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転校生

倭国神代記(弥生編)の続編ですが、本作だけでも楽しめるように書くつもりです。一応、本伝ですから。

実力不足がたたる部分も多分にあると思いますが、暇な方は今作からでもよろしくおねがいします。

あと、とんでもなく書くペースは遅い(月1すらきびしいかもしれません)と思います。前作と違い、書きだめがありませんので。重ね重ねご容赦願います。

 安眠を妨害するように騒音が鳴り響く。騒音の主は枕元に置いた目覚まし時計。それはひねらないと止まらない型だったが、うなり声を上げながら少年は慣れた手つきで簡単に時計を止める。

 数分後、少年は布団から跳び起きた。時計を慌てて見る。すでに八時三十分を回っている。

 少年「やっちまった」

 日頃はぎりぎりまで寝てはいても、寝坊だけはしない様にしていた。しかし、少年は前日夜更かししたのが原因で、今日は起きる事が出来なかった。

 少年「もう、どうやっても間に合わねぇな」

 八時三十分までに登校しないといけない高校に通いながら、同時刻に起きてしまった少年の名はイブキ シンム。黒髪の短髪で、くせ毛がきつく、筋肉は見事に鍛えられ、身長は高くもなく、低くもない。顔も決して美形ではないが、侮男と言うわけでもない。

 三階建ての賃貸アパートでシンムが一人暮らしをするようになって、すでに一年と七ヶ月が経っていた。高校受験の際、シンムは剣道のためにこの島の高校を選んだ。

 太平洋上に浮かぶ倭国(わこく)の島、尾野頃島(おのごろとう)。島は車で走れば一時間程で一周する位の大きさだった。その中央付近にシンムの通う八尋高校(やひろこうこう)はあった。

 八尋高校(やひろこうこう)は、生徒が九百人程と多く、服装は学校指定の学生服があり、特に女子の着る服装はこの高校を卒業した有名人が作ったらしく、かわいいと評判だった。

 八尋高校(やひろこうこう)には戦前からあるという図書館があり、高校の校舎とは二階の渡り廊下で結ばれていた。図書館は一般に開放されており、結構有名な知識人なんかもよく来ていた。

 今年の春でシンムも二年生になり、渡り廊下の隣に教室がある二年三組の生徒になっていた。


 遅刻したシンムは校門で待ち構えていた教師に叱られた後、席に着いた。家からシンムが通う八尋高校(やひろこうこう)までは歩いて二十分程の距離。但し、シンムがその気になって走れば五分もかからなかった。もっとも、登校で走っていかない日などなかったのだが。


 授業が始まると、シンムは教科書に隠れて、眠りに着く。そんな日々を送っているから当然なのだが、シンムの成績はお世辞でも良いとはいえなかった。その上、本人はまったく気に止めておらず、友人の一人とテストの度にどちらがより悪かったかを比べている位だった。


 昼休み。外では十時過ぎ位から激しく降り出した雨が音を立てている。昼食を終え、特にする事もないシンムは友人に誘われて図書館にやって来ていた。

 誘った友人は図書館に来るなり、一人で本を探しに行った。読書に興味がないシンムは目的もなく本棚を眺めていた。そして、一冊の古書を見つけた。

 この図書館にあったほとんどの古書は大事に保管され、いくつもの手続きを通さないと読む事が出来ない。但し、一部の古書は図書館内にかぎり、一般人でも読む事が許されていた。それを誰かが返却し忘れたのだろうと思い、シンムは手に取った。その古書の表紙には「倭国神代記(わこくかむよき)」と、裏には「フツヌシ タケヒコ」と、書かれていた。さして、興味もなさそうな題だったため、シンムは中身を見る事もなく、すぐに図書館の係員の下へと届けた。

 シンム「これ、出しっ放しになってたぜ」

 忙しそうに何かをしている係員は、事務的に「そこに置いといて下さい」と答えた。

 シンム「それでいいのかよ!」

 思わずシンムは大声を出した。静かな図書館内ゆえにシンムの声が響き渡り、人によっては「黙れ」といった目で睨みつける。それにシンムは気が付きすらせず、カウンターの上に古書を置いて大声で話す。

