第五章‐2
アッシュたち第八小隊は、通路の分岐を曲がって階段で一階層下に下りる。船内地図によれば、今彼らがいる辺りは二等客室の区画らしい。しかし、二等客室は勿論、その下の三等客室だろうと、彼らの給料程度では、この豪華客船に乗ることは難しいのだろうと思われた。
周囲をそれとなく警戒しながら、アッシュがぼやく。
「それにしても、爆弾テロの次はハイジャックときやがった。俺はいつからジョン=マクレーンになったんだよ?」
エリカが軽く苦笑した。彼女たちの任地であるアッシュの星の駐留基地のテレビででも、映画を見たことがあるのだろう。
「ていうか、この船を丸ごと乗っ取って、海賊共はなにをしようっていうんだ?」
そのアッシュの疑問に、サーニャが淡々と答える。
「このマリクレール=アントワーヌには、現在、政財界の要人が多数乗船しています。それらの要人の半数からでも身代金が取れれば、天文学的な金額になるでしょう」
「はー。大規模な誘拐ってとこか。――っ!? 『魔神の掌』!」
突然、タタタタンッと軽い音がした。魔力弾ではなく実弾による銃撃だ。それを意識で確認するよりも早く、反射的にアッシュは得意の防御魔法を起動している。彼らを守るように展開した影色の防御魔法陣の表面で銃弾が跳ねた。
「近付くな! こっちには人質もいる!」
客室の一つのドアの陰から、サブマシンガンの銃口が覗いている。
(人質ってのは、銃を突き付けてないと意味はねぇんだよ。間抜けめ! それに、それじゃ、立ってる位置がバレバレだっつの)
アッシュはアリーセに視線で合図を送ると、多重処理で座標指定型拘束魔法を起動した。
「『茨の冠』!」
「『スカーレット・シーカー』、十六発ぅ、しゅーとぉー!」
それと同時に、アリーセが誘導型射撃魔法を起動する。花弁のように展開した射撃モードの魔装銃から十六発の赤い光弾が発射され、弧を描いてドアを回り込むように殺到した。
「ぐががががっ!?」
奇妙な悲鳴が聞こえ、サブマシンガンが転がり落ちる。エリカがサーベルを構えて近付き、素早くドアを開け放つと、三本の影色の光輪に拘束された海賊が立ったまま気絶していた。
「クリアです」
エリカがそう言って、残りの三人を呼び寄せる。
彼らの軍艦の船室などとは比べ物にならない豪華な客室に入ってみると、続き部屋になっている寝室のベッドの脇に五十代くらいの夫婦が抱き合うようにしてへたり込んでいた。
「もう安全です。立てますか?」
エリカが手を貸して、その夫婦を立たせる。客室の入り口では、サーニャが意識のない海賊を撮影していた。例の勝負の証拠写真だろう。
「ここはもう安全ですが、心細いようなら、大ホールまで行けば我が軍の部隊が駐留しています。大ホールまでの道は安全が確保されていますので、お二人でも大丈夫でしょう」
エリカが言うと、その夫婦はコクコクと交互に頷く。何度も頭を下げると、二人で大ホールの方向へとよろよろと駆けて行った。それを見送って、エリカが言う。
「では、先を急ぎましょう。ジゼルのことです。担当が重複している区域を、先に掃討してしまうつもりに決まっています」
「いえす、まぁむ」
「了解」
「あ、ちょっと待ってくれ。念の為、確認しておく」
アッシュは気絶している海賊に近付き、拘束の具合を見直してみた。視界外の座標指定だったが問題なく、上手く拘束出来たようだ。ついでに、その瞼を持ち上げてみた。瞳孔に動きはない。狸寝入りなどではなく、確かに失神している。
「よし、OKだ。それじゃ、行こう――ぜ?」
振り向くと、そこにはエリカたち三人の姿はなかった。通路に出て見回してみても、見当たらない。ちょっと待ってくれ、と言ったのだが、勝負で気が急いていたエリカの耳には入らなかったようだ。先に進んでしまったらしい。
アッシュは通路を進んでみた。困ったことに、すぐ先で十字路になっている。さらに困ったことには、どの通路もその先に階段や梯子があって、上下に移動出来るようになっていた。
「うわ、どっちだよ……」
エリカたちに念話を掛けてみようにも、現在、この船は妨害魔法の影響下にあり、念話が通じないのだ。
「……まいったな」
アッシュは十字路に立ち尽くして、一人頬を掻く。忠実についてきている唯一の同行者であるチッピィを見下ろして聞いてみた。
「おまえ、エリカたちの匂いを辿って追い掛けることとか出来るか?」
だが、チッピィは彼の言葉を理解していないのか、つぶらな瞳で彼を見上げてくるだけだ。
「言葉が通じないのは、不便だな……」
アッシュは溜め息を吐く。下手に普段会話が出来るだけに、世間一般の愛犬家のようにペットと心を通わせるなどという真似がどうすれば出来るのか、見当も付かなかった。
(とにかく、こうしてても仕方ない。とりあえず進むか。――ったく、また迷子かよ……)
アッシュは適当な方向に歩き出す。だが、彼はこの船の構造どころか、自分の隊の担当区域もよくわかっていない。見当もなく歩いて、彼女たちと合流出来る可能性は低いだろう。
(ゴールは船橋、って言ってたな。最悪、そこを目指すか。船内の案内板ぐらいはあるだろ)
そんなことを考えながら歩いていると、前方の曲がり角の向こうから、カキンカキンッという剣が打ち合わされる音や、キュンキュンッという光弾が空を切る音、さらにはドムッというなにか重い物を打ち付けるような音まで聞こえてきた。この先で戦闘が行われているらしい。
(お? 追い着けた?)
