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王になりたかった女官  作者: 間々 ようこ
旅人の章
2/4

1 運命の舟

この作品は架空の世界の架空の国の歴史を描いています。

漢字、文字等の人名・地名等は造語です。

読み方はすべてオリジナルですので、まじめにとらないでください。

 祖王より下る事十五代。御代は、先々代の何秦がしん王とその妃で先代の女王和秦わしん女王の唯一子の少年王のときである。

 十五年前の秀弓の乱から、長らくの内乱で分裂状態であったシン国だが、今王こんおうの幼少よりの摂政、楽章がく・しょうの尽力により、北のグン・プトン、南のソジャン、東のションルン、西野ヒャグン等々の反乱主要都市のほとんどが陥落していた。

 南を山岳地帯と西を砂漠、そして東を海、北を草原におくシン国を、長く内乱に陥れたままではいけないと楽章がいうのも、隣国に火薬の開発を進めているという噂があるからであった。

 若い王は、しかしこれに無関心で、今年成人を迎えるというのに後宮がない事を嘆いているばかりである。楽章はおのが娘を既に妃がねとして育てており、後宮の造営にあたって完成次第上宮させる腹づもりであった。

 物語はその、後宮の人員を確保するように王府デファンより布令が出されたところからはじまる。


 新春の詔を、内吏(だいり。王直属に仕える内府の役人)龍平昌(ルォン・ペー・シャン/りゅう・へい・しょう)は内心ひどく煩わしく思っていた。黒都(ヘイトン/こくと)の城壁は大河の向こう岸に見えるものの、中は垣間見る事も出来ぬ。この城壁の向こうに巨大な都があり、そこに百山の美姫と噂される美女がいるという。

「王も若い。なんたって十五歳だ。女に憧れがあるのも分かる。だが——」

 龍は馬を下りてため息をつく。

「黒都からわざわざ美女を連れてこいと仰せになるとは。黒都は、反乱勢力の一大拠点だというのに」

 龍が嘆くのも納得である。国を縦断する大河の分枝が集まる場所に、かつて首都ヤントンがあったのだが、戦で焼けて遷都し、今は海に近いところに都は置かれている。そして、かつて都だった場所を再建したのが黒都である。元々堅牢な城跡があった事により、さらに頑強に城壁が張り巡らされ、城塞都市として機能している。何度かその後楽章が攻めたが、その城壁が黒く煤で染まっても、手に落ちる事はなかった。

 その黒都に、どうして王の直属の官吏が、のこのこ入っていけるだろう。

「この河を渡って、城壁をよじ登れと、そう無理な事をおっしゃっているように思えるほどだが」

 いずれ、どの国の女も手に入れるのは難しい情勢である。ほかの内吏どもも苦戦しているだろう。

 ここでうまく女を手に入れれば、出世は間違いないじゃないか。

 龍は腹を決めた。

(どうせ一度は亡くした命だ。これで失敗して出世出来ねば死ぬまでだ)

 龍の浅黒い肌に、じわりと汗が浮かぶ。

「潜入してやろうではないか」

 河を渡る船を求めて、龍はほとりを歩き出す。正月に仕事を告示され、旅をしてすでに二月。衣はぼろぼろだし、路銀も尽きた。舟を借りる金などない。

 そのとき、舟が一艘杭に縄を巻き付けて留されていた。こもをかぶって、舟の上で誰かが寝ている。

 龍は息を潜めて、それから音もなく剣を抜いた。じわりじわりと近寄る彼から、殺気がにじみ出る。

 この舟の主を殺して、龍は舟を乗っ取るつもりである。

 ハッと一瞬深く息を吐いて、龍は剣を振り上げる。

 その瞬間、舟が大きく揺れた。

 こもが宙を舞い、下から女の影が飛び出して来た。

 長い髪が、逃げ後れて剣の餌食になる。はらりと髪の幾束かが落ちる。

「なにをするの!」

「女!?」

 龍は剣を持つ手の力をわずかに緩めた。

「舟をとるつもりだね! なにさ、貧乏乞食が、家無しのあたいから奪おうだなんて、同業者の風上にも置けないね!」

「コジキ……!?」

 龍は目を白黒させて、それから自分の身なりが旅でやつれている事を思い出した。

「おれは、これでも官吏だぞ」

「ヤントンの? どうしよう! 知事様にお知らせしなくちゃ!」

「知事? 黒都知事に知らせるというのか!」

 龍の刀を握る手に力が入る。

「言う訳ないでしょう。ここは城壁の外。あたいは自由人。関係ないもん。でも、舟を奪われたら言いに行く」

「はあ……」

 龍はじっと女の目を見ているうちに、なんだか気が抜けて来た。

 女の目はあまりにもまぶしくきらきらと輝いて、こちらを見ていた。好奇心とも好意ともとれるような、そんなまなざしで。

 女が悪さをする気でないのは、よくわかるのだが。

「そこでとりひきよ。おにいさん、あんたにこの舟あげるよ」

「本当にか? 二言はないぞ?」

「そのかわり、あたいをおにいさんの側においてほしいんだ」

「なんだって?」

 女の申し出は、悪くない気がした。舟を貰って、あとはとんずらをすればいい。それがかなわずに邪魔なままなら、いっそ切り捨てればいいだけの事。

 それに、ここずっと女とは遊んでいないのだ。ちょっと汚れているが、見た感じでは醜くない。

(そうだな——)