 シンム「この古書、大事な本なんだろ。だったら、すぐに直さなくていいのかよ」

 何かの作業を中断してシンムに向き習うと、係員はぶすっとした表情を見せた。その表情のまま、シンムが古書を置いたカウンターの上に目を向ける。カウンターの上を、係員はきょろきょろと探しながら「その古書は何処に?」と、疑念を多分に含んだ言葉を口にした。

 シンム「ここに置いただろ」

 古書を置いたカウンターの上をシンムは指差すが、そこには何もなかった。

 シンム「いつの間にか……誰かが持って行ったのか?」

 機嫌悪そうに、係員は睨んでから作業に戻った。

 シンム「冷やかしじゃねぇ!」

 更に大声で何かを言おうとしたシンムだが、騒動を聞きつけてやって来た友人に背中の服を引っ張られて、図書館を後にした。

 放課後、シンムは剣道の道場へと足を運んだ。

 道場の主はシンムの伯父である。剣の道を目指す者なら知らない人はいないと言われるほどの達人だった。

 中学校の時から通い続けるシンムは何度も練習試合をしているが、いまだ太刀筋すら視る事は出来ないでいた。

 シンム「今日も伯父さんは留守か?」

 道場主が見つからず、シンムは近くにいた中学校に通う道場生に聞いた。帰って来た答えは「今日は来ていません」だった。

 シンム「ありがとよ。何処行ったか、知ってるか?」

 その道場生は首を捻って「知りません」と答えた。

 今日は久方ぶりに練習試合を申し込むつもりだったシンムは、調子を外される。とはいえ、なにもせずに帰るつもりもない。素振りをしながら、その道場生の練習を見てやる。実は、シンムはこの道場で伯父の次に強い。高校に入ってからは、全国の剣道大会で優勝を繰り返していた。

 シンム「前足の踏み込みが少し甘いぜ」

 年下の道場生に言葉で教えながら、実際に手本をシンムは見せてやる。そうしているうちに、シンムは練習試合を申し込まれた。申し込んだ道場生の後ろにも期待の目を向ける者達がいる。この道場に通う生徒はシンムを入れて全員で十人。結局、今日来ていない三人を除く全員と練習試合をした。そして、本気で戦い、シンムは全員に勝った。


 翌日、シンムはいつものように走って登校した。その際、校門の前に見知らぬ車を見つけた。その車は豪華なリムジンで、執事風の若い男が外からドアを開けると、中から少女が出て来た。

 長い黒髪を後ろで束ね、小顔で瞳が大きく、誰が見てもかわいいと思える少女だった。

 その少女を横目でちらりと見てから、シンムは校舎の方へと走って向かった。その少女はシンムのクラスに転向して来た。

 イヨ「今日より、皆さんと学ぶ事になりましたスメ イヨです。どうか、よろしくお願いします」

 礼儀正しく丁寧に深々と頭を下げたイヨから、シンムは目がなかなか放せなかった。



 転校生の少女イヨの席は教壇から順に数えて廊下側の一番後ろで、シンムの隣になった。

 最初の休み時間、イヨの周りに人だかりが出来る。好奇心満々の者、おせっかいな者、鼻の下を垂らした者などからいろいろな質問を受けているが、イヨは一人一人に丁寧かつ真摯に受け答えする。誰から見ても好感が持てる感じだった。

 授業の開始と共に、イヨの周りにいた人々が各々の席へと戻っていく。

 シンム「今朝、すげぇ高級そうなリムジンから降りて来たけど、スメは金持ちか?」

 授業の教師がドアを開けたのと同じぐらいのタイミングで、シンムはイヨに小声で話しかけた。帰って来たのは無言。何も聞いていないかのようにイヨは教科書を広げる。その姿を見てシンムは「無視かよ」と思いつつも、話を止めた。

