第四章‐4
「どうです? 楽しんでいますか?」
アッシュが壁際の椅子に座って休んでいると、そう声を掛けられる。見上げてみると、マークだった。
「まぁ、それなりにな」
アッシュが応じると、マークは微笑みを浮かべる。
「ダンス、見ていましたよ」
「うぁ……、恥ずかしいな……」
「いえいえ。初めてとは思えないくらい、お上手でした」
マークはそんな風に言ってくれるが、勿論、社交辞令だろう。アッシュは話を逸らそうと、尋ね返した。
「俺のことより、そっちはどうなんだよ? ――エリカは?」
マークはエリカを連れていない。彼は肩をすくめ、少し離れたところの人だかりに視線を投げた。そこでは、相変わらずエリカが大勢の男性に囲まれている。なにか話し掛けられては、笑顔で応対していた。アッシュの知る由もないマナーだが、パートナーといえどもパーティの間中、べったりとくっついている必要はない。パートナーが他の客と会話を楽しんでいるようなら、逆にさりげなく距離を取るのもマナーの一つだ。
「やっぱり、僕には高嶺の花なんでしょうか……」
エリカの姿を遠くのもののように眺めながら、珍しくマークが情けない顔をする。アッシュが、なんと言って慰めようか考えていると、隣でなにか飲んでいたジゼルが口を挟んできた。
「なんの話?」
「いえ、なんでも……。――それより、小隊長、飲み過ぎないようにして下さい」
マークが誤魔化すように話を変える。やはりジゼルはアルコールを飲んでいたようだ。
「この程度じゃ酔わないわよ。赤ちゃんの頃から、うちのワインを飲んで育ったんだから」
ジゼルが言うが、さすがに、赤ん坊の頃、は言い過ぎだろう。
そのとき、急にジゼルが片耳を押さえた。
「え? なに? ――あ、切れちゃった……」
「どうしました?」
マークの質問に、ジゼルが不思議そうな顔で答えた。
「なんか、念話が掛かってきたみたいなんだけど、雑音が酷くて聞き取れないし、すぐに切れちゃったのよ」
それを聞いて、マークが眉をひそめる。
「それはひょっとして、妨害魔法なんじゃないですか?」
妨害魔法とは、指定範囲内の観測魔法や念話、転移等を阻害する魔法の総称だ。
アッシュはマークと顔を見合わせる。
「てことは、まさか……、海賊か?」
「その可能性が非常に高いですね」
そこへ、エリカが、途中で声を掛けられるのを作り笑顔で断りながら、優雅さを失わないぎりぎりの早足で彼らのほうへ近付いてきた。
「今、念話が――」
どうやら、小隊長クラスに念話が掛かってきていたらしい。アッシュは頷き返した。
「あぁ、ジゼルにも掛かってきてた。それが、すぐ切れちまったんだって?」
「はい。これは、もしかすると――」
「シャンティエ少尉殿って呼びなさいよ」
アッシュがエリカと話していると、ジゼルが空気を読まない突っ込みをしてくる。
「――はいはい。シャンティエ少尉殿」
アッシュは、今そんなことを言っている場合か、と思ったのだが、面倒なので適当に返事をしておいた。見た目ではわからないが、実はジゼルは酔っているのかもしれない。
「――上を」
マークの小声に、そっとガラス張りのドームを見上げてみる。
「ディートガルト……!」
彼らの軽巡洋艦ディートガルトが、不可視結界を解除してその姿を現していた。なにかあったのは、もう間違いない。
エリカは、この場で階級が一番上であるセラフィーナ=カルティアイネン中尉を見た。彼女も異変に気付いたのだろう。笑顔で周囲の人々に応対しながら、彼らに気付かれないように小さく頷いてきた。それを確認して、エリカはアッシュたちのほうへ向き直る。
「ホールを出ましょう。手分けして船内を――」
エリカがそう言いかけたとき、ホールの船首側の大きな観音開きの重厚な扉が開かれた。そこから、銃器や刃物を手にした数人の人影が雪崩れ込んでくる。それらは、薄汚れた防護服姿といい、手に持った凶器といい、どう贔屓目に見てもこの豪華客船の乗客には見えない。
「ブラウスパーダ少尉、抜刀!」
電光石火の反応速度で、エリカはドレスの裾を跳ね上げると、太腿に巻いていた剣帯に提げたサーベル型魔装剣を抜き放った。一振りすると、その刀身に黄金色の魔力光が灯る。
次に反応したのは、マークだった。
「『ファイア・ブリット』、シュート!」
