんだよぉ」
「探しました」
その碧眼に責めるような色を浮かべて、サーニャも言ってきた。
「あぁ、アッシュ。はぐれてしまって申し訳ありません。ご無事でなによりでした」
エリカが金色の瞳を安堵に細めて、胸を撫で下ろす。アッシュは素直に頭を下げた。
「いや、こっちこそ、また迷子になっちまって済まなかった。偶然、ジゼ――シャンティエ少尉殿の隊と会えたんで、同行させてもらってたんだ」
「――ルでいいってば」
なにか小さな呟き声が聞こえたような気がしたが、よく聞き取れない。
「今度は、ブラウスパーダ少尉の第八か。貴様たちも早いな」
ハンナの大声に、エリカが慌てて敬礼した。
「イエス・マム! 騒がしくしまして、失礼致しました!」
その後ろで、アリーセとサーニャも畏まって敬礼する。
「いや、構わん。察するに、そこの民間人がなにか不始末を仕出かしたのだろう?」
ハンナは寛大に言うが、その言葉にアッシュがカチンときた。
「不始末ってなんだよ? ちょっとはぐれただけじゃねぇか」
だが、ハンナは取り合わない。雷鳴のような大音声で怒鳴りつける。
「まともに集団行動も出来んひよっこが、一人前の口を叩くな! そのピヨピヨ言う間抜けな口を閉じておけ!」
「くっ……! この……!」
アッシュは歯軋りするが、エリカと、意外なことにジゼルが彼の前に立ち塞がった。
「アッシュ、落ち着いて下さい! 大隊長殿への失礼は、私も許しませんよ!?」
「申し訳ありません、大隊長殿! 自分からも、彼の非礼をお詫び致します!」
エリカがアッシュを留め、ジゼルがハンナに謝罪する。だが、ハンナはその大音声のわりには、特に怒っていたわけではないようだ。やはり声が大きいのは、ただのデフォルトらしい。
「気にしてはおらん。民間人の、尻に卵の殻を付けたままのひよっこに構っている暇もないしな。――ふむ。これで、我が隊の最大火力も手に入ったか。セラ、この戦力なら正面から強行突破が可能だと思うか? その際、こちらの損害はどの程度になる?」
「あらあら。そうですね――」
もうハンナは、アッシュのことなど気にせずに、セラフィーナと今後の作戦の打ち合わせに入ってしまった。
エリカはアッシュの腕を引いて、ハンナたちから少し距離を取る。第七、第八小隊の面々がそれを取り囲んだ。
「アッシュ。今のは貴方に非がありますよ。自重して下さい」
「……済まん」
そう冷静に諭されると、謝るしかない。
「もういいじゃない。それより、勝負の結果発表でもしましょ」
ジゼルがアッシュのエリカとは反対側の腕を取り、ぐいっと強引に引き剥がした。
(この百合娘、男がエリカとくっつくのも嫌なのか?)
アッシュはそんな風に思わざるを得ない。
一方、第七、第八小隊の面々は、勝負の結果発表のほうで盛り上がっているようだ。
「そうだったぁ、勝負勝負ぅ!」
「はっはっは。負ける気がしねーなー」
アリーセが小さな拳を突き上げ、クォンが高笑いを上げる。いつの間にやら、エリカとジゼルの勝負というより、第七小隊対第八小隊のイベントに成ってしまっていたらしい。良識派のマークも、このイベントを止めるつもりはないようだ。微笑を浮かべて、カテジナと一緒に少し離れて見守っていた。
「それでは、結果発表いってみましょう! 第八小隊から、どうぞ!」
クラリッサがクイズ番組の司会者のようなハイテンションで、サーニャのほうを指し示す。サーニャが魔装機の操作端末を開き、そのモニターに捕らえた海賊の証拠写真を並べた。
「わたしたちは、六名です」
その場の空気を読まず、いつも通り淡々と結果を報告するサーニャ。
「六名! 第八小隊は六名です!」
一方、クラリッサのテンションは鰻登りだ。
「次に第七小隊の結果です! どうぞ!」
「全く負ける気しねーぜー。俺たちは――、って、えぇ? 十七人!? いつの間にこんな捕まえてたんだ!?」
クォンが魔装機の操作端末のモニターに証拠写真を並べ、全員で確認したので間違いない。
「えぇーっ!? なにそれぇ!?」
その場の誰もが驚いていた。代表したように、アリーセが驚きの声を上げる。
「いやー、俺たちも、まさかここまでとは思わなかったぜ」
クォンが呆れたように言葉を継ぐ。トリプルスコア近い差だ。
「賊は、より手強い敵がいるほうへ、周囲から戦力を集中させたのだと推測されます」
サーニャが冷静な推論を述べる。エリカが呟いた。
「道理で、私たちのルートは賊の姿が妙に少ないと思いました……」
「あぁーっ! アッシュに手伝ってもらったんだぁ! アッシュ、敵を捕まえるの得意だもぅん! ずるぅい! アッシュはあたしたちの隊なのにぃ!」
アリーセが抗議する。彼女の言っていることは事実だったので、ばつが悪そうに、クォンとクラリッサが顔を見合わせた。
「妻が夫に手伝ってもらっただけだもん。夫婦が共同作業するなんて当然のことでしょ」
だが、ジゼルが突然、そんな発言を投下する。
「妻?」
「夫?」
「夫婦?」
