第27話:ハルパス、居座る。「ここほど毛穴に優しい場所はない」
昨日の死闘(?)が嘘のように、地下倉庫には再びのんびりした空気が流れていた。
だが、一つだけ違うのは、部屋の隅でハルパスが正座して、一心不乱に床を磨いていることだ。
「師匠。……あ、いえ、ヴォルガッシュ様。ここの床、まだ角質が残っております。私の皮膚呼吸が、わずかな埃を検知しました」
「……誰が師匠だ。お前、さっさと魔界に帰れよ。家を没落させた黒幕だろ?」
「無理です。あの日、貴方の『女神の指先』から放たれた聖なる掃除を受けた瞬間、私は目覚めてしまったのです。……これこそが、真の浄化。私のような汚れた魔族には、この地下倉庫の清らかな通気性こそが必要なのです」
ハルパスは、魔族としての誇りを「毛穴」と一緒にどこかへ置いてきたらしい。
「ヴォルガッシュ様。ハルパスは魔族の知識を活かして、地下の空気清浄システムを再構築してくれました。おかげで、ミレーヌ様の脱ぎたての服の匂いも即座に消臭されます」
アイリスが、新しい名簿に『雑用・ハルパス』と書き加える。
「ちょっと! 私の匂いは芳香剤代わりなんだよ! 消さないでおくれよ!」
ミレーヌが文句を言うが、ハルパスは無表情(鼻はない)で「衛生第一です、ミレーヌ様」と一蹴した。
「それにしてもさ……」
俺は自分の右指をじっと見つめた。
「本来、この指は女神様が『世界を癒やすために』授けてくれたものだったんだよな。父上も、昔は指先一つで枯れ木に花を咲かせてた。……それが今や、魔族の毛穴掃除か」
「ヌシよ、嘆くな。形は変われど、あやつ(ハルパス)の顔を見てみろ。あんなに幸せそうな魔族、我は初めて見たぞ」
ポチがハルパスの差し出した最高級の熟成肉を頬張りながら言う。
ハルパスの顔には鼻こそないが、そのつるりとした額からは、確かに「女神の加護」による救済の光……に似た、テカリが放たれていた。
「……ま、いいか。女神様も、まさか『鼻ほじ』で世界平和に貢献するとは思ってなかっただろうけどな」
その時、地下倉庫にまばゆい光が差し込んだ。
アイリスが持っていた『女神の聖典』が勝手に開き、ページが激しくめくれる。
『……ヴォルガッシュよ……。それでよい……。形はどうあれ、汝の指は今、確かに人々(と変態と魔族)を救っている……。そのまま……そのまま突き進むのです……』
「女神様!? 今、直々に全肯定された!?」
「あ、今の、女神様の声だね! 響きがいいから、今の声に合わせて一丁脱ごうかな!」
「よし、女神様のお墨付きだ。ハルパス、次はあっちの排水溝のヌメリを魔力で分解しろ!」
「御意に、師匠!!」
レガシー家の名誉回復の道は、女神の公認を得て、さらにカオスな方向へと加速し始めた。
神聖な指先は、今日も地下倉庫をピカピカに磨き上げ、宿敵すらも掃除の虜にしていくのだった。