裾の長い上着に隠して腰に釣っていたホルスターから、クラシックなオートマチック拳銃型の魔装銃を抜き撃ちする。赤い光弾が発射され、先頭の海賊の頭を撃ち貫いて昏倒させた。
「これは、楽しそうな余興じゃない!」
ジゼルも大きくドレスを捲り上げると、こちらは両の太腿に巻いていたベルトに付いたホルダーに固定されていた、半分に分割された長柄の魔装薙刀を引き抜く。それを一本に繋ぎ合せると、くるりと身体の前で一回転させた。先端の刃が、ピンク色の魔力光に輝く。
アッシュは不覚にも、エリカとジゼルのあられもない姿に目を奪われてしまった。致命的な出遅れだ。
エリカとジゼルはアイコンタクトだけのコンビネーションで、海賊たちの只中に突入する。
「第一大隊、総員迎撃! ――『セラフィム・フェザー』、九本!」
セラフィーナが乗客たちを庇うように一歩前に出て、右腕を横に振るってコマンドを唱えると、その前にダーツのような短い光の矢が九本生まれた。相当にカスタマイズされた魔力弾のようだ。彼女は武装していない。身に着けた装身具のいずれかが魔装具なのだろう。
「アイアイ・マム! 『グレイス・ハンド』、ファイア!」
フランツ=ロイター少尉が、どこから取り出したものか、スナイパーライフル型の魔装銃を構えて射撃魔法を発射する。
その他の隊員たちも、一斉に射撃魔法を撃ち始め、または近接武器を抜いて突撃した。瞬く間に、十人にも満たない海賊たちは制圧される。アッシュが手出しをする暇もない。
その後、隊員たちは手分けをして船首側と船尾側、二つの大扉を閉め、その前にテーブル等を並べてバリケードを作った。その頃になって、ようやく乗客や楽団員、ウェイター等の船の乗員たちがざわめき出す。セラフィーナがホールの中央に歩み出ると、パンパンと手を叩き、その場の民間人の注目を集めた。右耳に着けたイヤリングに触れると、身分証の立体映像が現れる。どうやら、それが魔装具だったらしい。
「陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊です。潜入して、海賊の襲撃に備えておりました。この場は安全ですので、どうか慌てず騒がず、我々の指示に従って下さい」
乗客のセレブたちが、彼女に詰め寄る。
「なんだ、これは!? どういうことだ!?」
「責任者を出せ!」
「我々の安全は保証されるんだろうな!?」
どいつもこいつも人の話を聞いていない、とアッシュは呆れた。どこの星にもこういう大人はいるものだな、と少年らしい潔癖さで思う。セラフィーナは、彼らへの応対で手が一杯のようだ。アッシュは、剣帯をドレスの腰に巻き直して納刀しているエリカに話し掛ける。
「なぁ、こんなところに篭城しても、仕方ないんじゃないのか? 多分、まだこの船の中には海賊共がたくさん入り込んでるんだろ?」
「それはそうだと思いますけれど、この場の民間人の皆さんの安全も確保しなければならないでしょうし……」
「それこそ、この場にいない乗客や乗員だって大勢いるはずだろ? その人たちを助けに行くべきじゃないのか?」
アッシュの言葉に、エリカは少し思案する様子を見せて頷いた。
「貴方の仰る通りですね。カルティアイネン中尉に具申してみましょう」
エリカがセラフィーナのほうへ向かう。その後を、アッシュがついていった。乗客たちの説得が一段落したらしいセラフィーナに、エリカが敬礼して話し掛ける。
「大隊副官殿。意見具申、よろしいでしょうか?」
セラフィーナが萌葱色の髪をふわりとなびかせて振り返り、エリカに向き直った。
「はい。ブラウスパーダ少尉、構いませんよ?」
「この場にいる人員を二手に分けて、一方がこの場に残って民間人を護衛しながら安全地帯を確保、もう一方は船内を捜索して取り残された民間人の救助と残存の賊の制圧を行うべきだと愚考致します」
「いや、二手に分かれる必要はねぇよ。ここにいる人たちは、俺が結界を張って保護する」
エリカの台詞に被せるように、アッシュが口を挟む。驚いて、エリカが振り返った。鋭敏な彼女にしては珍しいことに、彼がついてきていたのに気付いていなかったらしい。
「アッシュ!」
小声でエリカが窘める。上官に対して余計な口を利くな、と言いたいのだろう。