 英語の教師の授業が始まる。カナダへ留学した事があるという教師の慌ただしく動かす舌の声が、シンムを眠りへと誘う。


 長い、長い、夢を見た。夢の中でおれは……

 笑っていた。心底楽しそうに。

 怒っていた。辛いことから逃れる様に。

 泣いていた。大事な人達を失ったから。

 刃のない柄を渡された。何かを詫びるかのような、辛そうな表情をした彼女から。そして、それを戦いの前に返した。それしか……何も残せそうになかったから。


 変な体制で眠ったせいか、肩がこったような感覚があって、シンムは目覚めるとすぐに背伸びをした。

 教師「めずらしい人が手を上げたものだ。イブキ君、答えてみたまえ」

 英語の教師が答えられるものなら答えてみろといった目で見ている。生徒で、シンムが手を上げたわけではない事に気付いている者達は笑いを堪えている。

 シンム「質問をもう一回頼むぜ。よく聞こえなかったからよ」

 席から立ち上がったシンムがの言葉を聞いた生徒の中から失笑が漏れる。

 教師「黒板に書いたこの文章を訳したまえ」

 黒板に書かれた英文を、英語の教師がチョークを押し潰しながら指し示す。その英文をシンムは凝視するが、アルファベットが不規則に並んでいる様にしか見えない。

 シンム「それ、米軍の機密暗号か何かか?」

 まったく英文が読めないシンムは思ったままを口にした。二年三組の教室が生徒による笑いと英語の教師の怒声に包まれる。そして、それは授業の終了を告げる音に掻き消される。

 教師「この英文の訳は宿題にする。次までに訳してきなさい、イブキ君」

 慌ただしくノートを閉じ、英語の教師は教室を出て行った。

 授業の終了と同時に、先程の休み時間と同様、イヨの周りに人だかりが出来る。


 昼休み、イヨの周りの人だかりが煩わしくて、シンムは自分の席から逃れ、図書館に来ていた。

 シンム「今日もここかよ……ま、する事もねぇし、寝るか」

 眠ろうと机の上に伏せ込むが不思議とシンムは眠れない。そのため、シンムは図書館の中を見て回った。そして、イヨを見つけた。

 シンム「やっぱ、スメも面倒だったのか? あの人だかり」

 本を読むイヨにシンムは話しかけた。集中して読みふけっているためか、イヨはまったく気付いた様子を見せない。

 シンム「どんな本を読んでんだ?」

 本を読む邪魔をしないように、シンムは背後からちらりと見た。本は古書だった。そして、その古書の中には何も書かれていなかった。

 シンム「白紙……こんな本を必死になって読んでんのか!」

 思わずシンムは大声で叫んだ。そのためかイヨが古書を閉じ、顔を向ける。

 イヨ「シンムさん、この書の事は、忘れて下さい」

 シンム「忘れてくれって……何で?」

 顔を見合わせるなり口にしたイヨの言葉の意味がまったく理解出来ない。突然「忘れて下さい」と、言われても意味が分かるはずもない。質問の答えは帰って来ない。代わりに帰って来た言葉は……

 イヨ「そして、わたしには二度とかかわらないでください」

 シンム「二度とかかわるな?」

 訳が分からずにきょとんとするシンムを余所に、はっとした表情をして、イヨは逃げる様に図書館を後にした。

 古書が机の上に残される。古書には倭国神代記(わこくかむよき)と書かれていた。

 シンム「これ、昨日の古書だよな?」

 少しだけ興味を持って、シンムは白紙だと分かりつつも古書を広げてみた。

 シンム「やっぱ、何も書かれてねぇな」

 白紙の古書をシンムは閉じた。裏にはフツヌシ タケヒコと書かれている。そして、古書を返しに行った。前日と同じ係員は、前日と同様「そこに置いておいて下さい」と言ったので、シンムはカウンターの上に古書を置いて図書館を後にした。

 その日の午後、イヨは教室に現われなかった。


 剣道場からぐるりと遠回りをしながらアパートを目指して走って帰ったため、帰り着いた頃には午後九時を回っていた。近くのコンビニで買った弁当を食べながら、シンムはテレビを見ていた。

