一日限定片想い。
「――好きなの」
体育館の角を曲がろうとした俺に、聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえてきた。
「……は?」
この角を曲がれば体育館裏。そこから聞こえた、今の台詞。それらがイコールで繋がる先は、誰だって分かるだろう。
――そう、『告白』だ。
普通なら、こういう場面に遭遇したときの人間の行動は限られてくる。つまり、そそくさとその場を後にするか、好奇心に負けてこっそりと覗き見するか。自慢じゃないが、普段の俺なら選択する行動は後者であると断言出来る。
しかし、俺は好奇心なんて微塵も抱けやしなかった。
好きなの、と聞こえた少女の声は、俺のよく知るものだったから。
そして、
「……ああ、僕もだ」
その少女の言葉に返された声も、俺が幼稚園児の頃から知っている奴のものだったから。
俺は今の状況に対してちょっと理解が追い付かなくて、何度かゆっくりと瞬きをした後に踵を返した。
紙屑とか、とにかく色々なごみでパンパンに膨れた白いごみ袋を背負い直し、俺は季節外れのサンタクロースになる。ぼーっとした思考の中で、ごみ捨て場は体育館裏にあるのにコレどうしよう、と思った。
――幼馴染みの夏蓮と秋人が恋人同士という関係になったのは、文化祭前日、六月九日のことだった。
一日限定片想い。
「お帰り望月ぃー、って何アンタまだサンタやってるの?」
思考が回らないまま自分のクラスに蜻蛉返りすると、文化祭の準備で騒がしい午後の教室の中から三人目の幼馴染みである春乃がそう声を掛けてきた。
「おい、ちょっと。無視はないんじゃないの無視は」
彼女に返事をするのが億劫だった俺は、無言で教室の隅に追いやられた自分の席まで歩み寄る。春乃は俺の態度にムッとしたらしく眉を吊り上げた。
だがすまん、ちょっと一人にしてくれ。机に突っ伏して、寝て、目を覚まして、そしたらあの二人には何も無くて――つまり、先程のあれを夢にしたいんだ俺は。
ごみ袋を無造作に床に放り投げ、同じく隅に追いやられている周りの机を退かすと俺は自分の席に座った。そしたら頭は急降下、机の上に設置済みの腕枕に頬を押し付ける。
「ちょっと望月、寝るの? 今授業中だよ」
瞼を落とした俺に、クソ真面目な春乃は多少慌てたような声を上げる。
「授業中っつったって、文化祭の準備だし。つか、俺なんていてもいなくても変わんないだろ」
春乃の声にちょっと心配の色が混ざっていた気がして、俺は一応それだけを返した。
「……まぁね。望月ほど役に立たない人間は珍しいから。ごみも真面に捨てて来れないし」
「……かなり不本意だが認めてやる」
「……何でごみちゃんと捨てて来なかったんだよ。まさか、ごみ捨て場が分からないとかそんな馬鹿な理由じゃないでしょ。もう二年なのに」
「当たり前だろ」
俺の席の横に立って話続ける春乃に短くも返事を返す。が、その他愛もない話が数分続いたところでピタリと止まった。春乃が言葉を発しなくなったのだ。
春乃が離れていったのかな、と思ったが、彼女の気配はまだ横にある。俺は不思議に思って、上体を起こすと彼女を見た。
春乃は眉を寄せ、難しい顔をしていた。童顔だからか、そんな顔をしていても小動物っぽい。
彼女の瞳があまりに真剣だったので、どうした、そう訊こうとしたときだった。
机が隅に押しやられた為に開けた教室の中央から、俺の友人が寄ってきた。
砂糖……じゃない、佐藤という名字のコイツは高校からの友人だ。
「何だよ望月、寝んじゃねーよ。手伝えることあるだろ」
佐藤は四角い眼鏡を指で押し上げてから、怒った風な口調を作って言った。
「良かったね望月。役立たずのお前でも出来ることがあるってさ」
「お前はちと黙ってろ春乃」
春乃を一瞥してから佐藤に向き合い、
「で? 手伝えることって?」
「いや、今から中庭にテント出すからさ……って望月、お前、何か顔悪いぞ?」
佐藤は顎に手を当てて目を細めた。訝しそうにする表情はアホ面の彼には似合わなかった。
