第12話:絶対に笑わない使節団vs全自動・土下座
その日、地下倉庫にはかつてない緊張感が走っていた。
アイリスが、いつになく真剣な面持ちで俺の前に立つ。
「ヴォルガッシュ様。本日は王都より、隣国との外交を担う『沈黙の鉄仮面使節団』が視察に来られます。彼らは修行により感情を一切排除しており、もし彼らを動揺させたり笑わせたりすれば、外交問題に発展します」
「そんな奴らがなんでわざわざ、このゴミ溜めみたいな地下に来るんだよ」
「『辺境の地下に、指一本で魔獣を倒す奇跡の騎士がいる』という噂が王都に届いたようです。……いいですか、絶対に『ふざけた真似』はしないでください。彼らは厳格な騎士道の信奉者ですから」
そう言い残してアイリスが去った直後、重い扉が開いた。
現れたのは、真っ白なマントに身を包んだ、眉間にシワを刻んだ五人の男たち。リーダー格の男は、まるで彫像のように動かない顔で俺を見下ろした。
「貴公がヴォルガッシュか。……ふん、ただの不審者ではないか。我ら使節団に対し、その薄汚れた指を見せてみろ」
横には、アイリスに無理やり「厚着(といってもシャツ一枚)」をさせられたミレーヌが、暑さでイライラしながら立っている。ポチは「肉以外に興味はない」と、隅っこで丸まっていた。
「……ええ。レガシー家のヴォルガッシュです。本日はようこそ」
俺が丁寧に頭を下げた、その時だった。
ミレーヌが暑さに耐えかね、ついにキレた。
「あぁもう! やってられないよ! このシャツ、魔力の循環を阻害して肌が痒くなるんだ!」
バリバリッ! と、ミレーヌが渾身の力でシャツを引き裂き、一気に「通常運転(ほぼ裸)」に戻った。
「「「……っ!!?」」」
使節団の五人が、一斉に目を見開いた。
アイリスが青ざめる。マズい。このままだと「変態の巣窟」として王都に報告され、俺たちは即座に処刑場送りだ!
「お、おいミレーヌ! 隠せ! 今すぐ隠せ!」
俺は慌ててミレーヌを隠そうと駆け寄った。だが、運悪く床に落ちていたポチの「噛みかけの骨」に足を滑らせた。
「うわあああああ!?」
前のめりに倒れ込む。俺の指が、無意識にリーダー格の男に向かって突き出された。
咄嗟に体が反応する。倒れる衝撃を緩和するために、俺はあのスキルを叫んだ。
「スキル発動――『全自動・土下座』!!」
本来は敵を制圧するためのスキル。だが、俺が自分を対象にし忘れた結果、権能は「前方にいる全員」に牙を剥いた。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい物理的な圧力。
「絶対に感情を乱さない」はずの使節団五人が、まるで大巨人に踏みつけられたかのように、一斉に石畳へと叩きつけられた。
単に倒れたのではない。
全員が、尻を高く突き上げ、額を床にめり込ませるという「究極の謝罪スタイル」で完全に固定されたのだ。
「……な、なななな……何だ、このポーズはァァァ!?」
鉄の仮面が剥がれ、リーダーが絶叫した。
さらに、スキルの副次効果が襲いかかる。
パパパパパァァァンッ!!
強制土下座の勢いと衝撃により、使節団の豪華なマントを留めていたボタンが弾け飛び、あろうことかリーダーの頭に乗っていた「立派な装飾付きの金髪」が、スポーンと景気よく空高く舞い上がった。
静寂。
宙を舞う金色のカツラ。
床に額を擦りつける、半裸の五人のエリート。
そして、その中間に落ちてきたカツラは、なぜかポチの鼻先に乗った。
「……ワン。ヌシら、新しい肉の捧げ物か?」
「「「ぶふっ……!!」」」
耐えていた。残りの四人が、必死で鉄の掟を守ろうと耐えていた。
だが、ポチがカツラを被ったまま「あっち向いてホイ」の動きで首を傾げた瞬間、限界が訪れた。
「ガハハハハハハハハハ! 団長、ハゲてたのかよォォォ!!」
「このポーズ、腰が……腰が痛いのに笑いが止まらねぇ!!」
感情を排除したはずの使節団は、全員が土下座をしたまま、涙を流して爆笑し始めた。
それは外交問題どころか、人生観が崩壊した瞬間だった。
「ヴォルガッシュ様……」
アイリスが、真っ白な灰のような顔で俺の肩を叩いた。
「とりあえず、彼らの記憶を消すか、そのまま埋めるか、選ばせてあげてください」
「俺のせいじゃねえよ!!」
その後、使節団は「笑いすぎて脱け殻」のような状態になり、王都へ帰っていった。
報告書には『地下倉庫には、人間の理性を根底から破壊する魔術が存在する。二度と近づいてはならない』と記され、俺の隔離生活はさらに確実なものとなったのだった。