 テレビから女性アナウンサーの声が流れる。

 アナウンサー「今日未明、尾野頃島にお住まいのOOさん一家が何者かに殺害されるという事件が起きたとの事です。現地のOOさん、お願いします」

 テレビの画面が尾野頃島(おのごろとう)のレポーターへと移り変わる。

 レポーター「殺害が行われたOOさんのお宅はこちらです。警察の発表ではOOさん一家は鋭利な刃物か何かで全身を斬り裂かれ……」

 特に興味があったわけでもなかったが、シンムは画面の一点にくぎ付けとなった。尾野頃島(おのごろとう)倭国(わこく)本島とは違い、めったに犯罪などなく、殺人事件にいたっては、シンムがこの島にやって来てからは初めてのことだった。しかし、興味を持ったのはそれが原因ではなく、テレビの画面の端にイヨが一瞬だけ映ったから。

 シンム「あんな所で何してんだ?」

 そう思いつつ、シンムはテレビを見ていた。

 レポーター「OOさん一家はとくに恨みを買っているような事実はなく……」

 特にそれ以上の事件の概要はなく、ありきたりなフレーズが続いた後、画面はアナウンサーに戻り、ニュースは芸能人のスクープの話題へと移り変わった。

 シンム「今の場所に行ってみるか……」

 そう考えると居ても立っても居られなくなり、簡単に着替えを済ませると、シンムはすぐさま向かった。


 殺人事件の現場は街並みから離れた場所にあり、周りを山の木々に囲まれた一軒家だった。時間はすでに午後十一時が近い為か、見張りの警官が一人いるぐらいで、他に人影はない。

 シンム「さすがに誰もいねぇな」

 一応、家の中が見えないか周囲を散策してみたが、カーテンなどでまったく見えないようにされていた。

 シンム「当然だな……そもそも、おれ、何しに来たんだ?」

 画面にはイヨがちらりと映っていたが、そのイヨも、こんな時間までいるはずもなく、馬鹿馬鹿しくなって帰る事にした。その帰宅途中だった。

 シンム「あれ……スメじゃねぇか」

 人気のない通りで、イヨが三十ぐらいの男二人と向かい合っていた。


 向かい合う男達に、見た目からは想像も出来ないほどイヨは高圧的な態度をとっている。

 イヨ「あなた方ですね、OOさん一家を殺したのは」

 身体のがっちりした、いかにも筋肉質そうな男が答える。

 がっちりし男「いいがかりだ」

 もう片方のひょろりとした細身の男がすかさず同意する。

 イヨ「よくも、あんなひどい事が出来ますね」

 高圧的な態度で、イヨが決めつけた様に追及している。

 がっちりした男「あまり妄想がひどいと痛い目見るぞ、お嬢さん」

 拳を鳴らしながら、がっちりした男は一歩前に出る。

 イヨ「わたしはあなた達が何者か分かって言っているんです」

 がっちりした男「だったら、同じ様に、バラバラにしてやる!」

 怒声と共に、身体のがっちりした男はイヨに向かって飛び掛かった。

 飛び掛かったがっちりした男に、シンムは横から体当たりをした。

 シンム「大人が二人がかりで、何してんだ!」

 体当たりを受けて、倒れた男にシンムは怒鳴る様に言った。

 シンム「何かしらねぇけど、スメ大丈夫か?」

 二人の男達から守る様に、シンムはイヨを背後にする。

 イヨ「なんで、よりにもよって……シンムさんがここに……」

 驚いたような声でイヨは口にした。

 シンム「たまたま通りかかっただけだけどよ。何か、変な雰囲気だったからな」

 そうシンムが言う間に、倒れた男が立ち上がり、二人が滲みより始める。

 シンム「逃げるぞ!」

 背後のイヨの手を掴んで、シンムが駆けだそうとした瞬間だった。信じられない事に、細身の男がシンムの頭上を跳躍して行く手を遮る。

 細身の男「逃すとでも思っているのか」

 目をぎらつかせながら細身の男は言った。

 がっちりした男「余計なことをするとは、馬鹿な学生だな」

 背後の男がうすら笑いをしながら言った。

 イヨ「わたしにかまわず逃げて下さい、シンムさん」

 掴んだ手を、イヨが強引に引き剥がす。

 シンム「そんな訳にはいかねぇだろ。まして、こんな化け物みたいな奴らに」

 頭上を飛び越えて来た細身の男を、シンムは睨みつける。

 細身の男「化け物って……こういうのをいうのか?」

 口元を歪めると、細身の男の姿が揺らめき始めた。揺らめきが終わると、そこには正真正銘の化け物の姿があった。地獄絵図か何かで見た亡者を連想させる姿で、口が裂けて牙が飛び出し、手には大きな爪が生え、指も三本しかなかった。

