第13話:街に蔓延する『鼻づまり病』。伝説の指先がボランティアへ
季節外れの乾燥と、魔導植物の胞子が街を襲った。
その結果、街中の人々が「鼻が完全に詰まって呼吸ができない」という、死にはしないが地獄のように苦しい奇病『ガチガチ鼻塞症』に罹患してしまった。
「……ヴォルガッシュ様。街の診療所がパンクしました。魔法薬も効きません」
アイリスが、自らも鼻に綿を詰め、少し鼻声になりながら地下倉庫へ現れた。
「人々の鼻腔内で胞子が凝固し、オリハルコン並みの硬度で固着しています。これを除去できるのは、この街……いえ、この世界で貴方だけです。これはギルドを挙げた『緊急医療ボランティア』です。……拒否権はありません」
「ボランティアって言えば聞こえはいいけど、要するに街中の鼻をほじれってことだろ!? 騎士の誇りが粉々になるわ!」
「お兄様、頑張ってください! 街の人たちが、お兄様の『神聖指突術』を待っていますわ!」
いつの間にかボランティアスタッフとしてアイリスに雇われた妹リーネが、キラキラした瞳でアルコール消毒液を構えている。
「……クソッ、やるしかないのか」
こうして、街の中央広場に「特設診療所」が設置された。
並んでいるのは、鼻を真っ赤に腫らし、口呼吸でゼーゼー言っている屈強な男たちや貴婦人たちだ。
「次の方、どうぞ」
アイリスの事務的な声が響く。
「……た、助けてくれ、騎士様……。もう三日、鼻から空気を吸ってないんだ……」
現れたのは、かつて俺を不審者扱いした衛兵隊の一人だった。
「覚悟しろ。……一瞬だ」
俺は右の指先をアルコールで清め、精神を統一した。
対象は、人間一人分の鼻腔。
「スキル発動――『超高速鼻ほじり・神の愛撫』!!」
ズバババババババババッ!!!
光速の振動。しかし、第10話で少年の命を救った時に得た『精密さ』が加わっている。
俺の指先は、鼻腔の粘膜を一ミリも傷つけることなく、固着した胞子の塊だけを「分子レベル」で粉砕し、一気に掻き出した。
「……っ!? ……スゥゥゥゥ、ハァァァァァァァァ!!!」
衛兵隊員が、人生で初めて酸素に出会ったかのような深い呼吸をした。その目からは、感動の涙が溢れている。
「……吸える。吸えるぞ! なんて清々しい空気だ! おお、騎士様、貴方は聖者だ!!」
一人が救われるたびに、広場には「ズボォォッ!」という快音と、「おおおお……!」という歓喜の叫びが木霊した。
だが、その光景はあまりにも異様だった。
オリハルコンの指を持つ男が、次々と住民を椅子に座らせ、超高速で鼻を蹂躙していく。
ミレーヌは横で「あぁ、鼻の中が丸見えだねぇ。開放的でいいじゃないか」と、自分も服を脱ぎながら(リーネに羽交い締めにされつつ)応援している。
ポチは「主よ、この鼻糞の塊、肉の匂いはせぬのか?」と失礼なことを聞き回っている。
「次の方。公爵夫人です」
「……おーっほっほ! 誇り高きレガシー家の指先、わたくしの鼻で試してあそばせ!」
「(……この人、絶対別の性癖に目覚めてるな)」
日が暮れる頃には、街の『鼻詰まり病』は完全に終息した。
広場には、鼻の通りが良くなりすぎて、逆に過呼吸気味になっている住民たちが溢れていた。
「ヴォルガッシュ様、お疲れ様です。本日の診療件数、八百件。街の全住民が貴方の『指』の虜になりました」
アイリスが、集計表を閉じながら言った。
「感謝状が届いていますよ。『指先の魔術師』『鼻の救世主』……そして、**『歩く耳鼻科医』**という称号が」
「……最後のが一番、騎士から遠ざかってる気がするんだけど」
「いいえ。貴方が今日救ったのは、人々の呼吸であり、命です。……もっとも、貴方の顔を見るたびに、住民が全員『鼻を押さえて会釈する』という妙な癖がついてしまいましたが」
俺は、ボロボロになった右指を見つめた。
今日も俺は街を救った。しかし、騎士としての名誉は、下水道に続いて今度は「鼻の奥」へと消えていった。
「お兄様! 街の子供たちが、お兄様の真似をして指を鼻に入れていますわ! 流行の最先端ですのね!」
「リーネ……それだけは止めてくれ。兄ちゃん、教育に悪い騎士になっちゃったよ……」
地下倉庫へ戻る俺の背中に、街の人々からの「ズビズビ」という感謝の鼻鳴らしが、いつまでも響いていた。