「わかった、側に置いてやろう。だから、舟をよこせ」

「私は明鈴(ミンリン/めいりん)。お兄さんは?」

「龍平」

「あざなは?」

「調子に乗るんじゃない」

 龍は舟に飛び乗ると、縄を解いた。

「あれ? そういえば俺は舟の扱いを知らない」

 流される舟を追いかけて、明鈴が二月の河に飛び込む。冷たいはずなのに明鈴は何も言わずに舟に引き上げてもらって乗り込むと、舵を切った。舟が、すうっと進み始める。

 風が川面を渡って来るので、明鈴はすっかり冷えているようだった。唇は真紫で、体も震えている。それでも明鈴は舵を離さない。

 だがこれに気を留めないのが、龍である。

 前方だけ見つめる龍の前に、巨大な城壁と水門が近づいてきていた。

「さて、一度停めてくれ」

 城壁の影に入って、龍は真下から上を見上げた。

「思ったよりも高いな。どうしたらいいだろう」

 思案に暮れていると、城壁の上が騒がしくなって来た。

「見つかったか?」

「お兄さん、なにか、上から降ってくるよ?」

「なんだって?」

 見上げる龍の上に、城壁の上から、何かが落ちて来た。

「うわあああ」

 舟は大きく揺れて、転覆。龍と明鈴は水中に放り出された。もがいて水面に顔を出すと、龍はあたりを見回した。

 上から叫び声が聞こえてくる。

ホアンが逃げたぞー!」

「追えー!」

「貴?」

 龍は耳を疑った。その名こそ、百山の美姫の名である。

(なんとしても見つけ出さねば! 街から外に出ない女が泳げるものか、沈んでしまっただろうか!?)

 大きく息を吸って、龍は水中に再び潜る。女の影を求めて、ひたすらに泳ぐ。すると、誰かが龍の足を引っ張るではないか。

 喜んで足元を見ると、それは明鈴であった。龍は舌打ちをして、明鈴を引き上げる。水面に顔を出すと、ひっくり返った舟に明鈴を引っ掛けて乗せると、明鈴はかすかに笑って、「やさしいひと」とうっとり呟いた。

 龍はそれを無視して、あたりを見る。何か人のようなものが、舟より川下を、背中を上に、流れ下っていくのがみえた。

「貴子!」

 ばしゃりばしゃりと水を掻いて、龍はその影においつくと、ついに川岸に泳ぎ着いた。

「しっかり」

 声をかけながら、龍は助けた影の顔を覗き込む。

 龍はそして、目を見開くほどにハッとして、まじまじその人の顔を見つめた。

 すきとおるような白い肌、黒々と流れる髪。薄いまぶた。濃く影を落とす睫毛。そして、ふっくらとした頬。かすかに開いた、唇。

(なんて美しいんだ)

 龍はためらいがちにその人の唇に口づけすると、愛おしそうに抱きしめた。

「目を覚まして」

 祈る声に応えるかのように、ゆっくりとまぶたが開く。真っ黒く輝く黒目が、龍を捉える。

「気がつかれましたか?」

「あなたは?」

「龍平……昌」

「諱など教えて貰っても困るな。え。おれに求愛なの?」

「そのつもりだ」

「こまるなあ。さっきも知事に求婚されたんだ。それで逃げて来たんだけど」

「知事が君に求婚だって? そうか、君を王が求めている噂を聞いたのだろう。それで妨害に出たのだろう」

「王が俺を求めているというのは?」

 龍は思い出したように、居住まいを正すと貴に頭をたれ、礼をする。そして、大声で叫んだ。

「勅。麗しき少女貴を、後宮女官に任ずる。また、官位は従五位、式女(しきじょ/チーニャン)を与える」

「えーーっ!」

 声に驚いて龍が振り返ると、そこには明鈴が立っていた。

「こ、この女の子が後宮女官になるの!? うそだ、私の方が可愛いのに!」

 何を言うのかと苦笑いする龍の前で、明鈴は水に濡れた顔を拭い、髪をきれいに横に分けた。

 龍が、驚いて顔を硬直させる。

 そこには、たしかに現代風にあでやかな美女が立っていた。

「明鈴、うそだ」

「うそなもんか。さあ、あたいを側に置く約束だよ。あたいも宮中に入る。あたいも、後宮女官になって、着飾るんだ」

 龍は、ただただ呆然と、頷くばかりであった。

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