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メガネアイ  作者: サカのうえ
第一章 「メガネを侮ることなかれ」
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第一章1 「メガネを愛せ」

 とある辺境伯、屋敷内──物心ついた頃には既にメガネに魅入っていた。それも特に丸型のメガネは美しいと。

 子供の習性として丸いものによく惹かれる、というのは聞いたことがある。だが正にそのことかと初恋が丸型のメガネだった。


 貴族らしい綺麗な自室で幼くも「メガネ図鑑」と言うものをこれでもかと読み漁った。

 しかし不思議なことに惹かれたのは丸型のメガネだけでなく四角めのスクウェアメガネにも。


「凄い……まさに世界遺産だ……」


 目をキラキラと輝かせながら図鑑を見る。

 だが幼いケイロット・エズ・フィセルにとって図鑑を見るだけでは物足りなかった。


「どんな感じで見えているのですか! そのメガネ」


 興味津々に前のめりに聞いてくる姿はメガネをかけている使用人だけでなく万人を魅了してしまう。

 それは幼いながらにして美形という点だけでなく綺麗な淡い瞳と綺麗な髪質も魅入ってしまうからだ。


 物腰柔らかい穏やかな性格でありながら礼節も他の貴族との交流も難なく成し遂げる。唯一の欠点がメガネを愛するがあまり、興奮して情欲して恋愛対象になってしまっているということ。しかし、その欠点はあまりにも大きい。


 それは成長と共に自然となくなるだろう。フィセルを知っている者は誰しもがそう思い、そう願った。

 ──だがその願いはいつになって叶うはずもなく年々、余計にフィセルのメガネ愛が強くなっている。


 自ら目が悪くなろうと近しい物を見たり夜遅くまで本を読んだりetc……の繰り返し。


 目が悪くなりメガネを必要とするまで努力する、という変人に成り上がってしまっていた。



 ──その晩、辺境伯フィセルの家族はフィセルが去った食卓場で会議を開く。


「まずい。これではまずい」


 最初に口を開いたのはテーブルの上で手を組んでいる辺境伯当主にして父親のケイロット・エズ・ハールだ。

 短い藍色の髪にフィセルと同じ淡い色の目をしている男性で優しそうでも威厳がある。


「次期辺境伯になるフィセルが、アレではまずい。まさに異常だ。私の血が濃く引き継がれてしまっている。女性に興味を示す前にメガネを知ってしまった」


「そうよね。貴方が昔にやったみたいな、メガネ禁、を強いるべきだと思うわ」


 その右前にある椅子に座る母親フェルは温厚でいて姿勢良く手を膝の上に置いていた。

 金色に長いロングウェーブの髪に可愛らしいドレスを着ている優しそうな女性だ。


「フィフも兄さまは変だと思う。メガネの話をしたら目つきが変わるもの」


 その母親の右隣にいるまだ3歳の妹、フィフは威厳がある父親譲りの藍色の肩まである髪に大人しい冷淡とした性格と見て取れる。


 だがその言葉に何故か父親ハールも苦い表情で心なしにダメージを負ってしまった。


「ぼくも異論はなしです」


 そしてフィフの対面、父親ハールの左前に座るのはまだ5歳の弟ファール。優しそうな母親譲りの金髪に毛先だけ父親譲りの藍色が混ざっている。


 満場一致でフィセルのメガネへの重さが認められ、次期にメガネ離れさせることになった。



 そんな会議をバレないように陰から聞いていた幼いフィセルの表情は曇っていた。


「僕は異常……」


 誰が見ようと当たり前異常だ。

 しかし、心の声を溢してしまうほどにフィセルにとっては自身がおかしいことに衝撃と哀しみを受けていた。


 部屋に篭ると膝から崩れ落ちて頭を抱える。

 人は女性に興味を示すものなのか、なぜ皆んなメガネの良さがわからない。愛して愛して愛して、好きで好きで好きで、こんなにも可愛らしいメガネのよさを。


 あそこまで美しいメガネという物は至高であり『レンズ』の部分は特に綺麗でいて愛らしい。『フロント』の部分はメガネの顔であって逆なんで好きになれないのか。『リム』の部分はレンズを固定し支えてくれる安心感を覚えられて好ましく思う。『ヒンジ』の部分はフロントとテンプルを繋いでくれる気持ち的にも架け橋になっているのである。