 シンム「何なんだ……こいつは……」

 あまりの驚きに、シンムは言葉が続かなかった。

 イヨ「幻覚を解いて、本当の姿を見せたのですか。それも、シンムさんの前で」

 辛そうにシンムと化け物を交互に見ながら、イヨは言った。

 化け物「この姿を見た以上、生きて逃げられると思うな!」

 同じ様な姿になった、がっちりした男が脅して来た。

 シンム「スメだけでも……とにかく、逃げろ」

 恐怖でうわずりそうになる声を無理やり押し込め、今にもがくがくと震えそうな両足に力を込める。そして、シンムは拳を爪が食い込むほど強く握りしめる。

 シンム「おれが殴りかかるから……同時にイヨは……」

 拳を振り上げて、殴りかかろうとした時だった。横から衝撃が奔る。予想しなかった方向からの一撃に、シンムは身構える事すら出来ず、気付いた時には尻もちをついていた。

 イヨ「この世界の恩人に失礼ですけど……邪魔です」

 自分のかばんごとイヨがシンムを突き飛ばした。そして、行く手を塞ぐ細身の男だった化け物を睨みつける。

 緑色の石をイヨは握っていた。その石は博物館などで見た事のある勾玉の形をしていて、炎と黒字で書かれていた。

 イヨ「黄泉へ行ってください。世界はあなた方を必要とはしていません」

 勾玉が白く光ったかと思うと、次の瞬間には化け物が炎に包まれる。そして、化け物は苦しんでのたうちまわる事もなく、一瞬で燃え尽きた。不思議にも燃えた痕すら残らずに。

 イヨ「あなたも燃やされたいのですか?」

 残った化け物をイヨが睨みつける。それに臆したのか、化け物は一目散に逃げて行った。

 イヨ「ここまでは予定通りですけど……あとの問題は……」

 言葉をそこで止めて、地面に座り込んでいたシンムに、イヨは目を向ける。

 気が抜けて、尻もちをついたまま化け物が燃え尽きた方向を、シンムは呆然と見ていた。

 シンム「化け物? なんだったんだ……あれ?」

 何を口にしたかも理解出来ないまま、シンムはつぶやいた。

 イヨ「記憶をなんとかする呪を用意して貰わないと……」

 独り言のようにイヨは口にすると、かばんから携帯電話を取り出した。電話を終えると、座り込むシンムの目線までイヨはかがみ込んだ。

 イヨ「知りたいですか? さっきの化け物の事」

 焦点をシンムはイヨの目に移す。そして、無言で頷いた。

 イヨ「わかりました。簡単にですけど……」

 一言ずつ丁寧に、シンムが理解できているか確かめながら、イヨは語り始めた。


 先程の化け物は妖鬼(ようき)と呼ばれ、古代に生まれた秘術で、ネズミなどの動物に印と呼ばれる刺青を彫る事によって生まれる。炎を発生させたイヨの使った勾玉のような物は、(じゅ)と呼ばれ、印を彫る事によっていろいろな力を発揮する。それらは、高位の呪力を持つ者によって作られる。呪力(じゅりょく)は誰でも持っているが、使い方を知らないだけの力らしい。

 そこまでイヨは教えてくれたあと、ためらったようなしぐさをみせてから言葉を続けた。

 イヨ「先程の妖鬼はおそらく倭国(わこく)本島で生み出され、この尾野頃島(おのごろとう)にやって来たのだと思います」


 呆然としながらイヨの話をシンムは聞いていた。そして、しばらくしてリムジンが到着した。リムジンの運転席から一人の男が降りて来た。

 男「お待たせしましたイヨ様」

 なぜかシンムはその男の声に懐かしさを覚えた。会った事などないはずなのに。その男は金色の長髪で、眼鏡をかけ顔立ちもよく、長身で、二五歳位の男だったが、見覚えはまったくない。それなのに、シンムは知人であるかのような錯覚を覚えた。