「顔色でしょ。でも、それ、あたしも思った。しかも、聞いてよ佐藤。幾ら望月を貶してもキレのある突っ込みが今日は出ないんだよ」
「いや、今突っ込んでただろ。『お前はちと黙ってろ春乃』って」
「それは違うよ佐藤、分かってないよ佐藤」
「別に二回言わなくていいぞ春乃ちゃん」
「キレのある突っ込みっていうのは、例えば、『何でやねん!』とかだよ」
「……」
「え、何、何で黙るのさシュガー」
「ジャガーみたいに言うな」
「ジャガバター食いてー」
「ジャガーは動物だ馬鹿」
俺の座る横では、幼馴染みの少女と眼鏡の友人が終わりの無さそうな会話を続けている。よく息切れしないな。
「全国の佐藤さん逃げて下さい!」
どんな会話をしたらそんな台詞が出てくるのか分からないが、佐藤がそう叫んだとき、俺は本当に一人になりたくて席を立った。
だが、手首を春乃に掴まれてあえなく教室脱出作戦は失敗に陥る。
「……何だ」
「何だじゃないよ。何か望月、本当に変。ごみ出しから帰ってきてからだよね。何かあったんでしょ」
――言えるものか、俺は咄嗟にそう思った。
俺と、春乃、夏蓮、秋人は幼稚園の頃からの幼馴染みだ。腐れ縁というヤツだろう、同じ高校に進学した。正直言えば、まぁ、俺はそれが嬉しかった。
そして俺は、春乃が秋人のことを好きなのを知っていた。確か、中学の頃からだと思う。何となく察していた。
だから、彼女には言えない。夏蓮と秋人がくっついた、なんて。勿論、いつかは分かってしまうと思う。だけど、俺の口からは言いたくない。それは多分、俺は自他共に認めるヘタレだから彼女の悲しむ顔を見たくないだけなのだろうけど。
そして俺の方はと言えば、何故だかさっきから苛立って仕方がない。早く一人にならないと、春乃や佐藤に当たってしまいそうだ。
「……ごみ捨て場に行ってから、か」
ポツリ、と春乃は呟いてから、
「……もしかして、体育館裏にあるごみ捨て場で、誰かの告白現場――いや、夏蓮と秋人の告白現場見ちゃったとか?」
「……は?」
おいおいおいおい、春乃、お前はエスパーか。
「だって、夏蓮と秋人、体育館の装飾やってる先生に用があるとか言って教室出ていったけど、遅過ぎじゃない? もう三十分も経つよ」
「ちょ、ちょっと待て春乃。お前、夏蓮と秋人のこと知って……?」
訊くと、彼女は一度俯いたがすぐに顔を上げた。そこには作った苦笑が張り付いていた。
「何となくね。最近二人、仲いいなって。――でも、やっぱり、そうなんだ。二人共、恋人同士になったのか」
あっ、と俺は声を上げた。春乃に知られてしまったじゃないか。もう少しの間くらい、誤魔化すことは出来なかったのか。
だが、それを考えてももう遅い。俺は黙って小さく首肯した。
「……お互い大変だね、望月」
だが、瞳を同情の色に染めて言われた春乃の言葉に俺は目が点になった。
「……は?」
「……え? いやだから、あたしが秋人のこと好きなの気付いてるでしょ?」
「ああ、まぁ、それは……気付いてる、けど。『お互い』大変、って何だ?」
春乃はぱちぱちと瞼を瞬かせた後、驚いたように言った。
「だって、望月、夏蓮のこと好きだったんでしょ? 自分の気持ちに気付いてなかったの?」
◆
その日の帰り道、JRの電車の中で、佐藤が渋い顔をして俺を見ていた。
因みに春乃はまだ学校に残っている。帰宅部の俺と違って彼女は文化部なので、明日の文化祭に備えないといけないのだそうだ。
「意味もなく眉間に皺を刻むな、キモい」
文化祭の準備でいつもとは違う時間に帰るからだろう、電車の中は空いていて余裕で席を確保出来た。俺は隣に座る佐藤を睨み付ける。
「キモいとか言うなよ、これでも心配してんだからさ」
眼鏡の奥で佐藤も睨み付けるように目を細め、溜め息をついた。
「他の野郎とくっついちゃうまで好きなことに気付かないなんて、お前は本当ガキだよ望月」
「……ッ」
心底呆れた、といった様な佐藤の言葉に反論しようと口を開くが、結局何も思い付かず、俺は大人しく口を噤んだ。
――夏蓮のことが好きなんでしょ?
