第30話:サリエル昇天。そして地下倉庫の賑やかな朝
崩壊した魔城の瓦礫の上で、王都最強(自称)の魔族サリエルは、かつてない恐怖に震えていた。
目の前には、右の人差し指を黄金色に輝かせ、獲物を狙う鷹のような目で自分の「耳の穴」を見つめる男。
「サリエル、覚悟しろ。お前のその薄汚れた野望を、耳の奥からゴッソリと掃除してやる」
「や、やめろ! 魔族の耳は繊細なんだ! そんなオリハルコンの指が入ったら、私のアイデンティティが、あ、あああ……っ!」
「問答無用! スキル超進化――『至高の耳かき・銀河の囁き(ギャラクシー・エコー)』!!」
ズボボボボボボボボッ!!!!!
ヴォルガッシュの指先がサリエルの耳腔に進入した瞬間、世界から音が消えた。
それは苦痛ではなく、もはや宇宙の真理に触れるような、圧倒的な「静寂と快楽」。耳の壁を優しく、かつ音速で撫で回すその指先は、サリエルの中にあった破壊衝動も、レガシー家への憎しみも、すべて「耳垢」という名の老廃物として外部へ排出していった。
「おお……あああ……! 見える、見えるぞ、女神様が……全裸で踊っていらっしゃる……!」
「ミレーヌと混ざってるぞ、しっかりしろ! 仕上げだ、『全自動・土下座』――浄化の祈り!!」
ズドォォォォォン!!
サリエルは地面にめり込みながら、至福の表情で失神した。
その瞬間、ヴォルガッシュの体にかけられていた「鼻ほじりの呪い」が、まばゆい光を放って弾け飛んだ。
「……解けたのか? レガシー家の呪いが……!」
俺の右指から、禍々しいオーラが消え、本来の神聖な輝きが戻ってくる。これで俺は、まともな聖騎士として、名誉ある癒やし手として地上に戻れる。……はずだった。
数日後の朝。地下倉庫。
「お兄様! 朝食の準備ができましたわ! 今日はポチ様の鱗で焼いたトーストですわ!」
「ヴォルガッシュ、いつまで寝てるんだい。ほら、私の魔力が溢れすぎて、倉庫の天井がダイヤモンドになっちゃったよ。削って換金してきておくれ」
「師匠、おはようございます。本日の排水溝のヌメリ予報は『絶好の掃除日和』です」
俺は欠伸をしながらベッドから起き上がった。
右指を見る。呪いは解け、この指は今や触れるだけで重病をも治す「女神の指先」に完全に戻っている。……だが。
「……アイリスさん。やっぱり、なんか落ち着かないんだよな」
アイリスが眼鏡をクイと上げ、コーヒーを差し出す。
「左様ですか。王立騎士団からは『聖騎士団長』としての復帰要請が来ていますが、どう返答しましょう?」
俺は少し考え、そしてニヤリと笑った。
俺は右指を鼻の穴に突っ込み……いや、今や「聖なる癒やし」の力を持つその指を、あえていつもの「あの角度」で曲げた。
「断ってくれ。俺はここでいい。……名誉ある聖騎士より、この地下で『詰まっている奴ら』を掃除して回る方が、俺には性に合ってる」
「ククク、やはり主はそうでなくてはな! さあ、我の爪の間を掃除しろ。報酬は干し肉だ!」
「ヴォルガッシュ様、困りますね。……では、ギルドの依頼書を書き換えておきます。『不名誉な地下騎士、本日も絶賛ひきこもり中』と」
地下倉庫に、いつもの笑い声が響く。
没落した名誉。授かった呪い。
けれど、ここで出会った変態と、犬と、有能すぎる受付嬢。
俺の「神聖な指先」は、世界を救うためではなく、この賑やかな日常を守るために使われることに決めたのだ。
「よし、ハルパス! 今日は王都全体の地下水路を『鼻ほじり』の要領で全自動洗浄しに行くぞ!」
「御意、師匠!!」
レガシー家、不名誉な騎士の物語。
その指先が真の意味で「世界を綺麗にする」のは、まだまだ先の話になりそうだった。




