第五章‐4
そこからは、先ほどのような不意打ちに備えて、通路の高さと同じサイズの『魔神の掌』を維持したままで進むことにする。アッシュが己の全技術を投入して組み上げたこの防御魔法の維持コストは、驚くほどに低いのだ。
時折、イベントホール等で待ち構えていた海賊が襲撃してきたが、それは一度に一人から三人程度だったので、一人の拘束を訓練の為にカテジナに任せ、残りをアッシュが多重処理で拘束して、ジゼル、マーク、クラリッサが止めを刺すという戦法で対処する。アッシュの鉄壁の守りを誇る防御魔法陣で攻撃を防いでいる間に全ての敵を拘束してしまう、という戦術のおかげで、危険な場面は全くなかった。ほとんど作業感覚と言っていい。
「こんなに楽をして、いいんでしょうかね?」
マークが呟くように言う。クラリッサが伸びをしながら応じた。
「楽が出来るのはいいことじゃなーい? 楽してお給料貰いましょうよ」
「姉御に賛成ー」
「君たちは正直過ぎですよ」
クラリッサとクォンの言葉に、マークが苦笑いする。
そんな風にして進んで行くと、小さなバーラウンジで新たな襲撃があった。横合いのガラスの割れた窓から、十五、六発ほどの光弾が飛び出してくる。魔力光は黄色と紫色が混じっていた。どうやら、魔法使いが二人いるらしい。通路に飛び出した二色の光弾は、くくっと弧を描いて彼らのほうに進路を変える。
「誘導型か!?」
今展開している『魔神の掌』は、上下は床から天井まで隙間がないが、左右には人がくぐり抜けられる程度の隙間があった。その隙間から潜り込んでこようとする魔力弾を、アッシュは防御魔法陣を左右に振ることでかろうじて全て受け止める。
「ちぃっ! 厄介だな。誰か、敵の姿が視認出来るか?」
「いえ、こちらからは確認出来ませんね。巧妙に隠れているようです」
アッシュの問い掛けに、マークが代表して答えた。
「ここから拘束するのは無理か……」
苦々しげにアッシュが呟く。
「マーク、こっちも、あなたの誘導弾でなんとかならない?」
ジゼルが尋ねた。しかし、マークは首を振る。
「クォンからの座標指示がないと、見えない相手は照準出来ません」
「そっか。今、この船は妨害魔法されてるんだっけ。観測魔法は使えないのよね」
そう言って、ジゼルはクォンをジト目で見た。
「今日のあんた、まったくの役立たずね」
「済んませんねー」
クォンがふてくされたように言う。
そうして相談している間に、魔力弾の第二波が飛んできた。アッシュは、またも防御魔法陣を振って、それらを受け止めようとする。だが、今度は一発受け止め損ねた。防御魔法陣の隙間をすり抜けた光弾の一発が、クォンの腹に命中する。
「げほっ!」
衝撃でクォンが床に転がった。慌ててカテジナが駆け寄り、治療魔法を起動する。
「……『ヒーリング』」
「痛ててて……。ホントに、今日は、ついてねー……」
「……済まん、クォン」
クォンの被害が致命的ではないのを確認すると、アッシュは一同の顔を見回した。
「こうしてる間にも、すぐ次が飛んでくるぞ。誰か、一回だけでいいから、あの光弾をなんとか出来ないか? 店内に入るぐらいまで距離を詰められれば、隠れてるやつらを拘束する手はあるんだ。けど、その為に、この防御魔法陣も解除するから、無防備になっちまう」
「――いいわ。あたしが拡散砲撃で撃ち落とす。撃ち漏らしが出ると思うけど、皆、それは必死で避けてちょうだい」
アッシュの言葉に、クラリッサが応じる。ジゼルが頷いた。
「わかったわ。それでいきましょ。――気を付けてね」
最後に付け加えた一言は、仲のいいクラリッサに向けたものだろう。アッシュは深く気にすることもなく、クラリッサに向き直った。
「それじゃ、今すぐにでも、この防御魔法陣を解除して、店内に突入するぞ。光弾が飛んできたら撃ち落としてくれ」
「はいはーい」
「僕も、援護射撃くらいなら手伝えます」
マークが申し出てくる。
「ああ、頼む。――あ、チッピィはここでおとなしくしてろよ?」
マークに頷き返してから、アッシュはチッピィに言い含めるが、やはり彼の言葉は通じていないようで、チッピィは不思議そうな顔で彼の顔を見上げてくるだけだった。アッシュは溜め息を漏らす。それから一同を見回し、手の空いていそうなジゼルに、チッピィを差し出した。
「悪いけど、こいつのこと、頼む」
「う、うん」
ジゼルは目を逸らして頷き、差し出されたチッピィを受け取る。その際に、アッシュの指と指が触れた。ジゼルは頬を赤らめて、チッピィを抱き締める。犬が好きなのかもしれない。
「よし、行くぞ!」