春乃にそう言われたとき、彼女の言葉はすとんと胸に落ちて、あっさりと俺はその事実を受け入れることが出来た。
まぁ、俺的には、恋ってそういうもんなんだと思う。あるときふと気付くもの。まるで忘れ物を思い出したときのような感じだ。他の人には他の人なりの恋の定義とかありそうだけど。って、恋の定義って何だ。英語にするとラブ・ディフィニション? 訳分かんねぇ。いや、俺が訳分かんねぇ。
夏蓮のことが何時から好きだったのかは分からない。正直言えば分かりたくもない――が、一応今日からってことにしておこう。春乃に指摘されるまでは、彼女のことを親友で幼馴染みだと信じて疑わなかったんだし。
「……失恋ってさ、辛いよな」
ふと、隣の席から、ポツリと呟きが漏れた。
それは俺に言っているのかどうか分からなかったけれど、何となく誰かと話していたい気がして言葉を返す。
「……いや、思ってたよりかは全然辛くないな。ま、現実感が湧かないだけかもしんねぇけど」
「タフだなー、俺なんか失恋すると結構落ち込むけど」
「佐藤は恋し過ぎなんだよ。幾ら何でも一ヶ月に三回フられたら自信無くすだろ」
佐藤は何を隠そう、恋多き男である。ただ、誰でもいいっていうタイプじゃなくて、違う恋への切り替えが早いだけっぽいが。その点で言えば、俺より佐藤の方がよっぽどタフである。
横に目をやると、佐藤は首を捻って後ろの窓からすっかり暗くなった空を眺めていた。そういう仕草が一々ウザいんだが、俺は空気を呼んで話を続けた。
「……まぁ、失恋なんてこんなもんだろ」
気付いたら失っている。それが俺の失恋だ。――改めて考えたら、めっちゃ悲惨な失恋だなコレ。しかも失ってからも成長する気配がまるでない。
「……俺ってダメ人間なのかも」
「どうした望月!? 失恋一つでまさか真実に到達したのか!?」
「……せめて否定くらいしてくれ……」
言ったの俺だけどさ。俺なんだけどさ。
膝の上に置いたスクールバッグを上半身で押し潰し、俺は項垂れた。
「でもさ、望月はまだいーじゃん。家に帰ったら妹いんだろ? 俺の家は男三兄弟だからムサくて仕方ねぇし」
いや、待て。待ってくれ佐藤。お前は妹というものに夢を持ち過ぎだ。言っておくがツンデレなんて単語とも無縁だぞ。
「佐藤。それは間違いだ。俺が家に帰っても、
『お帰り愛しの兄さん』
『ただいま我が愛しの妹よ』
『ねぇ、兄さん』
『何だ我が愛しの妹よ』
『金くれ』
という会話が交わされるだけだ。残念だったな」
「『金貸せ』じゃない辺りが妙にリアルだな」
「当たり前だ。返金なんて言葉は妹の辞書には存在しない」
俺がそう断言したとき、電車が駅で止まった。何時もより停車時の揺れが大きい気がして、俺は足に力を入れて軽く踏ん張る。
プシュー、という気の抜ける音と共に右斜め前の扉がスライドした。
「じゃーな、明日の文化祭頑張ろーぜ。まぁ、明日一日くらいはまだ好きでも良いんじゃねーの」
佐藤は億劫そうに席を立つと、乱暴にバッグを手に引っ掛けて電車を降りていった。
やがて扉が閉まり、再び電車が動き出す。その時にはもう、駅のホームに佐藤の姿は無かった。
――まぁ、明日一日くらいはまだ好きでも良いんじゃねーの。
話し相手がいなくなってやることもなく、寝ようとして顔を伏せると、先程の佐藤の言葉が脳裏を漂う。
明日、つまり文化祭の日くらいは、失恋したことなど忘れて片想い気分で学校行事を楽しめということだろうか。とにもかくにもあの友人は、俺が夏蓮を秋人から奪うという何とも男前(?)な選択肢を選ばないことが分かっているようだった。何度も述べるが、俺は自他共に認めるヘタレである。
佐藤が降りた駅から乗ってきた数人の乗客の中には、隣町の高校の制服を着た少年もいた。彼は先程まで佐藤の座っていた場所――つまり俺の隣――に腰を下ろして読書を始めた。どうでもいいけど、揺れる乗り物の中でよく読書なんか出来るな。
それから次の駅で沢山の人が電車内に押し込まれる。俺の前に立ったのは重そうな荷物を持ったお婆さんだった。だが、俺は意識の半分以上を眠気に侵食されていて、それに気付くことが出来なかった。
気付いたのは、隣の少年が本を閉じて立ち上がり、お婆さんに席を譲ったときだった。少年は何も言わずに席を立ち、滑らかに人混みを摺り抜けて隣の車両へと消えていった。お婆さんはそれが彼の気遣いだと気付けたようで、表情を綻ばせながら空いた席にゆっくりと座った。
少年が無言だったのは、年寄り扱いされることに納得出来ないお年寄りだった時の為だろうか。
そんなことを考えながらも、何だかこの場所は酷く居心地が悪くて、俺も隣の車両に行きたくて仕方なかった。お婆さんに気付かなかったのだから今回は席を譲れなくても仕方ない、そう思って一件落着、というのがこういう場合の何時ものパターンなのに、今日は何故か情けない惨めな気分になった。
席を立とうとしても、眼前には人、人、人。余裕のあるスペースなんて無い。今立ち上がったら余計迷惑になりそうだ。次の駅に停まるまで我慢するしかない。