アッシュはすぐに戦闘に加勢しようと、駆け足でその曲がり角へ飛び込む。
「……あれ?」
曲がり角の先の小ホールで戦っていたのは、エリカたち第八小隊ではなく、ジゼルたちの第七小隊だった。どうやら、自分の隊の担当区域すら外れて迷っていたようだ。
素早く観察してみると、敵は三人。近接の乱戦になっている。ジゼルが魔装薙刀で海賊の曲刀と打ち合っており、マークとクラリッサが海賊が振り回す曲刀を体捌きでかわしたり、その手に握った魔装銃の銃身や魔装砲の砲身で受け流したりしていた。射撃型のマークと砲撃型のクラリッサの二人は、そうして貼り付かれて近接攻撃をしつこく仕掛けられると攻撃に転じるのが難しいらしく、なんとか自分の得意な距離を取ろうとしている。戦闘力のないクォンは、少し離れたところで焦れたように観戦しており、何型だか聞いていないカテジナも、なにかコマンドを唱えかけては狙いが外れてしまっておろおろと中断する、ということを繰り返していた。どうやら、彼女はまだ戦闘自体に慣れていないように見える。
と、そのとき、ジゼルと戦っていた海賊が、彼女が身体の前でくるりと回した魔装薙刀の柄を蹴飛ばした。普段なら多少バランスを崩す程度でどうということはなかったのだろうが、今のジゼルはドレスにハイヒールという格好だ。魔装薙刀の柄がドレスの裾に絡まり、それに足を取られて、バランスの悪いハイヒールの彼女はつんのめるように転倒してしまった。ここぞとばかりに海賊が曲刀を振りかざす。
マークとクラリッサは二人とも目の前の海賊を相手取るのに手一杯で、彼女を援護する余裕はなかった。戦闘は得手ではなさそうなクォンが、その手に光剣を発生させたが、駆け寄るには距離があり過ぎる。カテジナはコマンドを唱えることも忘れて、息を飲んだ。転んだジゼルが顔を上げる。誰も間に合わず、なにも出来ない。時の流れが遅くなったような感覚。
「『魔神の掌』!」
そのとき、アッシュのコマンドが響き渡った。それに呼応して直径二メートルほどの影色の防御魔法陣が、うつ伏せに倒れて、今まさに振り下ろされようとしている凶刃を怯えた目で見上げていたジゼルの前に展開する。キィンッという金属音を立てて、曲刀が弾き返された。
驚いたクォンの手の中から、慣れない光剣が消滅する。カテジナも、突然の救いの手に目を瞠った。クラリッサは、ひとまずジゼルが助かったらしいことを理解して安堵する。
「アッシュ!?」
マークが驚きの声を上げた。その声で、その場の全員の視線が、小ホール入り口に立つアッシュに集中する。
「よぅ」
アッシュは暢気に右手を挙げて、それに応えた。
ジゼルと戦っていた海賊は、突如目の前に展開された防御魔法陣を回り込んで、今度こそ確実に倒れている彼女に止めを刺そうとする。だが、アッシュの最も得意とする防御魔法『魔神の掌』は、開発者として稀有な才能を持つ彼が、丹精込めて組み上げた特別製だ。そこらの防御魔法とは訳が違う。アッシュは遠隔操作で防御魔法陣をくるくると移動させ、海賊の行く手を阻んでやる。業を煮やした海賊が、いっそ防御魔法陣を破壊しようとでも考えたのか、曲刀を振り上げた。
「『銀の車輪』!」
アッシュは高速移動魔法を起動すると、未だ倒れ伏したまま驚きの眼差しで防御魔法陣を見上げているジゼルの傍らに、ふわりと降り立つ。高速移動魔法は魔力消費が大きく、一般に他の魔法を維持しながら使用することは難しいとされているが、彼の『魔神の掌』の驚くほどに低い維持コストならば、多重処理を行うことも容易い。防御魔法陣のすぐ内側に移動してきたアッシュは、その裏側に軽く右手を触れると、多重処理でコマンドを唱える。