アッシュは宣言すると、『魔神の掌』を解除して駆け出した。すぐ後ろにマークとクラリッサが続く。バーラウンジの入り口から店内に飛び込んだ。なるべく店の中央を目指す。
「『ファイア・ブリット』、十発、シュート!」
飛び込んだアッシュの背後で、マークがクラシックなオートマチック拳銃型の魔装銃を両手で構え、牽制の弾幕を張った。赤い光弾が十発出現し、店内のあちこちに向かって飛ぶ。しかし、所詮はめくら撃ち。隠れている敵に命中した様子はない。
反撃とばかりに、黄色と紫色の光弾が合わせて十五、六発ほど店内に満ちる。それを見て、クラリッサがマークの隣に前転で飛び込んだ。片膝立ちになって、異様に銃身の太い大型拳銃のような、短砲身の魔装砲を構える。
「『ヴィヴィッド・エクスプロージョン』、ファイア!」
短砲身の魔装砲から、幾本もの緑色の光芒が扇状に発射された。その光芒が、宙に浮かぶ光弾を一気に撃ち落とす。店内の空間で爆発が連続した。頭を抱えて床に伏せるアッシュ。しかし、クラリッサの拡散砲撃に当たらなかった撃ち漏らしの光弾が四発、一番店の奥にまで踏み込んでいたアッシュ目掛けて急降下してきた。アッシュは慌てて身を起こそうとする。
「ちぃっ!」
アッシュは舌打ちをした。四方から迫り来る誘導型の魔力弾を、常駐魔法の防御魔法陣を展開して防ごうというのは、あまりにも難易度が高過ぎる。
「『チェリー・トルネード』!」
そのとき、アッシュの視界で桜色の旋風が舞った。後ろから飛び込んできたジゼルが、まるでフィギュアスケートのスピンのように高速回転しながらアッシュの周囲を巡り、ピンク色の魔力光を纏わせた魔装薙刀で飛来する四発の光弾を全て叩き落したのだ。
(サンキュ、ツンデレ!)
「『青銅の鎖』!」
アッシュが床に魔装具を着けた右手を叩き付けてコマンドを唱えると、その手の下から二本の影色の鎖がジャラジャラと這い出した。二本の鎖は、自動的に店内のテーブルで作ったバリケードやカウンターの陰に隠れていた魔法使いを探し当て、絡み付いて縛り上げる。この拘束魔法は市販の状態では範囲指定型だったのだが、彼は既にオリジナルの範囲指定型拘束魔法を持っていたし、こちらは今一つ性能が悪かったので、自分を中心に一定範囲内の敵を自動追尾して拘束するという魔法にカスタマイズ――というより、ほとんど設計段階から組み直ししたのだ。ただし、それほどの高性能を付加した代償として、その魔力消費は拘束魔法としては破格に大きい。多重処理での他の魔法との同時使用はほとんど不可能だ。
「サンキュ、助かった、ジゼ――シャンティエ少尉殿。ついでに、あいつらの止めも頼む」
アッシュが立ち上がって礼を言うと、ジゼルは目も合わせずに頷く。
「――ルでいいわ」
小さな声でなにか呟いたようだったが、アッシュにはよく聞き取れなかった。
「ん? なんか言ったか?」
しかし、ジゼルはアッシュの問い返す言葉が聞こえなかったかのように、彼のほうを見もせずに店の奥へと踏み込むと、拘束された二人の敵にスタンダメージを与えて気絶させる。
(手間掛けさせたから、怒ってるのか? まぁ、元々それほど好かれてたわけでもないしな)
アッシュは一つ肩をすくめると、マークとクラリッサに向き直った。
「二人とも、援護サンキュな」
「いえいえ。お役に立てましたか?」
「ま、お安い御用よ」
対照的な反応を見せる二人に、思わずアッシュは笑ってしまう。
「クォン、治療が終わったら、記録頼むわね」
ジゼルが店外に出て、クォンに声を掛けた。身体を起こしながら、クォンが応じる。
「へいへい。うちの小隊長は人遣いが荒い。――あ、カテジナ、治療ありがとうよ」
カテジナは顔を赤らめながら、コクリと頷いた。自発的に役に立てたことが嬉しいようだ。
アッシュは、記録の為にバーラウンジ内に入っていくクォンと入れ替わりに、店外に出た。そこで、通路に立っていたジゼルと目が合う。彼女は慌てたように顔を逸らしたが、なにか一人で納得するように頷いていた。
「?」
アッシュには、ジゼルの奇行の意味がわからない。彼女が店内に飛び込んだときに放り捨てられたらしいチッピィが駆け寄ってきたので、しゃがみ込んでその頭を撫でてやる。
マークとクラリッサもバーラウンジの入り口付近から離れ、通路へと出た。通路に出たクラリッサは、一人頷くジゼルの横顔をまた訳知り顔で見つめている。
「記録終わりましたー」
暫し待つと、クォンがバーラウンジから出てきた。
「それじゃ、先へ進みましょ。そろそろゴールよ」
ジゼルが先頭に立って歩き始める。第七小隊の面々とアッシュはその後を追った。