ガタンゴトン、という電車の音が何時もよりやけに大きく聞こえる度、心を空虚感が支配していくような錯覚に囚われた。
◆
駅からの帰り道、現在の時間を確かめようと携帯を開いた。
午後7時32分。文化祭の準備は早く終わったと思っていたが、案外そうでもなかった。
「……早く帰ろ」
俺は携帯を閉じて、けれどふと思い立ってもう一度携帯画面を開いた。
「げっ」
何となく見てみた星座占いで、俺の射手座は素晴らしくも12位だった。
「……別にいいけどね、今日もう終わるし」
星座占いに対抗するように独り言を呟いてみる。虚しいだけだった。
一応確認してみると、ラッキーアイテムは『蝗の佃煮』。持ってる訳ないし持ってても食べられないし、何より今から運がアップしても既に今更だった。
我ながら俺って馬鹿だなぁ、これでも定期試験の順位は毎回一桁なんだけど。電車では消化不良となった眠気が振り返してきた思考でそんなことを考えながら住宅街の歩道を歩く。
やがて、真っ直ぐ前を向くと、車のライトに照らされた愛しの我が家が見えた。
「明日――しょう、それで――デートしましょ」
「いきなり? でも、楽しそうだね。――となら何処でも――」
そんな、途切れ途切れの声が聞こえたのは、自分の家への恋しさから俺が歩く足を早めたときだった。
突然だが、俺と春乃と夏蓮と秋人の四人は、幼稚園児の頃からの幼馴染みであって家も近い。俺の隣の家は夏蓮の家であり、通りを挟んで向かいは春乃、その隣が秋人だ。
声は夏蓮の家の前から聞こえた。因みにここから俺の家へは、夏蓮の家の前を通らないと帰れない。そして、声の主は紛れもなく夏蓮と秋人だった。それに、何だか今、俺の精神的に聞いちゃいけない単語を聞いた気がする。例えば、デートとかデートとかデートとか。
俺は無言で踵を返し、遠回りをして帰ることにした。
俺は自他共に認めるヘタレ以下省略。今、彼らの前に出る勇気は流石に無かった。
「くそっ、恨むぞ射手座ぁ……!」
◆
翌日、文化祭当日。
俺達幼馴染みのいる二年E組はかき氷店を出すことになっている。俺は祭に行ったら必ずかき氷は食べる派だからそれに文句などあろう筈もないが、一つだけ致命的に頂けない部分があった。
「忘れてた……」
教室棟と特別棟の間にある中庭に設置された白いテントの中で、俺は片手で顔を覆っていた。
時刻は正午少し過ぎ。隣のテントではカレーライスが飛ぶように売れている。
カレーと違って、かき氷には売れるピークの時間帯というものがそれほどないのか、午前中から今もずっと同じペースで売れていたようだ。伝聞系なのは、午前中は俺にはクラスの仕事がなかったからだ。その間は数人の友人と出し物を回って、二年A組のお化け屋敷では逆にお化け役の奴を驚かしてやったりとかなりやんちゃなこともしたが、楽しかったのは間違いない。秋人が午前中はクラスの方に行かなければならなくて、彼と回ることがなかったのも幸いしたのだろう。
当たり前かもしれないが、今日は皆何かと忙しく、俺は夏蓮や秋人とは挨拶もしていない。夏蓮は生徒会、秋人は部活に入っているので、家を出る時間の早い二人とは家が近いといっても登校が一緒になることはなかった。
春乃とは朝、昇降口で会って少し話をしたが、やはり話題といえば恋人同士になった幼馴染み二人のことで。必死に隠してはいるようだけど、俺にはバレバレな目元の赤い腫れが痛々しくて、俺は彼女に友人からの受け売りを言った。
『今日くらいはさ、失恋したこと忘れて楽しんで良いんじゃねーか? 片想い気分でいたって罰は当たんねぇだろ』
春乃は小さく噴き出して、
『何それ。じゃあ、昨日夏蓮への気持ちに気付いた望月は、「一日限定の片想い」ってこと?』
『まぁな。出来っかどうか分かんねぇけど、今日が終わったら失恋したこともアイツ等がくっついたことも全部きっぱり割り切るつもりだ』
『……そっか。――てか、次失恋って単語出したら殺すぞタコ』
先程の態度とは一転、絶対零度の眼差しで睨まれて、彼女との会話は終わった。
そんな午前を経て今に至る訳だが、一日限定片想い中の俺に思わぬ、というか忘れていた窮地がやってきていた。
組み立て式長テーブルの前のパイプ椅子に座りながら、俺はカウンターテーブルでかき氷にシロップを掛けている少女を一瞥する。
そして、小さく溜め息をついた。
春乃とは対照的な長い髪、俺より数センチ低いだけの女子にしては高い背丈。こちらに背を向けているから顔は見えないが、そこには何処ぞのモデルよりも綺麗な美人顔があることを俺は知っている。
なまじ容姿が素晴らしく良いから、告白とかも沢山受けている彼女だが、誰かと付き合ったことは一切なかった。何故だろうとは思っていたが、それがずっと前から秋人のことが好きだったから、ならば辻褄が合う。
「……クラスの仕事、夏蓮と同じ時間なの忘れてた……」
そう。それが現在の俺の危機である。
まず夏蓮の顔を見ることが出来ないし、事務的な話さえも出来ない。――どうするよ、俺!
