表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メガネアイ  作者: サカのうえ
第一章 「メガネを侮ることなかれ」
12/31

第一章幕間 「ラビル・スフィシ」

これは専属でスイラのメイド・家庭教師・護衛を成すラビル・スフィシの視点から見たもの。


 なんてことない子爵の生まれである私は幼い頃から『才能』というものより『野心』に飢えていた。


 そう──野心だ。


 たくさん勉強して色んなことが出来るようになって死に物狂いで出世してやろうと心に決めていた。

 何より他に兄弟がいなかったため次期当主とも言われていたが子爵の当主……どうにも響きが悪い。

 それは性別での響きは関係なく、とにかくもっと上へ上へと思う向上心が尽きないことにある。


「私ならもっと上を目指せます! だから家は死んでも継ぎません!」


 親の前でそう宣言したとき、手が早い父にぶん殴られたのを今でも覚えている。


 それが10歳の頃──家出を決めた決定的な理由だ。

 もちろん親には悪いと思っているし早くに捜索願が出されたのだが、手を出す方が悪くないか。


 何よりこの家の当主になって上へと這い上がるということも出来るだろう。


 しかしあの家にいるのはもうウンザリだった。

 口だけでありながら手を出すのが早い父に、何かあると笑って誤魔化すことしかできない母。酷評だと思うが実際にそうなのだ。


 ── 私は教養がある! 信念がある! ならば一度使用人として上の貴族を見てみなければッ!


 心の声まで大きい。声が常に大きいのは意識しないと小さくできないという唯一不器用さが現れる。


 そして持ち前の器用さと野心を生かして難なく使用人になれてしまった。


 何より私が使用人として最初に働くことになったのは悪い噂が全くないリューレイ伯爵の邸だ。最初はこの上ない幸運だと思った。


 その噂通り家の当主である旦那様は温厚な方で奥様は凄くふわふわしている雰囲気の優しい方、そして子息であるメイズ様は人望に厚い堅実な方だと話してみても思う。


 とても暖かい家族というのか。

 それと同時に、父の暴力沙汰が週一の頻度であって母それさえ見て見ぬフリをしていたあの家にはもう戻りたくない。そんな思いが強まっていく。


 ── しかしこのリューレイ家の令嬢であるスイラ様は闇属性の魔力を持っていると知らされた。

 それがこの家に仕える唯一の不運だったと常にそう考えていたのは紛れもない事実だ。


 それだけではない。スイラ様は生まれ持った魔力が大きすぎるがため幼くも8歳にして危険人物と王国に名が渡り始める。


 『そんな危険人物が居る場所に使えるなんてごめんだ』


 私もそう思っていたし、

 現に「いつか暴走した魔法に巻き込まれるのでは」と気がすり減って使用人を辞める人まで出て来た。


 だからこそ


「闇属性の者は隔離するべきではないんですか?」


 そうリューレイご夫妻に聞いてみたことだってある。

 だが旦那様も奥様も優しい表情をしたまま口調は違えど口を揃えてこう言った。


「闇属性であろうとなかろうと、スイラはスイラだ」


 そんな甘い言葉を言うから今まで闇属性の者による暴走が起きて犠牲者が出ていたのではないか。

 しかしそんな思いすら食い込むように


「暴走するかもしれない、じゃなくて、しないように頑張りたいって本人が言ってたんだよ。だったらするべきじゃない。国が隔離すると宣言したら私たちはスイラの味方になるね」


 単なる甘い言葉ではなかった。

 それは「娘のためなら国すらも敵にする」という覚悟の上で断言していた。それを使用人にまで断言すると言うことも含めて私の父親と違って口だけではない。


「それに信じているけどもし万が一にもスイラの魔法が暴走して、人様に危害を加えたりでもしたら私たちはちゃんと責任を追って審判を待つよ」


 笑って誤魔化すこともしない。

 そんな旦那様の言葉が頭に入ってこないくらい、「暴走しないように頑張りたい」それを8歳のお嬢さまが言っているということが気になった。


 それと同時に私は思った。


『不運だったのは私たち使用人ではなく望んでもいないのに多大なる魔力と闇属性を持って命を授かったお嬢さまの方なのでは』


 闇属性の者に仕えることが不運だというのなら。

 多大なる魔力且つそれが闇属性として生まれてきたお嬢さまは不運というものを超えている。


 ── 仕えるだけで不運なんて私はどれだけ臆病者か! そんな臆病者が出世なんて出来るわけないでしょう!


