第11話:ポチ、肉不足でストライキ。地下倉庫バーベキュー大会
少年の命を救い、少しだけ「いい話」で終わった翌朝。地下倉庫に響き渡ったのは、感動の余韻ではなく、地響きのような咆哮だった。
「主よ! 我はもう我慢ならぬ! 昨日の夕食は何だ! なぜキャベツの芯が混ざっておるのだ!」
柴犬サイズのポチが、地下倉庫の真ん中でひっくり返り、ジタバタと足を動かして抗議していた。伝説の神竜としての威厳は、もはや塵一つ残っていない。
「いや、昨日は緊急事態だったし、アイリスさんも忙しかったんだろ。ほら、今日は端肉が届くって……」
「端肉だと! 我を誰だと思っておる! 我は天を裂く銀の雷光ポチ様だぞ! 霜降りを……脂の乗った最高級の肉を持ってこぬなら、我はもう二度と『お手』もしないし、下水道掃除も手伝わぬ!」
ポチはぷいっと顔を背け、本当にストライキに入ってしまった。
「困ったねぇ。ポチがやる気を出さないと、重い岩を動かすのも一苦労だよ?」
ミレーヌが、もはや「着ている」と言えるのか怪しい、リボン一本のような格好で欠伸をする。
「ミレーヌ、お前も服を着るのをストライキしてんのかよ。……クソ、分かったよ。俺のなけなしのヘソクリを出すしかないか」
俺は騎士団時代の貯金を握りしめ、アイリスに内緒で「ギルド特製のバーベキューセット」を注文した。
数時間後。地下倉庫は、香ばしい肉の焼ける煙で埋め尽くされた。
「おおお……! これだ、これこそが我の求めていた香儀よ!」
ポチの目がギラリと光る。
目の前の鉄板には、俺が指先一つで、細胞を傷つけずに「光速スライス」した極厚のステーキ肉が並んでいた。
「スキル発動――『超高速・肉返し』!!」
俺の指先が閃く。オリハルコンの指で直接肉をひっくり返す(熱を感じない仕様)ことで、肉汁を一滴も逃さずに完璧な焼き加減を実現する。
「すごいね、ヴォルガッシュ。その指、料理に使わせたら天下一品じゃないか」
ミレーヌが、熱気でさらに薄着になりながら、焼きたての肉を頬張る。
「ふふ、服を着ていないと、熱い肉もダイレクトに喉を通るね。最高だよ」
「(その理屈は分からんが、喜んでるならいいか……)」
地下倉庫の宴は最高潮に達した。ポチは巨大化して、ドラゴンの姿で肉を飲み込み、ミレーヌはワインをラッパ飲みして踊り始める。
だが、そんな楽しい時間は、冷たい足音によって遮られた。
「……地下から煙が出ていると思えば、何ですか、この不衛生極まりない状況は」
アイリスだ。彼女は眼鏡の奥で、殺気にも似た光を放ちながら立っていた。
「あ、アイリスさん。これには深い事情が……」
「ヴォルガッシュ様。ギルドの備蓄薪を勝手に使い、さらに無許可で火気を使用。……罰として、明日の掃除当番は三倍です。あと、そのお肉。一切れ私にもよこしなさい。……毒見です」
アイリスは、俺が差し出した「完璧な焼き加減の肉」を口に運ぶと、一瞬だけ瞳を潤ませ、小さく「……美味しい」と呟いた。
「よし! アイリスも仲間に加わったぞ! 宴の再開だ!」
地下倉庫に響く笑い声。
鼻をほじり、土下座をさせるためのスキルが、今日はただ、仲間たちの笑顔と満腹のために使われていた。
「主よ。我は満足だ。明日からはまた『シバ・ドラゴン』として働いてやろう!」
肉で買収された神竜と、露出狂の魔導師、そして氷の受付嬢。
俺の騎士道は、どんどん変な方向に曲がっている気がするが、この煙に巻かれた幸せだけは、本物だと思いたかった。




