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不幸少女  作者: Stella
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酒とつまみ

「……また、目が覚めた。」


食べていないせいか、目が覚めるのも早い。

結城かなの腹が、静かな部屋に小さく鳴った。


食べ物を探してリビングに出ると、

そこには酒に酔って眠り込んだ“怪物”がいた。

テーブルの上には、飲みかけの酒とつまみの残骸。


かなはいつも、腹が痛くなるほど空腹だった。

空腹のときだけは、何も考えずに「お腹すいた」と思っていればよかった。

その瞬間だけは、少しだけ楽だった。

――地獄みたいな日々を、痛みで誤魔化すように。


もちろん、まともな食事を取れることなんてほとんどなかった。


それでも、朝だけは必ず何かを口にした。

朝食を抜けば、“怪物”が目を覚ます。


残っていたつまみをいくつか摘み、

かなは音を立てないように家を出た。


今日も、同じ一日が始まる。

通りの猫、急ぐサラリーマン、

そして――


「いたっ!」


誰かの小さな悲鳴が聞こえた。

ぶつかった相手が転んだらしい。

振り返ると、淡いピンクの髪の、いかにも可愛い少女だった。


「……ごめん。」


もう謝ることに慣れてしまった。

自分のせいじゃなくても、謝っておけば早く終わる。

それが、彼女の処世術だった。


「大丈夫、私のほうこそ! 前を見てなくてごめんね。」

「君、どこか痛くない?」


――変だ。

この子、私を変に見ない。


愛されて育った子は、やっぱり違う。


「ううん。」


短く答え、立ち去ろうとした。

だが、その子は追いかけてきた。


「ねえ、名前は?」

「私は黒田幸恵くろだ・さちえ!」


「……かな。」


「いい名前だね、かな!」

「あ、これあげる!」


幸恵はカバンをごそごそと探り、

小さなチョコレートを差し出した。


「……私のこと、知ってるの?」


「ううん。でも、ぶつかったのは私のほうだし。

謝りの印ってことで!」


「……」


――ほんと、変な人。


これ以上関わりたくなくて、

チョコをカバンに突っ込んで足早にその場を離れた。



学校。

昔はここが“悪魔の城”に見えた。

味方は一人もいない。悪いのはいつも私。

少しでも間違えば、“怪物”がやってきて殴られる場所。


……まあ、今も似たようなもんだけど。


そう思いながら教室に向かう途中、

男のグループが目に入った。


「くそっ!」

「また負けたのか? ははっ!」


――多分、ゲームか何かで負けたんだろう。

質の悪い連中だから、パチンコかもしれない。


その時、怒鳴っていた男と目が合った。


「チッ!」


次の瞬間、かなの腹に蹴りが飛んだ。

……ちょうどいい八つ当たり相手だったのだろう。


「ぐっ……!」


息ができない。

胃なのか、みぞおちなのかも分からない。

崩れ落ちながら、こみ上げてくる吐き気に逆らえず、

胃液だけを吐き出した。


「うっわ、汚ねぇ。」

「おいおい、でもお前よりマシじゃね?」

「当たり前だろ。」

「まあ、あいつ見てれば少しは慰めになるしな。ははっ。」


何がそんなに楽しいのか。

彼らは笑いながら去っていった。


――また、痣が増えた。


しばらくしてようやく立ち上がり、教室に入った。

迎えてくれるのは、落書きだらけの机だけ。


「死ね」「バカ」「気持ち悪い」


そんな文字で埋め尽くされていた。

痛むお腹を押さえて座っていると、教師が入ってきた。


「はい、みんな注目!

今日は転校生が来てるぞ!」


「おおーっ!」

「女の子?!」


男子は騒ぎ、女子は興味なさそうに視線を逸らす。


そして――

入ってきたのは、今朝ぶつかったあの少女。


ピンク色の髪。可愛い顔立ち。


『ピンク……あの子……』


「じゃあ、自己紹介をお願いできる?」


「はい、先生!」

「みんな、よろしくね! 黒田幸恵です!」


男子たちは一斉に彼女を見つめ、

女子たちはどこか警戒するように彼女を睨んだ。


かなは一瞬だけ心が動いたが、

すぐに無関心を装った。


「うーん、それじゃあ幸恵は……」


先生の視線が教室を一周し、

最終的に、かなの隣を指した。


「……そこ、空いてるわね。あそこに座ろうか。」


先生もかなを嫌っていたが、空席はそこしかなかった。

誰も隣に座りたがらなかったからだ。


けれど、幸恵は嫌な顔ひとつせずに、

「はい、先生!」と明るく返事して座った。


「こんにちは!」


席につくと同時に笑顔で声をかけてきた。

かなは小さくうなずいた。


先生は「仲良くしてあげてね」とだけ言い残し、教室を出た。


その瞬間、男子たちが一斉に群がった。


「どこから来たの?」

「幸恵って言うの? いい名前じゃん!」


少し戸惑いながらも、丁寧に答える幸恵。

そのとき、気に食わなかったのか、一人の男子が

かなを押しのけて自分の席を作った。


「ちょっと!」


幸恵の声が響く。

男子は慌てて言い訳をした。


「あ、いや……こいつなんか気にすんなよ。どうせこいつ――」


「私はね、クラスメイトに手を出す人、嫌い。」

「今日来たばかりでこんなこと言うのもあれだけど……

ちゃんと謝ってほしい。」


「み、みんなの前で?!」


「私にじゃない。押した子に、だよ。」


――驚いた。

いや、戸惑った。

初めて“味方”になってくれた人だった。


でも、放っておく方がいい。

私に関わると、あとで痛い目を見るから。


「……わ、悪かったよ。」


男子は渋々謝った。

周りの笑い声が痛い。


「ほら、謝っただろ。」


――はぁ。


いつもそうだ。

加害者の謝罪は、一方的だ。

“許すまでが義務”みたいに押しつけてくる。

早く終わらせたくて、かなはただうなずいた。


その様子を見ていた女子グループが、ひそひそと悪口を言った。


「来たばっかで何あれ。」

「正義の味方気取り?」


今日という一日は――

いつものようで、少しだけ違った。

けれど、マイナス1点の日だった。

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