 そんな自分に苛立って、次の日も待たずすぐにお嬢さまの部屋に突撃した。


「お嬢さまァッ!」


 そこに居たのはベッドの隅で溢れ出る涙を堪えながら本を読んでいる8歳の幼いスイラ様だった。

 そのスイラ様は見開いた目でこちらを見ては「ぅ」と小さな声を溢して慌てふためいている。


「あ……あの、わたし……まだ頑張りたいの! だからっ、だからもう少し待ってくれたら絶対に暴走しないって約束するから! わたしぜったい頑張るから!」


 本を読んで魔法の勉強をしているのだろう。

 いつどの魔法を授かったとしても暴走せずに、毎日を過ごせるように。自分の居場所を守り抜くために。


 なんて強い子なんだろう、初めて自分が持つ野心なんてバカバカしいと思った。

 この子は頑張らないといけない、頑張らなければ皆んなと離れ離れになる運命に生きている。


「すみませんお嬢さまァッ! 私めが教えますッ! お嬢さまに魔法をッ! お嬢さまの側でッ!」


 頭を下げると同時に涙ぐんでしまった。

 悪いことをされた覚えもなく困惑しているスイラ様の姿さえ見れずに。


 なにが不運だ、なにが闇属性だ、なにが隔離だ。

 目の前にいるのはリューレイ・スイラというただの幼い女の子ではないか。


 強い子であろうと泣くときは泣くし独りで頑張る必要なんてない。独りで頑張らないといけないことなんてない。

 スイラ様という人物を少しでも知れた自分は十分に幸せ者ではないか。



 ──それから3年が経ってもスイラ様は隔離されずになんとか15歳になられた。

 私が今年18歳になるから少し幼なげな放って置けない妹を見守っている気分だ。それを口に出してしまえば「ラビルは姉じゃないわよ」と可愛らしい真剣な眼差しで言ってくるだろう。

 そんな想像をして「ふふっ」と笑みを溢し、いつものようにスイラ様を起こしに部屋のドアを開ける。



** ** * ** **



 「誕生日会に招待される令嬢の調べ」を任された翌日もいつものようにお嬢さまを起こしに向かう。

 それが日課であり朝に弱いお嬢さまは大切な日も起きられないだろうという判断だ。


 そしてお嬢さまの部屋の前で立ち止まり、3回ノックをしようとしたその時──


「……本当に────魔人が関与して──」


 という震えたお嬢さまの声が微かに小さく聞こてきた。

 ドア越しだから小さく聞こえる且つ途切れ途切れのように上手く聞き取れない。


 お嬢さまは確かに『魔人』という名を口にしていたような気がする。


 ── マジン……?