「『聖者の磔刑』!」
海賊の振り下ろす曲刀が、その防御魔法陣に受け止められると、そこから影色の鎖がジャラジャラと出現し、曲刀を這い登って海賊の腕を絡め取った。その海賊はすぐに魔法陣に縛り付けられて、身動きが取れなくなってしまう。
それを放置して、アッシュはマークのほうに振り向くと、コマンドを唱える。
「『藤花の宴』!」
アッシュの右手から影色の蔓がするすると伸び、マークに切り掛かっていた海賊に巻き付いた。海賊は慌てて、その影色の蔓を切り払おうとする。しかし、蔓は切られた箇所からすぐにまた伸び始め、遂には海賊を縛り上げてしまった。
さらにそれも放置して、今度はクラリッサのほうに目を向け、コマンドを唱える。
「『天使の抱擁』!」
右手の中に出現した直径三十センチメートルほどの影色の光輪を、無造作に放り投げた。この投射型拘束魔法は、先日買って使ってみたところ、あまりにも使い勝手が悪かったので、誘導型にカスタマイズしたのだ。光輪はアッシュが脳裏に思い描いた通りの軌跡で飛んでいき、クラリッサの相手の海賊の背後から命中すると、その身体を拘束する。
アッシュの登場から、ものの一分と経たない内に、第七小隊が戦っていた三人の海賊は無力化されてしまった。
「こんなもんかな。止めは頼んだ」
「あ……、はい!」
気軽に言うアッシュに、マークは慌てて返事をする。そして、クラリッサと二人で、拘束された三人の海賊に止めのスタンダメージを撃ち込んで気絶させた。
アッシュは振り返ると、未だに倒れたまま起き上がっていないジゼルに右手を差し伸べる。
「だから、そんな長い武器、邪魔だろ、って言ったじゃねぇか」
そう軽口を叩くが、ジゼルはなんだかぼんやりとアッシュの顔を見上げているだけだ。
「どうした? 足でも挫いて立てないのか?」
ジゼルは、アッシュの質問に黙ったまま首を振ると、差し出された彼の右手を握って起き上がった。俯いていて、その表情はよくわからない。
「アッシュ、助かりました。うちの小隊長の危機を救ってくれてありがとうございます」
マークがアッシュに頭を下げる。アッシュは、ジゼルから離した右手を軽く振った。
「いや、たまたまだよ。タイミングがよかっただけだ」
マークは続けて問い掛けてくる。
「でも、君がどうしてこんなところへ? まさか、エリ――いえ、ブラウスパーダ少尉たちになにかあったんですか!?」
焦ったようなその問いに、アッシュは気まずげに頬を掻いた。
「あー、いや……。その、実はエリカたちとはぐれちまってさ。念話も繋がらないから、探して歩いてたんだ。だから、あんたたちと会ったのも、ホントに偶然なんだよ」
「そうでしたか……」
マークが安堵したような顔をして、提案してくる。
「では、僕たちとご一緒しませんか? ブラウスパーダ少尉たちは心配されているかもしれませんが、連絡のしようがないですし。結局、目的地は同じです。船橋で会えるでしょう」
「ああ。そうさせてもらえると助かる」
アッシュが頷いた。
「構いませんよね、小隊長?」
「……」
マークはジゼルに確認を取るが、彼女はぼんやり自分の右手を見つめていて返事がない。
「小隊長?」
「……あ、うん。いいんじゃない?」
マークは、ジゼルの様子がおかしいことを少し不審に思ったようだが、先ほどのショックを引きずっているだけで、それほど大事ではないだろうと判断したらしい。
「では、そういうことで、よろしくお願いします、アッシュ」
「ああ。こっちこそ、よろしく頼む」
アッシュが軽く頭を下げる。いつの間にか、彼の足元にいたチッピィが、一つ欠伸をした。