他のクラスメイトは切れかけの氷を補充する為にそれを取りに行っているから、今はテントの中に二人っきりだ。流石に気まずい。
再度溜め息をついたとき、ちょうど客の列が途切れたのか、夏蓮が振り返った。
「ちょっとモッチー、休んでないで氷削ってよ」
モッチー、とは彼女しか呼ばない俺の渾名だ。何かと猿を連想させる感じだから俺自身はあまり好きじゃないが。由来は名前が『望月』だから。以上。
「え、ああ、ごめん」
俺は彼女と目を合わせずにそれだけを言って、眼前の長テーブルに鎮座するかき氷作り機の横手に付いたハンドルを握った。
手を動かすと、ガリガリガリガリという音が流れ出した。上部分のボックスに入れた氷が削れて砂時計みたいに下に落ち、それを発泡スチロールのカップが受け止めていく。
「ねぇ、モッチー」
「……何」
「何か今日、変じゃない?」
ガリガリガリガリ。
「変って、何が?」
「モッチーが」
即答ですか、そうですか。うん、確かに、今の俺はお前から見たら変だろうさ、変だろうとも。
ガリガリガリガリ。俺はハンドルを回し続ける。
「……気のせいじゃね?」
「違うわよ。モッチー、いつも学校行事の日は五月蝿いもの」
「い、いつもではねぇよ」
「否定するトコそこなの?」
ガリガリガリガリ。
「つか、今日も十分馬鹿やってきたっていうか……」
「ああ、確かA組のお化け屋敷でふざけちゃったんだっけ?」
「何で知ってんの!?」
噂は早いな、と思いながらも吃驚して顔を上げる。それでやっと、俺は夏蓮と目を合わせた。
彼女はにんまりと怪し気な笑みを浮かべ、
「やっとコッチ見たわね。何で今日、私のこと避けてるのよ」
どうやら、あまり露骨にではないものの、彼女と話すことを極力避けていたのはバレていたらしい。
というか、そういうこと聞いちゃうのか。コッチはいつお前から秋人と付き合いました報告をされるのか不安で仕方ないというのに。今日一日だけは失恋したことを忘れて夏蓮と普通に接したかったが、それが少し怖くてどうしても避けてしまうのだ。
まさか本当のことを言う訳にはいかなくて、俺は黙り込んだ。ゆっくりとハンドルから手を離す。
「ちょっと――」
沈黙に耐えあぐねた夏蓮がやや苛ついた声を出した――その時。
「オイ」
彼女の背後、カウンターの向こうから、ガタイの良い大男が重低音を発した。客だ。
夏蓮は慌てて振り返って、
「す、すいません」
ぺこりと頭を下げる。
「苺、一個」
鋭い三白眼に金髪、シャツの胸元からちらりと見える青いタトュー。それだけでも結構な迫力があるというのに、
「何個空いてんだよ……」
俺は思わず小さな声で呟いてしまった。
ざっと数えて、耳に五つずつ、左の瞼に三つ、鼻に二つ、唇に一つ、ピアスがぶら下がっている。しかも、それだけでは飽きたらず、先程かき氷の注文の為に開いた口からは舌に二つのピアスが付いているのが見えた。計十八個のピアスとその為の穴。何でこんな奴がウチの高校の文化祭に来てるのか全く分からない。顔は明らか成人で、他校の生徒でもないだろう。
つか、こんな奴がかき氷食うってどうだよ。しかも味は苺って。せめてコーラかペプシかブルーハワイだろ。どうでもいいけどコーラとペプシの違いって何だ。つかまずペプシって何だ。馬鹿か、ペプシは飲み物だよ、コーラだよ。――あれ?
妙な悟りを開いて、世界って分からないことだらけだな、と考えながら、俺はかき氷作り機の下から先程削った氷の入ったカップを取り出して夏蓮に手渡した。
夏蓮はそれにシロップを掛け、客の男に差し出した。
「お待たせ致しました。百円になります」
彼女が百円を受け取って――それから、空のカップをかき氷作り機にセットしていた俺は違和感に気付いた。
「……あれ? 夏蓮お前、今何のシロップ掛けた?」
「え?」
俺がかき氷作り機のハンドルに手を伸ばしながら訊くと、夏蓮は首だけで振り向いてきょとんとした。
だが、そのとき、夏蓮の身体が引っ張られて僅かだけ宙に浮いた。
「きゃあっ!?」
「――!?」
見れば、スプーン状にしたストローを口にくわえたピアス男がカウンターを間に挟んだ状態のまま夏蓮の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。
夏蓮は長テーブルに片手をつき、苦しそうに表情を歪める。彼女の爪先は地面についていなかった。
突然のことに、俺は状況を把握出来ず、足が地面に、上半身がパイプ椅子に縛り付けられてしまう。
中庭にいる人々もざわざわと困惑し始めた。
大男は唾を吐くようにストロースプーンを吐き捨てると、夏蓮を至近距離で睨み付けた。
「俺が頼んだのはこれじゃねぇ!!」
男は叫んで、赤いシロップの掛かったかき氷を持っている右手を振りかぶった。
「――ッ!」
「はぁ!?」
声を上げたのは俺だった。男がかき氷を頭から夏蓮に掛けたのを見て、唖然としてしまったのだ。
何してんだアイツ!? 薬でもやってんのか!?
