1. どちらさん?
工事現場の横を学生服の集団が談笑をしながら通り過ぎてゆく。その横で築山香月はセメント袋を肩に担いでいた。
十六歳には少し重すぎる重さだった。
7月にもなると少し動けば汗が滲み、重機やセメントの熱気に囲まれた今の状況はその暑さを更に過酷なものへと変えていた。
「よし、今日はここまで。みんな上がっていいぞ。」
親方の掛け声を合図に作業員たちはため息をつくもの、疲れを口にするもの、様々な反応だった。
香月はその中静かにヘルメットを取り、大量の汗で失った水分を補給するため、持参していたスポーツドリンクを飲み干す。
「築山。どうや、仕事は慣れたか?」
そう言って話しかけてきたのは先ほど掛け声をかけていた親方だ。
「はい。なんとか。」
「無理はするなよ。倒れたら元も子もないからな。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
親方からの気遣いに感謝を示し、香月は帰り支度を始める。
「この後メシでも行くか?行くなら乗っけていくぞ。」
そう言って親方は後ろの車を指差す。
そしてその横には使い古された原付が停められている。
「いえ、この後買い物も行かんとあかんので。」
「ああ、そうやったな。まあ行くならいつでも言うてこい。」
そう言う親方に一礼をし、香月は車の横に停められた原付のエンジンをかける。「お疲れ様です。」とだけ言い残し、帰ってゆく。
「親方。築山のやつ、いつもすぐに帰るけど、彼女でもいてるんちゃいますか?」
別の作業員が親方の横に来てニヤニヤと冷やかすように小指を立てている。
「そんなんとちゃう。ほら、お前らも帰るで。さっさとせな放って帰るぞ。」
そう言いながら、親方は原付が走り去る音を後ろに聞きながら車へと乗り込む。
信号が赤になり、原付を止める。先ほどと同じ制服を着た学生たちが目の前の横断歩道を渡ってゆく。
同じ年頃の制服姿を見るたび、自然と目で追っていることに気付く。名残惜しさが無いと言えば嘘になる。
しかしその気持ちを置き去るように、信号が青になると同時にアクセルを回した。
スーパーの入口で原付を停め、香月は買い物かごを手に店内へ入る。
夕方の店内は仕事帰りらしい客や主婦などでそこそこ混んでいて、冷房の効いた空気が火照った身体に少しだけ心地よかった。
牛乳、卵、豆腐。頭の中で必要なものを並べながら売り場へ向かう。
特売の札がついた卵を手に取ったときだった。
「……築山くん?」
不意に後ろから名前を呼ばれ、香月は振り返る。
そこに立っていたのは、制服姿の少女だった。
紺色の制服。肩のあたりで揺れる髪。整った顔立ち。見たことがある気もするが、なかなか思い出せずにいると再び話しかけられる。
「え、築山くん……じゃない、ですか?」
表情も声色も言葉を続けるごとに困惑の色が増してゆく。香月は間違いなく築山くんではあるが、目の前の美少女が誰なのか分からずにいた。
「築山ですけど……どちらさん?」
真幸は少し目を丸くしたあと、その表情はわかりやすい膨れっ面へと変わる。
「やっぱり築山くんや。ていうか嘘やろ?あんまり喋ったことないにしても中学の同級生やで?しかも二年の時同じクラスやで?」
そこまで言われて香月も思い出す。
「……真菅?」
「遅っ。」
間髪入れず返され、香月は小さく息をついた。
真菅真幸、香月の中学時代の同級生だ。
文武両道、才色兼備。そんな言葉がよく似合う美人な優等生、という印象だった。
とはいっても、中学時代はほとんど話したことはなく、そういう意味でも香月は少し驚いていた。
「悪い。どこかで見たようなとは思ってたんやけど。」
「全然フォローになってへんやん。」
「ごめんって。」
相変わらず綺麗な人だなと、ちゃんと思い出したら改めて思う。ただ、それを言葉にするほど器用でもない。
「久しぶりやな。卒業以来?」
「たぶん。」
「ていうか、築山くん何してるん? その格好……。」
視線が香月の作業着へ落ちる。
「仕事?」
「まあ。」
「え、バイト?」
「そんなもん。」
短い返事にも真幸は気を悪くした様子もなく、代わりに買い物かごの中へ目を向けた。
卵、牛乳、豆腐、もやし。
「……ちゃんとしてるなあ。お母さんにおつかいでも頼まれたん?」
「え?」
「いや、その、築山くんとこお父さん……あれやんか。」
「ああ……。」
真幸の言いたいことが分かり、香月は少し言葉に詰まる。
香月の父は中学二年の時に病で亡くなった。その時同じクラスだった真幸も当然そのことは知っている。お通夜にも来てくれていた。
父が亡くなって初めて登校した時、「大丈夫?」と声をかけられた。
それまで挨拶やちょっとした会話しかしたことがなかったこともあり、話しかけられたことに少し驚いた。
「大丈夫。ありがとう。」
「ん。それなら良かった。」
とそれだけのやりとりだったが、肉親が亡くなり少なからず傷心していた香月にとっては、そのちょっとした気遣いが心地よかったことは覚えている。
「まあ……そんな感じ。」
真幸は一瞬だけ目を丸くし、言葉を続ける。
「……ちょっと安心した。」
「何が」
「いや、なんでもない。ちゃんと親孝行するんやで〜。」
親孝行という言葉に少し胸の痛みを感じる。
だが、父が亡くなった時と同じ種類の優しさを感じ、相変わらずなんだなと、変わらないものもあるのだと少し安心感を覚える。
「余計なお世話や。」
香月の返答に真幸はころころと笑う。
「あはは、ほんまやな。引き止めてごめん。また会ったら今度はちゃんと覚えといてな。」
「頑張るわ。」
「信用できへんなあ。」
笑いながら手を振る真幸に軽く頷き、香月は売り場を離れた。
その記憶よりも少し大人びた背中を、真幸は少しだけ目で追っていた。
ラブコメ連載、始めました。
よろしくお願い致します。