しかし、セラフィーナは気にした様子もなく、右手を頬に当てると、小首を傾げるようにしてアッシュに確認してきた。
「あらあら。これだけの人数を収容出来る規模で、複数の銃撃や爆発物にも耐えられるほどの結界を構築出来ますか?」
「ああ、出来るよ」
アッシュが造作もなく言い放つ。見栄を張っているわけではない。実際、先日も二百人以上を収容する保護結界を構築している。ざっと見回したところ、この大ホールにいる乗客や乗員の数は、それより少し多い程度だろう。
「なんなんだ、あの男は?」
「大口を叩くやつだな」
隊員たちの間から、ひそひそと彼に対する反感の声が漏れた。どうやら出しゃばり過ぎたらしい。今回の彼は、軍隊の一員として集団行動を取っているのだ。スタンドプレーは控えるべきなのかもしれない。しかし、今この場で自分に出来ることをしない、というのは怠惰だと思われた。集団行動とはいえ、その指揮官は、イレギュラーな人員である自分の能力を把握していない。ならば、自己申告する他ないだろう。
セラフィーナは、アッシュの返答にあっさりと頷いた。
「では、お願いします。――民間の方々に一箇所に集まってもらうよう誘導して下さい」
セラフィーナの指示に、数名の隊員が不承不承従う。
「サンキュ」
アッシュは一応、その仕事を終えた彼らに礼を言い、集められた不安そうな乗客や乗員たちに魔装具を着けた右手を向けた。
「『森緑の揺籃』!」
半球形の保護結界が展開して、彼らを包み込む。これは、外壁は抗魔法、耐物理の効果を持ち、内壁はクッションのように柔らかいという、内部にいる者を保護する為の結界だ。前回使用したときは市販のそのままだったが、あれからカスタマイズして相当強固にしてある。生半可な攻撃では破壊されない自信があった。
「ご苦労様です」
セラフィーナが、おっとりとアッシュに微笑み掛ける。隊員たちからのやっかみの視線が強くなったような気がした。アッシュはセラフィーナに片手を挙げて応じると、それらの視線を避けるように肩をすくめて彼女から離れる。
そのとき、ゴンゴンッと船尾側の観音開きの大扉が大きな音を立てた。
「陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊だ! ここを開けろ!」
分厚い扉の向こうから聞こえてきた雷鳴のような大音声は、間違いなくハンナだ。数名の隊員たちが、扉の前のバリケードを撤去する。大扉が開き、ハンナを先頭に、ディートガルトに残っていた大隊員たちがホールに入ってきた。セラフィーナが敬礼して、それを迎える。
「まあまあ、ハンナ隊長。お早いお着きで」
「うむ。厄介なことに、妨害魔法のおかげで念話が通じんからな。艦を接舷させて突入した後は、貴様たちとの合流を最優先してここに向かってきたのだ」
答礼して、ハンナが応じた。そこに設置された巨大な半球形の保護結界に目を留める。その結界を見上げて歩み寄ると、強度を確かめるように、コンコンッと拳で結界壁を叩いた。
「これを構築したのは、どいつだ?」
「ブラウスパーダ少尉のところの現地協力員で――、あらあら、そういえば名前を聞いていませんでした」
ハンナの問いに、セラフィーナが答える。それを聞いて、ハンナが眉を上げた。
「む。あいつか。――それで、これは十分な強度を備えているのか?」
「本人は、そう申告していますね」
セラフィーナの、一見無責任にも聞こえる答に、ハンナは肩越しに振り返って尋ねる。
「信じたのか? 根拠は?」
「そうですね……。気負いのない目をしていたから、でしょうか」
セラフィーナは頬に右手を当てて、おっとりと答えた。
「む。そうか」
頷くと、ハンナはもうその議論は片付いたと言うかのように、セラフィーナに向き直る。
「では、すぐにハイエナ共を一掃するぞ。とりあえず、ここを臨時の作戦本部とする。セラ、早急に作戦を練れ」
「アイアイ・マム」
ハンナの命令に、セラフィーナが敬礼した。ハンナはホール内の様子を見渡し、テーブルの上に並んだ料理や飲み物を眺める。呟くように独白した。
「景気付けに一杯やるか」
「ハンナ隊長」
セラフィーナが、やんわりと釘を刺す。
「わかっている。冗談だ」
ハンナは、面白くもなさそうに笑った。




