第7話:没落した実家の妹が来襲! 地下生活を騎士らしく偽装せよ
地下倉庫の生活にも慣れ始めたある日。鉄格子の向こうから、アイリスがこれまでで一番「意地の悪い笑顔」を浮かべて告げた。
「ヴォルガッシュ様、面会ですよ。貴方の妹君、リーネ様が王都からお見えです」
「は、はあああ!? なんでここがバレたんだ!」
「『兄は今、西区の重要施設を極秘で守護している』と私が手紙を書きましたので。……さあ、十五分後にはここへ通します。準備を」
アイリスが去った後、俺はパニックに陥った。
リーネは、没落した我が家で唯一、俺を「いつか聖騎士になるお兄様」と信じて疑わない純粋無垢な天使だ。そんな彼女に、今の「隔離された不審者」の姿を見せるわけにはいかない!
「ミレーヌ! 頼む、今すぐ服を着てくれ! 重装騎士並みに着込んでくれ!」
「えぇ……嫌だよ、肩が凝るじゃないか」
「ポチ! お前は角と翼を隠せ! 『ちょっと鱗の多い柴犬です』って顔をして座ってろ!」
「無茶を言うな主よ。我は神竜……まあ肉のためだ、努力はしよう」
そして十五分後。
カツカツと可愛らしい足音が響き、現れたのは、質素だが気品のある旅装に身を包んだ、我が最愛の妹・リーネだった。
「お兄様! ――まぁ、なんて立派な『地下司令部』ですの!」
リーネは目を輝かせて、カビ臭い地下倉庫を見渡した。
「……え、あ、ああ。そうなんだ。ここは街の急所を守る、極秘の防衛拠点なんだよ」
「流石はお兄様! ……ところで、そちらの……モコモコした方は?」
リーネの視線の先には、無理やりミレーヌが着込んだ「五枚重ねの防寒着」があった。暑さでミレーヌの顔が茹でダコのように真っ赤だ。
「彼女は……俺の副官の、ミレーヌだ。あまりの魔力を隠すために、あえて特殊な拘束衣(厚着)を着ている、凄腕の魔導師だよ」
「……あ、あつい……。脱ぎたい……一枚、せめて一枚……」
「ダメだ副官! 貴様の魔力が暴走したら街が吹っ飛ぶ(社会的に)!」
「まあ、素晴らしいですわ! それにそちらの……少しトゲトゲしたワンちゃんは?」
「あ、これ? これは……新種の柴犬だよ。『シバ・ドラゴン』っていうんだ。……ほら、ポチ、お手」
ポチは屈辱に震えながら、前足(爪付き)をリーネの手の平に乗せた。
「……ワン(殺すぞヌシ)」
「可愛い……! やっぱりお兄様は、立派な騎士として成功してらっしゃるのね」
リーネの純粋な瞳が痛い。俺は必死に右手を後ろに隠した。
だが、運悪くその時。地下倉庫の隅から、巨大な「地下ネズミ」がリーネに向かって飛び出してきたのだ。
「きゃっ!?」
「リーネ! 危ない!」
反射的に体が動いた。
俺は隠していた右手を突き出し、光速の領域で指を振った。
「スキル発動――『超高速鼻ほじり・精密狙撃』!!」
ズボォォォォォンッ!!
俺のオリハルコンの指先は、空中のネズミの「小さな鼻の穴」を正確に貫き、そのまま壁まで吹き飛ばした。ネズミはあまりの衝撃と屈辱に、空中で白目を剥いて失神した。
「……あ」
やってしまった。
今の動きは、どう見ても高潔な騎士の剣技ではない。変態の所業だ。
静まり返る地下倉庫。リーネは呆然と、壁に刺さったネズミと、俺の指を見つめている。
「……お兄様。今のは……?」
「い、いや、これは……レガシー家伝来の『神聖指突術』だよ! 敵の急所を一突きで封じる、高潔な……」
「お兄様!!」
リーネが感極まったように俺の手を両手で握りしめた。
「やっぱりお兄様は凄いですわ! 剣さえ持たず、指先一つで悪を討つ……まさに『真の騎士』ですのね!」
「(信じたぁぁぁぁぁ!!)」
ミレーヌが横で「ぷっ……神聖指突術……っ」と必死に笑いを堪えている。ポチも呆れたように鼻を鳴らした。
「よかった……。安心しましたわ。これで父様にも『お兄様は地下で立派に指を振っています』と報告できます」
「……その報告、絶対に変な誤解を招くからやめてね?」
こうして、ヴォルガッシュの嘘にまみれた「騎士のプライド」は、妹の純粋さによって奇跡的に守られたのだった。
だが、去り際にアイリスが小声で囁いた言葉が、一番怖かった。
「素晴らしい指突術でしたね、**『鼻ほじり騎士』**様。次の依頼は、その指で『公爵夫人のなくしたピアスを排水溝から探す』仕事ですよ。もちろん、精密な指捌きが期待されています」
俺の騎士道は、今日も暗い地下のさらに奥へと潜っていくのだった。