 他にもたくさん部品によって役割が与えられて、それぞれ見事に全うしている。それでこ愛らしくて愛おしさがあると言うのに、なぜ誰もわかろうとしない。


 ──しかし、それでも父様に「お前では次期当主になれない、任せられない」と言われる方が嫌だった。

 優秀な面が多いからこそメガネへの愛を抑えて辺境伯次期当主になることを目標に。


 ──だが、それは本当にメガネを愛していると面と向かってメガネに言えるのか。

 隠すような愛ならば、それは『偽り』ではないか。

 好意を持つのならば堂々として……だがさっき異常だと言われたばかり。


 メガネアイは偽りだ、辺境伯次期当主なのだから。

 そう何度も何度も己に言い聞かせた。



 そして青年となり当主を担っているケイロット・エズ・フィセルが今の今まで隠してきたメガネアイ。

 ──それが見事に崩れ落ちる音が聞こえた。



** ** * ** **


 応接室に通されたフィセルと机を挟んで向かい合っているリューレイ夫妻は気まずい空気で話が始まる。


 フィセルからしてみれば。

 地面に落としていた娘のメガネに対し高揚して目を輝かせていた変人だと、失礼がないよう声には出さないが少なくともリューレイ夫妻がそう思ってるのは確かだろう。


 リューレイ夫妻からしてみれば。

 娘に辺境伯が来ると伝え忘れており粗相しかない寝起きの状態で遭わせてしまったからこそ、話を向こうから切り出そうとしない。つまりそれについてまずは謝罪を求めているのは確かだろう。