 リムジンから降りて来るなり、男は深々とシンムに向かって頭を下げた。

 男「最初にお礼を言わせて下さい」

 シンム「礼も何も、おれは何にも……」

 慌ててシンムは頭を起こさせようとした、自分は邪魔をしてしまったぐらいで、何も出来なかったから。

 男「今日の件ではありません。あの戦いに、シンム様がいらっしゃらなければ勝てませんでしたから」

 訳が分からない事を男は言った。何の事か聞こうとしたが、男の言葉がそれを遮る。

 男「そして、これはわたくし事ですが……一目お会い出来て嬉しかった」

 頭を上げると、男は心底嬉しそうな表情をして言った。目に涙を溜めながら。

 シンム「会った事あるのか? おれ達……」

 きょとんとしながら聞いたシンムの質問に答えは帰って来ない。ただ、にこりと微笑んで申し訳なさそうに男は会釈をした。そして、気付いた時には、男は背後に回っていた。

 男「今日の記憶を封印させて貰います。そして、これが杞憂に終わる事を願います。出来れば、シンム様にはこの戦いにかかわって欲しくはありませんから」

 そう男が言うと、(じゅ)と呼ばれる緑色と紫色の勾玉を男はズボンのポケットから取りだした。呪が輝きを発する。その輝きが原因かはわからないが、目の前が真っ白になり、シンムは気を失った。



 翌日の放課後、シンムは剣道場で素振りをしながら、しっくりとこない一日を振り返っていた。学校に遅刻したのだが、それがなぜかよくわからない。寝坊したのはいいとしても、その原因をシンムはまったく思い出せない。

 シンム「それにしても……あの教師も」

 英語の授業を思い出すとシンムは怒りがこみ上げて来る。身に覚えのない宿題をして来なかったとかで、こっぴどく怒られたから。

 シンム「宿題なんか出してねぇだろうが……」

 腹立たし紛れにシンムは竹刀を振り続ける。本当は、無心で振る様に心掛けないといけなかったのだが、とてもそうは出来なかった。

 素振りだけでは物足りない。しかし、機嫌が悪い事を悟ってか、今日は誰もがシンムを避けていて、練習試合を申し込んでこない。仕方なく、シンムは身に入りそうにもなかったため、そうそうに練習を打ち上げて帰る事にした。


 どうしても思い出せない前日の事を考えながら、シンムはバッグから鍵を出し、ドアを開けようと回した。音がしてドアノブを捻るが、ドアが開かない。半分、不思議に思いながら鍵をもう一度回してみる。今度はドアが開いた。本来なら気付くはずだった。しかし、思考が別の事に奪われていたシンムは、そこに気が回らなかった。

 部屋の中で男が待っていた。その男に見覚えはなかったが、なぜか悪寒を覚えた。だから、慌てて逃げようとしたが、信じられない速度でがっちりした男が移動して来て、玄関を塞いだため、それは不可能となった。

 がっちりした男「逃げられると思っているのか?」

 馬鹿にする様に口元を歪め、がっちりした男は言った。

 シンム「何の……」

 大声で叫ぼうとしたが、シンムは口を塞がれる。

 がっちりした男「わめくな、ガキ。おまえは大人しくしていろ!」

 いきなり、みぞおちを殴られた。かなりの痛みが身体を襲うが、耐えられないほどではない。だから、シンムはがっちりした男を睨みつけた。隙あらば、逃げ出そうと考えながら。

 がっちりした男「意外に頑丈なガキだな。だが、態度はなってないな!」

 今度は膝をみぞおちに入れられた。途端に息が苦しくなる。そして、首元に強烈な痛みが奔った。


 ほこりとカビのにおいにシンムは起こされた。臭いと思い、鼻を塞ごうとするが、両手が思う様に動かない。まだ呆然とする頭を振ってから気付いた。身体を椅子にきつく縄で縛られている。

