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第三章‐4

 艦の最下層まで来ていたので、今度はふらふらと上に上っていく。あまり人の姿を見掛けなかった。たまに、軍服とは違う作業服らしい衣服の乗員とすれ違うくらいだ。

(技術が発達してるからいろいろ自動化されて、乗組員は削減されてるってとこか?)

 そんなことを思いながら、開いていた扉の中を覗いてみると、そこはセレストラル星系製のコンピューターらしきものが机の上に並んだ、アッシュの学校の情報処理室のような部屋だった。見回してみると、サーニャとクォン、それに知らない顔が何人か、お互い少し距離を置いて座っている。アッシュは、サーニャのところに歩み寄った。

「よう。この部屋はなんだ?」

「電算室です」

 立体映像(ホログラフィー)のモニターから目も上げずにサーニャが答える。彼女の返事はいつも端的だ。

「で、サーニャはなにしてるんだ?」

「ネットです」

「確か、おまえらの本星のグローバルネットとやらには、うちの星の駐留基地からでも繋がるんじゃなかったか? なにも、こんなとこに来てまでネットやらなくても――」

「あなたの星からでは、通信費がたいへんな額になります。任務に関係のないネットサーフィンなどの通信費まで経費で落とそうとすると、代わりに小隊長の雷が落ちます。その点、ここなら経費は一括で大隊付けですので、通信費を気にすることなく繋ぎ放題です。今の内です」

「そうなのか……」

 アッシュは相槌を打って、サーニャの前のモニターを眺めてみた。勿論、彼女たちの星の言語で表示されているので、なんのウェブサイトを見ているのかはわからない。

「邪魔したな」

「いえ」

 挨拶して、今度はクォンのところに行ってみる。彼の前のモニターには、アッシュにはなにに使うのか見当も付かない機械の写真が映し出されていた。

「こいつ、いいデザインだよなー。でも、(たけ)ぇー。とてもじゃねーけど、買えねーなー」

 どうやら、家電か電子機器の新製品でも見ているらしい。アッシュは、こちらに気付いていないクォンには特に声を掛けることもなく、その場を離れることにする。

 さらにふらふらと歩いていると、奇跡的に、というべきか、居住区画の自分たちの船室に行き当たった。隣の第七小隊の船室、通称『女子部屋』からくぐもった話し声が聞こえる。中に誰かいるらしい。アッシュはその扉をノックしてみた。

「誰ー?」

 今一つ声に聞き覚えはなかったが、消去法でクラリッサだと判断する。

「第八小隊のアッシュだ」

「開いてるから、勝手に入ってちょうだい」

 アッシュが名乗ると、彼女はあっさりと入室を許可してきた。

「じゃあ、お邪魔――」

「あたしはいいよぉ、リッサぁ!」

「いいから、おとなしくしなさい!」

 アッシュが扉を開けると、賑やかな声が飛び出してくる。部屋の中では、身をよじって逃げようとするアリーセを、今まさにクラリッサがベッドの上で押さえ付けているところだった。

「……なにやってんだ?」

「ちょっと髪の毛をね。可愛くしようと」

 唖然としたようなアッシュの問いに、クラリッサが答える。見ると、確かに彼女は右手にヘアブラシを握っていた。

 クラリッサとアリーセがもみ合っているのとは反対側のベッドの一段目に、カテジナがちょこんと座っている。今朝までは確かにストレートのロングだったセピア色の髪が、ツインテールに結い上げられていた。アッシュの視線を受けて、彼女は頬を赤らめて俯く。