 魔人というものは確かに存在する。

 しかしどうしてお嬢さまがこの時間に起きていることが出来るのか。そして起きてまで口にしていた魔人というものは世界を滅ぼせるほど非常に危険な存在なのだ。


 それで頭が真っ白になり、他にも何かを言っているような気がしたが全くもって聞き取れない。


 だからこそ問わねばと思い、ノックを忘れて振り切って部屋のドアを開ける。


「お元気ですかァッ! お嬢さまァッ!」


 と大きな声を添えて。

 すると肩をビクッさせてお嬢さまはゆっくりこちら潤んだ目で見つめている。長年の付き合いだ。あの時と同じ精神的な痛みに耐えてるときの涙だとすぐに理解した。


「大丈夫ですかっ……! お嬢さまっ!」


 お嬢さまが泣いている時こと側に居ないとという思いで頭が埋め尽くされる。キャスター付きのキッチンワゴンなんて関係なく咄嗟にお嬢さまの側で目一杯に寄り添う。


「ラビル、今日は何月の何日?」


 突然日にちを聞いてくるお嬢さまに不思議そうな表情をして首を傾げる。しかしお嬢さまの目を見るにこれはどうしても聞かなければならないことなのだろう。


「7月の15日でございます」


 そう言うとお嬢さまは深刻そうに顰めた目で可愛らしい自身の掌を見つめた。その顔は浮かなく涙を堪えているように曇りに曇りきった表情で。


「ラビル、わたくしが頼んでいたこと覚えてる?」


「ええ。誕生日会に招待される令嬢の調べでしょう?」


 不思議と不安で、でもお嬢さまの瞳を見れば答えなければならないような気がして答えた。

 するとお嬢さまは少しだけ悩んで


「サフィ様の元へ行くしかない」


 そう言ったのだ。昨日の夜に「朝早くから1人で辺境へと向かうわ」と言っていたはずなのに。

 どういう心変わりなのか不思議に思っていると


「少しね、『予見』についての推測を聞いてくれる?」


「……いくらでも」


「授かった『予見』は多分、アレよ。わたくしが死ぬであろう何時間か前に出てくれるものだと思うの」


 聞き間違いだろうか。

 たまに突拍子もないことを自信ありげな真剣な眼差しで教えてくる。しかしお嬢さまがそんな顔で何かを言うときは必ず心の中で答えが出ているとき。


「…………どういうことですか?」


 深刻な空気に眉を顰めて考えが読めないお嬢さまの言葉を理解しようと頭を追いつかせる。


 ── お嬢さまが死ぬ? そんなこと絶対にあってはいけない……私めよりお嬢さまが先に死ぬなんてことは……


「わたくしが授かる魔法は全て時間が少なからず関係しているの。例えば『流影』だと一度使い終えたら2時間は使えないとかそんな感じよ。風は使用時間が限られてるとか無理矢理にでも時間が関係しているの」


「ですがお嬢さまは死なれていないでしょう? それに自分が死ぬ未来は全く映し出されていなかったのでは?」


「ええ。だから確定ではないの。でも予見のトリガーが死ぬ数時間前だった場合、上手く使ってみせる」


 少しだけその言葉に安心した自分がいた。

 お嬢さまが死ぬ未来を予見が映し出していないのならまだ安心だと胸を撫で下ろす。


 そしてこのお嬢さまが真剣な眼差しから明るい顔に変わって自信ありげにそう言ったのだ。それはお嬢さまだけに仕えるものとして信じずに何を信じろ言うのか。


「お嬢さま、聞き間違いならすみません。先ほど『魔人』が関与してる、と言っておりませんでしたか?」


 だからこそさっきドアの前で聞こえた魔人というものが気になってくる。


「盗み聞きをしていたのね。予見で見た中でわたくしの魔力がお望みかと聞いたら爆破で殺された。多分──『魔人ラスワ』よ」


 魔人というものは聞き間違いではなかった。

 しかも予見でちゃんとお嬢さまは殺されていると、そう言っていたのだ。さっきは死んでないって言っていたのに、何がどういう事なのか少し理解できない。


 それにお嬢さまを殺すのが爆発で有名なあの魔人の名前だったため眉を顰める。

 その魔人の被害は少ないが確実に魔力量の多い者を狙ってきていることを知っているからだ。


 お嬢さまが何を見てきて今何を見ているのか私には全く理解ができなかった。1番側で寄り添っているというのに寄り添わないといけないのにわからない。


 この方はどうしていつも独りなのか。

 それは物理的な距離の問題ではなくそれぞれが見えている世界での問題だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