ガリガリガリガリ。場が数秒だけ静まり返る中、何故か、かき氷作り機のハンドルを握った俺の手が勝手に動いていた。
夏蓮は俺とは違う方向に唖然としているらしく、頭から被ったかき氷が口に入って、
「……あ、ピーチ……」
と呟いていた。
「ざけんなよこのアマ!」
男は未だに夏蓮の胸元を掴んでいる。
「ご、ごめんなさい。今すぐ作り直しますから……」
氷を掛けられたのだ、寒さから夏蓮の身体が微かに震え始めた。それでも彼女は慌てて謝る。
「それだけで済むと思ってんじゃねぇよ、金返せ」
ドスの効いた声が鼓膜を震わした次の瞬間、俺は新たに出来たシロップ無しのかき氷を持って立ち上がった。
「あん?」
ガタンッ、という椅子の足がコンクリートの地面を擦った音に、男がこちらに首を巡らせる。
つかつかと夏蓮の隣に歩み寄った俺は、手に持ったかき氷を男の頭にぶっかけた。
「……な」
「も、モッチー……?」
柄の悪い大男と女子高生の間に起こったハプニングにざわざわと騒がしかった中庭が、俺の行動でしんと静まり返る。
俺は真正面から男を見ると、
「お待たせいたしました。苺シロップ無しですみません」
空になったかき氷のカップをカウンターに置いて、口端を吊り上げながら言った。
「テメッ……!」
男がかき氷の冷たさに怯み、怒りで冷静さを失った隙をついて、俺は夏蓮のブレザーの襟首を掴んで引っ張った。
「あわっ」
彼女は素っ頓狂な声を上げて男から距離を取った。
夏蓮が動く度、氷とシロップで濡れた制服がビチャビチャと音を立てる。
「シロップ間違えたくらいでそんなピリピリしないで下さいよ。しかも彼女はもう謝りました、これ以上何かするのは止めて貰えますか。それと、貴方今、苛々してます? あれですか、八つ当たりですか?」
俺はやんわりと微笑みながら、極めて感情を乗せない声で話す。
正直、今自分が何を言っているのか分からなかった。中庭にいる人々はマジモノの喧嘩の予感を感じて不安になっているが、そんな状況を把握する余裕は残念ながら今の俺には無い。
つか、本当にマジで何やってんだ俺。殴り合いとかになったら勝てる気しねぇぞ。数秒でボコボコにされるなやベーなどうしよう。いや、ボコボコじゃ済まないだろコレ。良くて停学、最悪退学か? うわーヤダな。少年院? それは勘弁してくれよ。
でも仕方無いだろ、気付いたら身体が勝手に動いてたんだから。しかも未だに俺の口は止まってくれないし。
「八つ当たりなんて、格好悪いですよ――」
俺はこれが止めとばかり、最高の笑顔を作った。
「――オジサン」
ビキ、という何かが罅割れる音が聞こえた。見れば、男の蟀谷には太い青筋が浮かんでいる。
「テメェ……もう一度言ってみろ」
「あれ、聞いてませんでした? 八つ当たりは格好悪いって言ったんですよ、オジサン」
二度言われた言葉に、男の身体が怒りでぶるぶると震える。中庭の野次馬達はそんな男の様子にかき氷店から距離を取り始めた。
「ちょっと、モッチー……ッ」
心配そうな夏蓮の声を背中で受け止めて、俺はひっそりと脂汗を流した。
今の心境としては『俺の高校生活オワター(笑)』といった感じだが、そこは流石俺=ヘタレ。不敵な表情のポーカーフェイス――つまり表側だけは崩れない。
でもまぁ、何とかなるだろ。勝てる可能性が一%もない喧嘩は『喧嘩』とは言わない。そりゃ『暴行』か『リンチ』だ。そして今はまだ、喧嘩の範囲を保っていた。
――この喧嘩に勝つ可能性は、まだある。
「ふざけてんじゃねぇぞクソガキャア!!」
据わった目付きになった男が、ブンッ、と勢い良く右拳を振り上げた。
くそ、一発は喰らうか。本当マジ早く来いよアイツ。俺から夏蓮奪ったんだからちったあ埋め合わせしろっつーの。
男の拳は物凄いスピードを乗せて俺の顔面に迫ってくる。カウンターテーブルがあることなど意に介さず、長い腕が俺との距離を詰めるように伸びてきた。
潔く観念して、俺は目を閉じた。自分から後ろに飛んで痛みと被害を軽減する方法は瞬時に頭に浮かんだが、殴るモーションに入ってからじゃそんな超人的な指令は足に送れないので、瞼を下ろすだけが精一杯だった。それはまだいいとして、腕で頭を庇うことすら出来ないのはちょっと悔しい。
このパンチは頬にクリーンヒットするだろうが、次殴られたときは何が何でも歯で受け止めて相手の拳に怪我負わせてやる、という負け犬なりの覚悟をする。負け犬には負け犬の意地があるのだ。
だが、その覚悟と意地は無駄になることになる。
目を閉じてから数秒経ったが、顔への衝撃が全く無いのだ。
その理由は分かっていた。アイツ――秋人が来てくれたのだろう。
ゆっくりと瞼を押し上げると、男の拳は鼻先数センチの位置で止まっていた。思っていたよりも近くて一瞬ビクリとした。
男の右手首を掴んでいる手が拳を止めていた。かなりの握力を込めているのだろう、俺の救世主となったその手は小さく震えていた。
