第五章‐1
「エリカぁ! アッシュぅ!」
アッシュたちのところへ、ホールの船尾側大扉から入ってきたアリーセ=フィアリス軍曹とサーニャ=ストラビニスカヤ伍長が駆け寄ってくる。だが、彼らの目の前で立ち止まると、アリーセはポカンと口を開けた。
「すごぉい! エリカ、綺麗ぃ! お姫様みたぁい!」
姫君のような純白のドレスを纏った、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉の姿に見惚れている。アリーセの隣に並んで立ち止まったサーニャの無表情は、どことなく羨ましそうに見えた。普段からゴスロリ風ファッションを好む彼女だ。こういう豪華なドレスにも興味があるのかもしれない。エリカは少し頬を染めながら、取り繕うように言う。
「今はそんなことを言っている場合ではありません。状況は?」
「海賊船タビー・トリスが至近距離に突如出現、当マリクレール=アントワーヌに接舷しました。機械的な隠密機構によって、観測機器を欺瞞したものと分析されています」
サーニャがその内心を窺わせない、いつも通りの淡々とした口調で報告した。エリカが納得したように呟く。
「それで、こうも簡単に乗り込まれたのですか……」
我に返ったアリーセが、胸に抱いていたチッピィを、アッシュに向かって差し出した。
「はい、アッシュぅ。チッピィ、連れてきたよぉ」
「おう、サンキュ」
礼を言って受け取る。しかし、よく考えると念話阻害型妨害魔法の影響下にある現在のマリクレール=アントワーヌの中では、念話によって意思の疎通を図るチッピィとは言葉が通じない。両手で抱えたチッピィの顔を見つめてみる。チッピィは、つぶらな瞳でじっと見つめ返してくるが、頭の中にその声は聞こえてこなかった。
「悪いな。今、なにか言ってるのかもしれないけど、聞こえねぇんだ」
アッシュは言うが、逆に彼の言葉も通じていないのかもしれない。
「……まいったな。とりあえず、あんまり離れるなよ?」
そう言い聞かせて、チッピィを床に下ろした。チッピィはわかっているのかいないのか、その場で後肢を使って首筋を掻いている。アッシュは軽く溜め息を漏らした。
「ちょっと、リッサ! やめなさいよ、こんなところで!」
隣の第七小隊の輪は賑やかだ。見ると、リボンやレースで飾られたピンク色のドレス姿のジゼル=アンリエット=シャンティエ少尉に、クラリッサ=ファインマン曹長が抱き付いて、頬擦りせんばかりに顔をくっつけている。
「あーん。可愛いー」
「また姉御の悪い癖が出たよ……」
グェン=ヴァン・クォン軍曹が、その様子を見て苦笑いしていた。さすがに見かねたのか、マーク=ラピッドファイア准尉が引き剥がしに掛かる。
「クラリッサ、その辺にしておきなさい」
だが、クラリッサはなかなかジゼルから離れようとしない。その近くでは、カテジナ=ペトラ=ビェルカ兵長が、困ったようにおろおろしていた。ちなみに、クラリッサによってツインテールに結い上げられていた彼女の髪は、元のように下ろされている。
そのとき、パンパンという手を叩く音がした。そちらに目をやると、いつものようにそれで注目を集めたセラフィーナ=カルティアイネン中尉が立っている。
「傾注ー。これより今後の作戦の説明を行います」
あちこちでざわついていた大隊員たちが静まり返った。腰に佩いた軍刀型魔装剣の柄に左手を置いて、ハンナ=シュタウフェンベルク大尉が一同を見回し、大音声で演説を始める。
「小癪な手品を使って我々を出し抜いたつもりの海賊共は、未だに逃げ出していないところを見ると、欲の皮を突っ張らせて、この船ごと乗っ取る気でいるらしい。従って、貴様たちのこれからの仕事は、船内の大掃除だ。頭の足りない海賊共を、片っ端から取っ捕まえろ。さっさと巣穴に逃げ帰っていればよかった、と後悔させてやれ」
「イエス・マム!」
一同が一斉に答えた。セラフィーナが、その後を引き継いで、具体的な作戦説明に入る。
「現在の状況として、当船内は念話阻害型、観測阻害型、転移阻害型等、各種の妨害魔法の影響下にあります。意識して声掛けを行い、伏兵等にも十分注意して下さい。――それでは、各小隊の担当ですが、第一小隊は船橋の制圧です。これには、大隊長と私も同行します。第二小隊は、この場に残って、民間人を保護している結界を守護。結界の強度は十分ですので、解除されないように警戒して下さい。第三小隊は機関部の制圧です。くれぐれも機器類に損傷を与えないように。第四から第八小隊については、各小隊長に船内地図を配布しますので、そこに色分けされたそれぞれの担当区域を制圧すること。以上です。質問はありますか?」
どこからも質問の手は挙がらないようだ。ハンナが怒鳴る。
「わかったら、状況開始だ! とっとと動け!」
「イエス・マム!」
各小隊は、それぞれの行動を開始した。船首側の大扉のバリケードも撤去される。
アッシュたちは、その船首側の扉から通路に出た。エリカに配布された船内地図を確認すると、第八小隊の担当区域は、この大ホールから下り、船の底部を通って船首部分を大きく回り込んでまた上り、船橋へと至るというルートだ。
「うちと隣接した区域ね」
いつの間にか、ジゼルが彼らの地図を覗き込んでいた。彼女は後ろで手を組むと、上目遣いでエリカに言ってくる。
「ね、久しぶりに勝負しない? どっちの小隊がたくさん海賊を捕まえられるか」
そのジゼルの申し出に、エリカは軽く溜め息を漏らした。
「ジゼル、軍務ですよ。遊びでは――」
「勝てる自信ないの?」
ジゼルの言葉は安過ぎる挑発だったが、エリカは意外と負けん気が強い。あっさりとその挑発に乗った。強気な視線でジゼルを見返す。
「……いいでしょう。勝負です」
ジゼルは満面の笑みを浮かべた。
「そうこなくちゃ! じゃ、捕まえた海賊の数は、うちはクォンがカウントするね。勿論、証拠写真付きで」
「わかりました。では、私たちのほうはサーニャがカウントします」
エリカが了承する。
「それじゃ、ゴールの船橋で落ち合いましょ。そこで結果発表ね」
ジゼルはそう言うと、いきなり背を向けて走り出した。ドレス姿でハイヒールを履いているにしては、驚異的な速さだ。
「よーい、スタート! みんな、行くわよ!」
「ジゼル! ずるいですよ!」
エリカがその背に叫ぶ。その脇を第七小隊の面々が、彼らの小隊長を追って次々と駆け抜けていった。すれ違いざまに、マークが苦笑気味に言う。
「いつも、申し訳ありません」
謝りながらも手を抜く気はないようで、マークの後姿もすぐに通路の角を曲がって見えなくなった。エリカが部下たちに宣言する。
「私たちも急ぎますよ!」
そうして、こちらもドレスにハイヒールという格好で可能な限りの速さで、通路を進み始めた。アッシュは少し呆れて、アリーセとサーニャの顔を見る。アリーセはいつものように、にははと笑い、サーニャもいつものように無言だった。




