自転車怪盗団の優雅な逃走
お宝を盗んだ怪盗は颯爽と去っていく。
車?ハンググライダー?気球?
いや、自転車で。
「さあ、相棒たち。今宵も完璧な夜だった」
漆黒のシルクハットを風に飛ばされないように押さえながら、私は得意満面に言い放った。左手のポケットには、伯爵家が数世代にわたって守り抜いたという伝説のダイヤモンドが、控えめに、しかし確かな存在感をもって鎮座している。
私、闇夜の蝶こと怪盗ジューンは、今、愛車にまたがっている。チタン合金製のフレームが月光を鈍く反射する、特注のロードバイクだ。
「しかし、ボス…」
背後から、一番の古株であるジョーが、息切れ混じりに声を上げた。彼の周りには、同じく黒いスーツに身を包んだ部下たちが、私と全く同じ自転車を漕いでいる。
総勢5名の怪盗団が、深夜の舗装路を疾走する光景は、さながら異様なサイクリングチームだ。
「まさか、今回も自転車で逃走とは思いませんでしたよ」とジョー。
「てっきり、あの格納庫に隠してあった高級スポーツカーか、ド派手なハンググライダーかと…」
横を並走する若いルーキーが、さらに首を傾げる。「気球で優雅に夜空へ、なんて作戦も練っていたはずですよね?」
私はペダルを漕ぐ足を緩めずに、フッと笑った。
「馬鹿め。あのダイヤモンドの輝きは、もはや一つの光害だ。気球など論外、夜空の提灯になってどうする?」
「では、車は?」とジョー。
「車か。確かに速い。だが、この大都市の裏路地、建物の隙間、階段……奴らのパトカーの追跡を振り切るには、速さだけでは足りん。必要なのは小回りだ。そして、何よりも……」
部下たちがごくりと唾を飲み込む。私がロードバイクのベルをチリンと鳴らした。
「それに、私ときたら、あいにく車の免許がないのでね。法律は守らねばならん。交通法規は。自転車は歩行者の邪魔にならない限り、どこでも走れて便利だ」
「…それだけですか?」
「それだけだ。さあ、信号が変わるぞ。青信号だ、止まるなよ、相棒たち!」
私は夜の帳の中へ、ダイヤモンドの輝きと共に、風を切って消えていった。
怪盗ジューン「座席が前後に二つ以上並んだ、タンデム自転車で走るってどうだ?」
部下たち「無理っす」