誰も彼女が言っていることを理解出来ない。ジゼルが続ける。
「あぁ、ちょっと気が早かったかしら。でも、将来的にはそうなるんだから、同じことよね」
ジゼルは頬を染めて、アッシュの腕に腕を絡めて寄り添った。
「ね、ダーリン? 式の日取りはいつにする?」
「――はぁ!?」
なにが起こっているのか、さっぱりわからない。この状況は不可解過ぎた。
最初に事の全貌を把握したらしいクラリッサが、思いっきり吹き出す。
「ジゼル! あんた、最高! 発想が飛び過ぎ!」
「いつの間に、そのようなご関係になられていたのですか? 黙っているなんて、水臭いですね、アッシュ」
エリカが、彼女にしては、とても抑揚のない声で言った。アッシュは慌てて、腕に絡み付いたジゼルを引き剥がそうとする。
「知らん知らん! ジゼ――シャンティエ少尉殿が勝手に言い出しただけだって! 俺にもなにがなんだか――!」
「もう。ジゼルでいいって言ってるのに。――あ、うぅん。もう、むしろ、アンリエットって呼んで。家族は皆、そう呼ぶわ」
ジゼルがアッシュの顔を見上げて、うっとりと言った。
「家族って――」
「すぐに、そうなるでしょ?」
埒が明かない。アッシュは問い質そうとする。
「なんで、いきなり俺なんだよ!? さっきまでツンケンしてたじゃねぇか!」
「倒れたあたしの上に今にも悪の刃が振り下ろされるってところに、ダーリンが颯爽と飛び込んできてそれを受け止めてくれたでしょ。そのとき、感じたの。これが、運命なんだって」
夢見る乙女の瞳でジゼルが言った。アッシュはガリガリと黒白半々の頭を掻く。
「いや、そこまで格好いい登場じゃなかったと思うが……。あと、そのダーリンっての、止めてくれ。鳥肌立ちそうだ」
「照れ屋さんね」
なにを言っても、ジゼルには効果がない。
その頃、ようやく話の内容を理解したらしいアリーセが声を上げた。
「アッシュ、ジゼルと結婚するのぉ!?」
「わたしたちも、式には呼んでもらえるのでしょうか? 正装を用意しなくてはなりません」
サーニャまでもが、そんなことを言ってくる。アッシュの前に立ったカテジナが、空気を読まない――、否、読み過ぎた発言をした。
「せ、先生。ご、ご結婚されても、わ、わたしの先生で、いて下さい」
「……先生?」
エリカが抑揚のない声で聞き返してくる。アッシュは慌てて説明した。
「いや、成り行きで、彼女に拘束魔法のレクチャーをしたんだよ」
だが、エリカはその説明を聞いていないようだ。
「……そうですか。アッシュは、私たちがはぐれた貴方を探して歩き回っていた間に、こんな可愛い婚約者と、こんな可愛い教え子に囲まれて楽しくやっていたというわけですね」
エリカが、彼女にしては、とても抑揚のない声で言った。視線が、とても冷たい。
(うわぁ! だから、なんなんだ、このギャルゲーみたいなシチュエーションは!?)
アッシュは、この場で一番頼りになりそうな人物に助けを求める。
「マーク! なんとかしてくれ!」
しかし、マークは少し思案する様子を見せて、こう言った。
「いえ……。いい話かもしれません。以前から、小隊長にはもう少し落ち着きを持って欲しいと思っていたところです。婚約者が出来たとなれば、女性らしい淑やかさも芽生えてくるのではないでしょうか」
「おい、マーク!? ――なぁ、クォン、クラリッサ!」
アッシュは次々に助けを求めるが、そもそもこの二人が助けになるはずもない。
「めでたいねー。式には、俺も呼んでくれよなー」
「ジゼルを幸せにしてあげてね……。うぅ……」
クラリッサなどは、ハンカチを目元に当てて泣き真似までしている。
(……どうすればいいんだ、この状況?)
「やかましいっ!!」
突如、雷が落ちた。
仁王立ちしたハンナが、鞘に入ったままの軍刀型魔装剣を床に打ち付ける。それだけでも、ズドンッという砲声のような音が鳴った。一瞬で、その場が静まり返る。
「ぴーちくぱーちくとやかましいぞ! 貴様たち、ピクニックにでも来たつもりか!?」
「ノー・マム!」
一同が直立不動で声を揃えた。
「そんなにピクニックがしたければ、この先で銃弾を撒き散らしているお花畑で、残らず花を摘んでこい!」
「アイアイ・マム!」
「わかったら、とっとと動け!」
「イエス・マム!」
一同が動き出そうとしたところで、ハンナが再び声を掛ける。
「――いや、待て。貴様たち、さっき、勝負がどうとか騒いでいたな?」
ギロリと赤い眼で睨まれて、アリーセは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
「い、いえす、まぁむ」
「そんなに勝負がしたければさせてやる。第七と第八、競争でこの先の船橋を制圧してこい。先に船橋に入った小隊の勝ちだ」
面白くもなさそうに笑いながらハンナが言う。
「イエス・マム!」
上官の命令を拒否することなど許されない。一同は敬礼すると、突入の準備を始めようと動き出した。