それを辿って自分の隣を見てみれば、ムカつくぐらいにさらっさらの黒髪と、それに似合わないガタイの良い身体とスポーツ少年然とした顔がある。俺の幼馴染み、秋人だった。
しかし、殴られる前に来てくれたのは嬉しいが、何か良いタイミングで来たな。どこぞの漫画のシーンだコレは。
「……ッ」
ピアス男は顔を歪めて秋人の手を振りほどいた。
秋人は、おっと、と声を上げてから簡単に男の腕を離し、肩から下げていた大型のクーラーボックスを地面に下ろした。
「はい望月、氷」
「ああ、あんがと」
「っていうか凄い状況になってるね。ヘタレの望月がキレるなんて珍しい」
秋人はびしょ濡れになった夏蓮を一瞥して言った。恋人のあんな姿目にしたら普通怒ると思うのだが、秋人は思ったより平静を保っている。それが気になったが、それよりも、
「ちょっと待て。お前何で俺がキレたこと知ってる?」
この際、取り敢えずヘタレと言われたことはスルーして訊ねる。
「……夏蓮の姿見たら凄いことになってるし、何か望月がキレてこうなったのかなって思ってさ……」
「ふざけんなテメェ。そんな連想出来るほどお前の頭は出来ちゃいねぇだろ」
「そりゃ、テストで毎回一位の望月には負けるよ」
「当たり前だ馬鹿。お前はいつも二百位以下じゃねぇか赤点常習犯が」
畳み掛けるように言うと、秋人は諦めたように呟いた。
「……実は、望月が男にかき氷ぶっかけたとこから見てた」
ふざけんなマジコイツ。シバいてやろうか。
俺は張り付けた笑顔で秋人の肩を叩く。
「そうかそうか秋人、次のテスト勉強は一人で頑張るんだな。いやぁお前も大人になった」
「ちょっ、止めてよそういう冗談は! 心臓に悪いから、そんなことになったら僕普通に零点とるから!」
ぎょっとして叫ぶ秋人。ちょっと涙目になっている。
別に冗談じゃねぇんだけど、まぁ許してやるか。一応殴られるのは阻止してくれた訳だし。
「っていうか望月、僕がここに来ること分かってたでしょ」
「まぁな。氷入りクーラーボックス運べるのお前だけじゃん。佐藤達が秋人を見つけて氷運ぶの頼んで、家庭科室の冷蔵庫からここまで運んでくる時間計算したら間に合うかもな、って。つか佐藤達はどうした?」
「全く、本当に頭良いんだから。――佐藤は『一日限定の片想いを邪魔しちゃいけねぇよ』とか言ってどっか行ったけど。他の皆は苺のシロップ持ってくるって言ってたよ、もう無いから」
苦笑いを引っ込めて、ほら、と秋人がカウンターテーブルを指差す。えっ、と声を上げて夏蓮が苺シロップの入った紙パックを持ち上げた。
「あ、軽いわ。もう無い……」
「何だよ。じゃあピーチと間違えなくても苺のかき氷は作れなかったんじゃねぇか」
夏蓮から受け取った空の紙パックをゴミ箱に放り投げながら、俺はいつの間にか空気になっていたピアス男へと視線を向けた。
「……まだいたんですか、オジサン」
俺の言葉によって再び訪れた緊迫に、秋人の登場で幾らか気が緩んでいた人々はまた顔を強張らせる。
「このッ、ガキャア……」
ひくひくと男の頬が震えた。
「あ、言っておきますがコイツは柔道やってますから」
俺は親指を立てて秋人を指す。
「それと――」
「あたしは空手やってるんだよね」
にゅっ、と俺の背後から顔を出した春乃がニィッと笑って言った。というか、コイツもタイミング見計らって今出てきたなコノヤロウ。
それから俺は地面に置かれたクーラーボックスを目線で示して、
「氷入りのクーラーボックスって、良い凶器になると思いません?」
あは、と綺麗な笑顔で宣う俺に、流石に幼馴染み三人でさえ頬を引き攣らせた。
「……クソがッ」
男は盛大な舌打ちをしてから、俺をガン付けて去っていった。
「……ふぅ」
俺が息を吐いたのを皮切りに、人々の間で安堵の溜め息が漏れる。
「というか、クーラーボックス運べるの秋人だけだから俺は持ち上げることも出来ないし、あっちから手ェ出してきたって言ってもクーラーボックスで殴ったりなんかしたら明らか過剰防衛だけどな。……つか俺、退学かな」
「それは無いでしょ」
春乃が空のカップをかき氷作り機にセットしながら言った。
「望月は学年首席だし、何よりあのピアス男、他のクラスでも暴れてたみたいだから追い返してくれて先生達も万々歳なんじゃない?」
ガリガリガリガリ。ハンドルを回しながらの春乃の言葉は俺にとって秋人よりも救世主になった。
「望月、ペプシ」
ちょっと瞠目するスピードで粉状になった氷が溜まったカップを春乃から受け取り、俺はペプシじゃなくてそれにコーラを掛けた。春乃からは俺の身体が邪魔になってそれは見えていない。
しかし、ぱくっとストロースプーンをくわえた春乃は一言。
「これコーラだよヘタレ」
何で分かるんだよ! お前の舌はあれか、味蕾が壊れてんのか! つか今ヘタレは関係なくね!?