「……ツインテールフェチ?」

 呆れたアッシュが、クラリッサに向かって言った。自分も緑色の長い髪をツインテールにしているクラリッサは、臆面もなく言い返す。

「女の子が一番可愛く見える髪形よ」

 そこで、アッシュは気付いた。

「あ、ひょっとして、ジゼルの髪をあんな風にしてるのって――」

「勿論、あたしが毎朝やってあげてるのよ。可愛いでしょう?」

「いや、まぁ、確かに可愛いかも知れんが……」

 人それぞれ似合う似合わないがあるのではないか、と思う。まぁ、ジゼルは似合っているので問題ないが。

 と、そのとき、艦内放送が鳴り響いた。

「本作戦に少々変更が生じました。各小隊は、男女一名ずつのペアを選出して、一二〇〇(ヒトフタマルマル)に第一会議室に集合して下さい」

 このおっとりした喋りは、セラフィーナだろう。アッシュはクラリッサと顔を見合わせた。

「作戦変更?」

「なにかしらね?」

 その隙に、アリーセがクラリッサの腕の中から脱出する。

 数分後、『女子部屋』の中に第七、第八小隊の全員が集合していた。さすがに少し狭い。

「さて、なにがどう変更されるのかわからないけど、とにかく男女一名ずつのペアね。うちからは、あたしとラピッドファイア副長が出るわ」

 両手を腰に当てたジゼルが言う。

「イエス・マム」

 マークが敬礼した。その様子からは、先ほどの敗戦のショックを引きずっているようには見えない。どうやら気分転換出来たらしい。その隣で、クォンが手を挙げる。

「小隊長ー。俺じゃダメなんですかー?」

「どういう任務になるか、まだわからないもん。もし戦闘が発生するようなことになったら、戦闘力のないあんたを庇わなくちゃならなくなるじゃないの。そんなの、面倒くさいわ」

 ジゼルの答は身も蓋もない。クォンは別にやりたかったわけではなく、ただ聞いてみたかっただけのようで、おとなしく引き下がった。

「私たちは、私とアッシュで参ります。アッシュ、お願い出来ますか?」

「ああ。男は俺しかいないもんな。OKだ」

 確認してくるエリカに、アッシュは承諾の言葉を返した。

 十二時少し前に、四人は第一会議室へ入室する。他の小隊のペアも次々と集まってきた。程なくして、ハンナとセラフィーナがやってくる。一同が立ち上がって敬礼した。

「む。楽にしろ」

 ハンナの言葉で、一同が椅子に座り直す。セラフィーナが口を開いた。

「それでは、作戦の変更点を説明します。変更といっても、ここにいる皆さんにちょっとした追加任務をやってもらうだけです」

 一度言葉を切って、再び話し出す。

「先刻、マリクレール=アントワーヌから要請がありました。海賊に乗り込まれたときに備えて、護衛の部隊が欲しいそうです。ただし、軍服姿でうろうろされるのも困るとのことで、皆さんには乗客に混じって、正装してパーティに出席してもらいます」

 意外な任務内容に、ざわめきが走った。

「心配せずとも、実際に海賊に乗り込まれるなどという事態にはならん。向こうとしても、これは我が軍に対するサービスのパフォーマンスのつもりだろう。軍に恩を売っておいて損はないからな。貴様たちは、ただで美味いものが飲み食い出来る、ぐらいに思っておけ」

 ハンナが面白くもなさそうに笑う。一同の緊張が弛むのが感じられた。

「ちなみに、自分は行かんぞ。パーティなど柄ではない」

 ハンナの言葉を冗談と捉えて、小さく笑いが起こる。第何小隊の人間かは知らないが、アッシュよりもそれなりに歳上に見える男が挙手した。

「大隊長殿。我が小隊には女性隊員がおりません。どうすればよろしいでしょうか?」

「む。そうか。では、カルティアイネン中尉と組め」

「まあまあ、私ですか?」

 ハンナの言葉に、セラフィーナが頬に右手を当てて小首を傾げる。

「いいな、セラ。なにもないとは思うが、現地での指揮を任せる」

「イエス・マム」

 ハンナの言葉に、セラフィーナが敬礼した。先ほど質問した男が、小さくガッツポーズをしている。やはり、彼女はこの大隊のマドンナらしい。

「衣装は向こうで用意するそうだ。貴様たちは一五四五(ヒトゴーヨンゴー)に第三格納庫に集合して、小型艇(ランチ)で移乗しろ。以上だ。解散」

「イエス・マム!」

 一同が一斉に立ち上がって敬礼する。アッシュも慌ててそれに倣った。

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