第25話:アイリス、風邪を引く。代役の受付は「鼻ほじのプロ」
その日の朝、地下倉庫に響いたのは冷徹な指示ではなく、苦しげな「コン、コン」という咳き込みだった。
「ヴォルガッシュ様……。不覚です。昨日のアン・ドレス村の冷気に当てられたか、過労か……。熱が39度あります……」
アイリスが、眼鏡を曇らせて布団の中から震える手で書類を差し出した。
「本日の受付業務……貴方に、託します。いいですか、絶対に、『指』を使わずに、事務的に、平和に……」
「アイリスさん! 無理すんな、あとは俺に任せろ。事務なんて、右指を高速で動かして書類にサインするだけだろ?」
「……それが一番、怖いのです……。ガクッ」
アイリスが意識を失った(寝た)。
俺は覚悟を決め、アイリスの予備の制服(※当然入らないので肩にかけてるだけ)を纏い、ギルドの受付カウンターに座った。横には「助手」と称してさらに薄着になったミレーヌと、カウンターの下で「賄賂の肉」を待つポチがいる。
「よし、最初の客だ。どうぞ!」
現れたのは、泣き出しそうな駆け出しの冒険者だった。
「あ、あの……! 依頼書を預けたいのですが、手が震えて書けなくて……。恋人に振られて、精神的なダメージが酷いんです……」
「なるほど、心の詰まりか。……任せろ。俺の指が、その震えを止めてやる」
「ヴォルガッシュ、それは事務じゃないよ。……でも、やっちゃいな!」
「スキル発動――『超高速・メンタル鼻ほじり(精神浄化)』!!」
ズボボボボボボボッ!!!
鼻腔の奥にある、不安を司る神経(自称)を光速の振動で優しく刺激する。
「あ、あ、あああ……! 悲しみが……振られた記憶が、鼻水と一緒に流れ出していくぅぅ! 僕は自由だ! 冒険に行ってきます!」
冒険者はスッキリした顔で走り去った。
……一人目、成功(?)。
続いて現れたのは、横暴な高ランク冒険者のパーティだった。
「おい! 報酬が安すぎるぞ! 受付の女を出せ! なんだその『指に包帯を巻いた不審者』は!」
「あいにくアイリスは休みだ。文句があるなら、書面で出せ。……ただし、俺の『受理方法』は少し特殊だぞ」
俺はカウンターを乗り出し、左手を掲げた。
「お前ら、態度がなっちゃいない。書類を出す前に、まずは挨拶だ。『全自動・土下座』――事務処理モード!!」
ズドォォォォォォォンッ!!!!!
屈強な冒険者五人が、ギルドの床に完璧な角度で土下座させられた。
「あ、足が勝手に折れるぅぅ!」
「申し訳ございません! 報酬はこのままで結構です! むしろ寄付させてください!」
「よし、受理完了だ。次の方どうぞ」
その後も、俺の受付業務は加速していった。
書類の整理が追いつかなければ、指先をドリルにして壁に穴を開け、そこにファイリング。
相談事があれば、とりあえず鼻をほじって「悩み」を物理的に掻き出す。
「おーい、ヴォルガッシュ! 掲示板の依頼書が足りないよ!」
「ミレーヌ、お前の脱いだ服の裏に書け! ポチ、それを壁に貼れ!」
夕方。
熱が少し下がったアイリスが、心配になってギルドへ這い出してきた。
「……ヴォルガッシュ、様……。ギルドは、無事……」
アイリスが目にしたのは、
・床に全員が土下座したまま静止している冒険者たち。
・壁一面に「ミレーヌのインナーウェア」で作成された依頼書。
・そして、全冒険者が「鼻腔が異常に綺麗になりすぎて、全員が同じ表情で天を仰いでいる」という異様な光景だった。
「……あ。アイリスさん、起きたのか? 見てくれよ、本日の処理件数、過去最高だぞ!」
「…………」
アイリスは、そっと眼鏡を外し、再び布団へと戻っていった。
「……39度では足りなかったようですね。……今の光景は、きっと40度を超えたための幻覚です。……私は、寝ます。二度と、起きないかもしれません……」
「アイリスさぁぁぁん!!」
こうして、ヴォルガッシュの受付代行は、ギルドの歴史に「暗黒のズボズボ土曜日」として刻まれることになった。
翌日、完治したアイリスによる「地獄の反省会」が三日三晩続いたのは言うまでもない。