「……それより望月」
秋人がかき氷を食べる春乃の横に立つ。
「夏蓮と保健室言ってきなよ。風邪引かす気?」
「……は?」
いやいやいや、何で俺だよ。普通はお前だろ秋人。恋人なんだから。
だがそれを俺が口に出す前に、夏蓮が俺の腕を掴んだ。
「夏蓮!?」
「付いてきて、モッチー」
学年首席の俺でも意味が分からないまま、俺は有無を言わさず夏蓮に引っ張られていった。
◆
借りたジャージを着て、濡れた制服をビニール袋に入れた夏蓮がカーテンの奥から出てきた。
ここは保健室だが、先生はいなかったので、勝手にジャージを借りた。まぁ、大丈夫だろう。
「……寒くねぇか」
「ええ、大丈夫。……あのさ、モッチー」
「……何」
やばいな、夏蓮と話すとなると変に緊張する。秋人とは普通に話せたからもう大丈夫だと思ったんだが。
「ありがとね」
「は?」
思わぬ言葉に、俯いていた顔を上げて夏蓮を見る。
「『は?』じゃないわ。助けてくれたでしょ」
「……そういうのは秋人に言えよ」
「何でよ。後で秋人にも言うけど、最初に助けてくれたのはモッチーでしょ」
「何でって……」
あー、もう、いつ秋人と付き合ったこと言われるのかってビクビクすんのは疲れた。面倒臭いから俺から言ってしまえ!
「だってお前秋人と付き合ってんだろ!? 昨日体育館裏で告ってたじゃねぇか!」
夏蓮は目を見開いて、
「そんなこと知らな――あっ、もしかして昨日の会話聞いて……」
「そうだよ!」
俺は夏蓮から目を逸らす。とてもじゃないが今彼女の顔を見ることは出来なかった。
だが、夏蓮はさぞ呆れたように溜め息をつく。
「……あのねモッチー、それは誤解だわ」
「へ?」
きょとんとして夏蓮を見た俺に、夏蓮は話し出した。
最近、俺と春乃が仲良いのに不安になって秋人に相談したこと。そうしたら秋人は春乃が好きだと分かったこと。二人は今日それぞれの想い人に告白する為に昨日お互いを勇気付けていたこと。あの時体育館裏で交わされた会話は、『どうしても、(モッチーが)好きなの』『……ああ、僕も(春乃が好き)だ』『……頑張りましょ、明日』『うん。お互い良い結果だといいね』だったこと。
ちょっと待て、ってことはアレか、夏蓮は俺のことを好きなのか? 今頃春乃も上手くいってんのかな。色々と思うところはあるが取り敢えず、
「お前ら紛らわしい会話すんなや! 昨日の夜もデートとか言ってた癖に!」
「それも聞いてたの!? それは、春乃と秋人、私と望月でダブルデートしたら楽しそうって話してただけよ!」
「……」
真相が全て分かって、俺の身体から力が抜けた。
へたへたと床に座り込む。
「ちょ、モッチー?」
「マジかよ、本当に『一日限定片想い』じゃねぇか」
「は?」
「バットエンドじゃなくてハッピーエンドだけどな」
俺は顔を上げて夏蓮を見上げると、
「ごめん。俺も好きだわお前のこと」
「……告白までヘタレだとは思わなかったわ」
「うっせ」
軽口を叩き合いながら、俺達は笑った。夏蓮は泣き笑いだったけど。
こうして俺の『一日限定片想い』は、『両想い』となって幕を閉じた。
一日限定片想い。
後日、春乃や秋人とダブルデートをしたとき夏蓮にこの話をして、彼女は小学生の頃から俺のことが好きだったと知ったのは別の話。あと、文化祭の日に佐藤がC組の女子にフラれたのもまた、別の話である。
「恋に時間は関係ねぇよ。それが俺のラブ・ディフィニションだ」
「何訳分かんないこと言ってんのよモッチー」
読んで下さりありがとうございました!
満足のいく出来には残念ながら程遠いですが、愛はあります←
こんなのでも楽しんでくれたら有難いです。