 シンム「ここ、何処なんだ!」

 大声でシンムは叫んだ。しかし、言葉は帰って来ない。仕方なく、辺りを見回してみるが、薄暗く、ほとんど何もわからない。唯一分かるのは、声の反響音から広い場所に居るという位だった。

 縛られた状態では何も出来るはずがなく、シンムはそのままの状態でしばしの時間を過ごした。そして、懐中電灯の灯りと共に、二人の男が入って来た。一人はシンムをさらった男だったが、懐中電灯を持った四十歳ぐらいの男には見覚えがなかった。

 カチンという音がして、辺りが若干だが明るくなる。同時に懐中電灯の灯りが消える。

 がっちりした男「このガキ、目が覚めてますぜ。どうします、旦那」

 睨みつけるシンムの頭を無造作に掴みながら、がっちりした男が、懐中電灯を消した男に言った。

 旦那「少し時間があるな……ちょっと、どいていろ」

 頭から手を放すと、がっちりした男が旦那といった男に場所を譲る。

 旦那「小僧、イヨとどういった関係だ? しっぽりした関係か?」

 嫌な眼をしながら、旦那と呼ばれた男は言った。手足が自由に動くならすでに殴っていただろうが、今はそれが出来ない。

 旦那「どちらにせよ、殺してやるから、そのぐらい教えてくれよ。場合によっては苦しまずに済むぞ」

 シンム「イヨって誰だよ!」

 本当に誰の事か分からず、怒鳴る様にシンムは言った。それが癇に障ったのだろう、旦那と呼ばれた男に左頬を殴られた。

 旦那「おっと、悪い。つい片方だけ殴ってしまった。おれは神経質でな、反対側も殴らないとバランスが悪い」

 そう言われて、旦那と呼ばれた男に、シンムは右頬も殴られた。

 旦那「もう一度聞く。イヨとはどういった関係だ?」

 今度は答える代わりに、シンムは唾を吐きかけてやった。直後、痛みが全身に襲いかかる。椅子ごと横に倒され、二人の男に全身を蹴飛ばされたために。

 旦那「もういい。どうせ、この小僧には人質としての価値しかない」

 それきり男達はシンムに話しかけず、買って来たと思わしき弁当をつまみ始めた。そうして、しばしの時間が経過した。


 ドアが開くガタンという音の後、足音が一つだけ響き渡る。その足音の主を照らすため、一斉に灯りが点される。薄暗くてよく分からなかった場所が灯りに照らされ、その姿を露わにする。

 シンム「何処かの廃てられた倉庫か?」

 広い空間の中にある錆びたコンテナ、壁を覆うカビやコケなどから、シンムは想像して口にした。

 イヨ「約束通り、一人で来ました」

 女性の声が響き渡る。灯りに照らされ、黒い長髪を後ろで結んだ女性だった。

 旦那「時間通りだな、スメ イヨ」

 にやりと気味の悪い笑みを浮かべながら、旦那と呼ばれた男がイヨと呼んだ少女に目を向ける。その笑みがイヨを直視した途端、ひくひくと痙攣した様な表情に変化する。それと同時ぐらいのタイミングで、がっちりした男が刃物を、シンムの首筋に当てた。

 イヨ「約束通り、シンムさんを放してやってください」

 刃物を当てた男を睨みつけながら、イヨは言った。

 旦那「その前に、これ見よがしに身につけている武器を捨てろ!」

 怒声を旦那と呼ばれた男が上げるのも、シンムには人質ながら分かる気がした。腰に帯びている二本の刀、あからさまに何かを隠して膨らんでいる上着のポケット、手に持ったバッグにいたっては、収まりきれなかったのか、銃身のようなものがちらりと見える。

 イヨ「よく気付きましね」

 人質になっている事もシンムが一瞬忘れてしまいそうな言葉を、イヨは口にした。そして、苦々しそうに武器をあちらこちらに放り投げる。

 イヨ「これで満足ですか?」

 取り敢えず目に見える武器を、イヨは放り投げてから言った。

 旦那「その握り締めた手を開いてみろ!」

 あからさまに何か握り締めている手を、旦那と呼ばれた男の言葉を聞いて、イヨが開く。手の中から勾玉が床に落ちる。

 旦那「他に、何も持っていないだろうな!」

 観察するように、旦那と呼ばれた男がイヨをじろじろと見ている。内心でシンムは「そんなに心配なら、服を脱ぐ様に指示すればいいじゃねぇか」と思いつつも、それを口外したりはしない。