「…………」


 しかし、なんと言うか双方ともに話を切り出しづらい空気が応接室の中では充満していた。


「その、」


 そんな中、最初に口を開いたのはリューレイ家当主でありスイラの父親リューレイ・リム・リエズだった。

 緑色の肩まで長い髪にまぁまぁ整っている顔立ちをしていて大人しめな貴族の服を着ている。


 フィセルは案の定、メガネの件で言い詰められるのではと恐れ覚悟して肩に力が入った。しかし


「……すみませんでした! あのような粗相をっ……」


 頭を下げるリエズだが、メガネについて追及されないことにフィセルは目をぱちくりとさせる。


「え……?」


「え?」


 予想外の驚いたようなフィセルの反応に対し共に疑問符をそのまま口にした。

 互いに驚いたような表情が瞳に映るフィセルとリエズによって再び何とも言えない空気が流れる。


 それを見ていたスイラの母親はにっこりと優しい笑みを溢して何も言わずに目を瞑る。


「あ、あぁ。大丈夫ですよ。私とて今回はメガネ……じゃなかった。ご令嬢と婚約を結びに来たのですから」


 慌てている心を隠すような優しい声で説明をするフィセルだが、メガネと婚約する気概だったのだろうか。

 その優しい誤魔化しの言葉にリューレイ夫妻は何故か大きく目を見開いた。


「は……いいのですか!? 娘はあのスイラで……」


 動揺と驚きのあまり腰を上げて机に掌を置くリエズに対しフィセルは引き気味に「ええ」と答える。


「事前に手紙でも送ったとおり、その話を進めにきたワケですし。何よりメガ……じゃなかった」


 冷静に説明を続けるフィセルの穏やかさに落ち着いてリエズは再び腰を下ろす。だが不思議そうに目を見開いたまま呆然としていた。

 それにフィセルは動揺がなくなり優しい笑みで「いや、あってますね」と言葉を訂正する。


「あの有名なメガネ屋の経営者でもあるリューレイ伯爵さまには興味があったもので」


 それがフィセルにとって何よりも大切な部分であるのだが、あくまでも家の政略結婚的な問題だ。

 リューレイ伯爵家には辺境伯との婚姻は言わずとも利益に繋がるだろう。国境に近しいからこそ不安はあるがケイロット辺境伯は信用出来る実績がある。


 何よりも相手の爵位というものが上である以上、気持ち的な面で容易に断ることなど出来ようか。


「いえ……確かに娘は優秀ですが、暇さえあれば常に本を読むような子で。ですので……」


「素晴らしいじゃないか! それで? あの素晴らしいメガネの手入れは誰が……」


 再び我を失うほどの高揚に静まり返る場。

 ──すると突如としてドアが3回ノックされてゆっくり開き皆がその方へと視線を移す。


「すみませんっ……旦那様っ……」


 ドアの向こう側に居るメイドはスイラ専属の者であり息を切らしているラビルだった。


「辺境伯様、大切な話を遮ってしまって処罰は覚悟しております! それよりお嬢さまが……コンタクトをっ……!」


 血相変えてまで報告してきているからこそ、最初に腰を上げて動いたのはフィセルだ。そのフィセルは深刻そうな真剣な眼差しを話を遮って来たラビルに向ける。

 それに怖気付いて肩をビクッと振るわせるが覚悟して力んだ目を保って顎を引いた。


「ダメだ。コンタクトの着用はなんとしてでも阻止しなければ」



** ** * ** **


 自室にある豪華な鏡の前で反射されている自身の充血しているルビー色の輝かしい眼を見つめ、右手の人差し指にあるコンタクトレンズを近づける。

 うめき、苦しみ、涙を流し、それでもなお何度でもコンタクトの着用に挑戦する。


「なんなんですの…….これぇ……」


 コンタクトを前に弱々しい声を上げるスイラは髪を手入れし既に綺麗な服装に着替えていた。つまりは令嬢として人前に出せないメガネではなくレンズに変えるだけ。だけなのだが、その「だけ」という言葉がスイラにとってどれだけ苦痛か。


「わたくし……頑張るのよ…………」


 そう意気込むも、スイラの心中は──


 無理無理無理、どうしても無理。なんで目に異物をいれないといけないのっ…………これ死んだ方がマシの域よきっと本当に無理。できる方が凄いのよ。だからわたくしは凄くなていいから無理よ……


 という弱音しかない。

 スイラにとってコンタクトレンズの着用は水が目に入ることや目薬をさすことと同じくらい地獄だ。


 なにより水が目に入るのは己が進んでやらない自然的に起こるものだからまだマシである。

 しかし己から望んでやるものは別だ。


「うぅ……」


 そんな涙に左横、ドアの方から差し出された優しい生地で出来たハンカチが視界に映る。男の人の手だ。

 スイラは不思議に思って恐る恐るハンカチを差し出してくれた人の顔を見上げる。


 そこにいるのはスイラを見つめて心配そうに見つめている美しい男性だ。憂いている目すらも美しく思えるほどのガタイの良さととても高い身長。

 スイラよりも40センチ以上は上だろう。190は少なくともあるのではないか。


「…………?」


 見慣れない。近眼だからこそ近くはハッキリと見えるのだが貴族の服を着ている男性。綺麗な顔立ちをしていて淡い瞳が人を惹きつけるような、スイラにとってはそれしかわからない。


 見渡せば周りにいるメイド、ラビルやスイラの両親が確認できる。それからわかる通り共に駆けつけて来てくれたフィセルだ。


「コンタクトはしない方がいい。美しい貴女はメガネの方がよく似合う」


 だが、なぜ本人の許可もなく両親同行といえど異性の部屋に入って来ているのか。

 明らかにスイラの両親も対応に困っていて、ラビルは充血したスイラの瞳を心配している。


「…………っどなたですの──!?」


 固まる状況の中、最初にスイラから発せられた声はそんな鈴のような高らかな叫び声だった。

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