 イヨ「本当に全部捨てましたから、シンムさんを放して貰えますか?」

 それでも疑いの目で、旦那と呼ばれた男は見ている。

 旦那「もし嘘だったら……この小僧がどうなるか分かっているだろうな!」

 刃物をがっちりした男から奪い取ると、旦那と呼ばれた男はシンムの髪をむしりと掴み、イヨを牽制するように大声で言った。

 イヨ「どうなるもなにも、ここに来たら放して貰える約束ですが?」

 そう言いながら、落とした勾玉をイヨが拾おうとする。

 旦那「拾うな!」

 眉間を引くつかせる旦那と呼ばれた男の怒声に当てられて、イヨの動きが止まる。そして、イヨが驚いたような表情を向ける。当然の様な怒声が上がる中、シンムは自分が人質である事も完全に忘れそうになったが、首がチクリとして我に帰った。

 首筋から僅かに血が流れる。刃物の先が刺さっているために。それに気付いたイヨの動きが完全に止まる。

 旦那「これ以上、茶番を演じられる前に、イヨを取り押さえろ!」

 大声で叫んだ旦那と呼ばれた男に命じられるまま、がっちりした男が妖鬼の姿になってイヨを羽交い絞めにする。

 旦那「殺す前に一つ聞いておく。この島に何の用があって来た?」

 それで落ち着いたのか声のトーンを落として、にやりと嫌な笑みを浮かべながら、旦那と呼ばれた男はイヨに聞いた。

 イヨ「倭国(わこく)本島で殺人を繰り返した妖鬼を始末するためです」

 眼光を鋭くしてイヨは言った。その言葉が終わると同時に、旦那と呼ばれた男の姿が変身する。その男も妖鬼(ようき)だった。

 旦那「嘘をつくな! もういい、どちらにしろ殺されたら何も出来ないだろ!」

 刃物を手から放すと、旦那と呼ばれた妖鬼が鋭い爪で、両腕を掴まれているイヨに襲いかかった。次の瞬間、イヨの衣服が血で染まる。

 旦那「簡単には殺さない。散々に苦痛を与えた後、殺してやる」

 苦悶の表情を浮かべるイヨを見下しながら、旦那と呼ばれた妖鬼が爪に付いた血をなめている。楽しむ様に間を置いてから、爪を再び振り下ろそうとした時だった。

 シンム「止めろ!」

 堪え切れずにシンムは叫んだ。その声に愉悦を覚えたのか、にやりと微笑むと、妖鬼がイヨの腹を蹴飛ばす。

 旦那「そこで何も出来ずに見ていろ。なに、すぐに小僧も殺しやる」

 気を取り直したように、妖鬼が爪を大きく振り上げる。

 シンム「止めろって、言ってんだろ!」

 その声は届かない。今にも殺されそうなイヨが、本当に何者かは分からない。自分は、その何者かも分からないイヨのために巻き込まれただけかもしれない。それでも、何も出来ない事が耐えきれないほどに、シンムは辛かった。

 最早どうにもならないと思い、目を閉じようとした時だった。

 声「力を貸してやる。一秒だ。それであんな雑兵は片付けろ」

 何処から聞こえたのか分からなかった。ただ、考える間もなく、何者かもわからない男の声が聞こえると同時に、シンムは縄を力ずくで切り裂いて動いていた。そして、イヨが放り投げた刀を一本拾い、爪を振り上げた妖鬼を一刀する。その流れのままに、イヨを羽交い絞めにしている妖鬼も斬り捨てた。

 声「二秒か……時間がかかりすぎだ」

 無愛想に声はそう言ったきり、聞こえなくなった。同時に全身がきりきりと痛みだす。その痛みに何とか耐えながら、シンムは旦那と呼ばれた妖鬼が持っていた携帯電話で救急車を呼びだしてから、気を失った。


 数日後、イヨが転校して来た。


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