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メガネアイ  作者: サカのうえ
第一章 「メガネを侮ることなかれ」
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プロローグ

 眠っているベッドに太陽の眩しい光がカーテンの隙間から注いできた。ついでにチラッと見える小窓も含めて朝の合図だ。

 部屋は貴族らしく豪華でいて煌びやかさはない素朴な心地の良いふかふかのお布団。


 だが眩しい消えろと言わんばかりに被り布団を頭まで被ってうなされる。


「ん……眩しい……」

 

 使用人はまだ部屋に入ってこない。朝に弱いスイラがそう命令したからだ。

 幼なげな顔で再び眠りにつこうとしているスイラだが


「暑い! 悪魔ね! 夏は!」


 そう叫びながら被り布団を蹴り飛ばし、優雅さなどなく布団から体を起こす。


 涼しいような工夫をしている夏。涼しいはずの夜中でさえベッタリとした汗をかくような忌々しい夏。

 スイラにとって夏はそんな評価であり大した面白みもない汗、汗、汗というだけの季節。


 起きたら必ず湯浴みをするくらいスイラにとって朝と暑さは大敵だ。


 ──すると、部屋のドアが3回ノックされてスイラは不思議そうにドアへと目をやる。すると開いたドアから優雅でクールな使用人がキャスター付きキッチンワゴンを運んで姿を現した。


「大丈夫ですかァッ! お嬢さま!」


 他の使用人と同じくメイド服を着ていて、感情剥き出しにハキハキと大声で言いながら表情を一つとして変えない女性だ。


「酷いですわ! 夏はなんでこんなに暑いんですの!」


 寝起きで頭が回らず、黄緑色でボサボサの長い髪を払いのけて頬をムッと膨らませる。薄いワンピースのようなパジャマはスイラの良いスタイルを強調していた。


「知りません! 失礼ながら! 私は! 知りま……」


「相変わらず声が大きいのよ! 朝っから!」


 ラビルはスイラよりも三つ上の女性で黒い髪を1つのお団子に結んいる。

 最初こそスイラから見てラビルの印象は表情も変えない怖くて冷徹で四角四面の怖い女性だった。


 だが今では


「私は! うるさく! ないと思います!」


 ただただ表情を変えず声がでかく、いつだって隣にいて要望に沿って世話をしてくれる優しい使用人だ。

 キッチンワゴンを運んでベッドの横に来ても


「おはようございます!」


 声量を変えずに挨拶をする。

 声の大きさについては反論までしてくる変わり者だが表情を変えない変わり者だ。


「だったら私が小さいと言うの? そうよ、小さいわよ! ラビルに比べたらね!」

「でしたら! 改善した方が!」

「なんで私が!?」


 だがスイラが汗をかいていることに気づき、キッチンワゴンに乗せているカゴから真っ白で綺麗なタオルをスイラに差し出す。両手で受け取るとスイラは恥ずかしそうにラビルから目を逸らした。


「わたくし、メガネを失くしましたわ。もうお嫁に行けないの……」


 なんて夢を打ち明けるように言いながら白いタオルで顔を隠す。


「頭がぶっ飛んだんですか!?」


「失礼ね! だって最悪コンタクトよ!? あの目に入れるコンタクト! わたくしに失明しろって言ってるようなものじゃない!」


「もの凄い偏見が!」


 血の気が引いて寒気を催すように腕をさすっているスイラを見るラビルは頭を抱えてため息を吐いた。


「そもそも私めは思うのです。メガネ、本好きといったら大人しい方。ですがお嬢さまはちゃんとお嬢さまなのです」


「当たり前のことを堂々と言わないで! 伯爵家に生まれたからには当たり前よ! ……ん? 普通に喋れるのね?」


 朝から激しい言い争い(激論)が飛び交っていると、いつものように部屋のドアがバンっと勢い良く開いた。そこに目線をやると


「大変です! お嬢さまのメガネさまが!」


 今度は青年ほどの見た目の執事が血相変えて慌ただしく何かを報告しに来ていた。



** ** * ** **


 我ながら上手くやっていたと思う。

 何せ生粋のメガネ好きでありながら、今の今までそれを隠して公務に励んでいたワケだから。


 しかし、


「これは……! なんて愛くるしいフォルム!」


 辺境から遠くの伯爵家へやって来たばかりの──ケイロット・エズ・フィセルは丸いメガネを手に綺麗な淡色の瞳を輝かせていた。

 周りの使用人からは少し困惑を隠しているかのような目を向けられ、歓迎してくれていたリューレイご夫妻は見るからに少し反応に困っている。


「あの……」


 美しい金色の短髪に貴族服を着ていながら好青年というより少しだけ大人びている。

 すると急に赤いカーペットが敷いていて前方にある階段から1人の少女が慌てて姿を現した。


「あぁ! わたくしのメガネ!」


 その少女の声、言葉にリューレイご夫妻は冷や汗をかいて恐る恐る少女スイラの方を見る。慌ただしくも礼儀のある自分の娘に辺境伯の来訪を伝え忘れていたからだ。

 しかも、薄いワンピースのパジャマに寝起きで乱れた髪は上の爵位の方に見せるにしては苦しい。


 近眼といっても「誰か」がメガネを持っているのはボヤけて見える。この家でメガネを使うなんてスイラしかいないし、執事に呼ばれて来たものだから大体は理解できた。


 だが辺境伯、フィセルは人前にも関わらず落ちていたメガネに興奮して、目を輝かせていたことに冷や汗をかいている。


 そもそも、なぜメガネが地面に落ちておいて誰1人として気づかなかったのか。いや、メガネが地面に落ちている状況こそ最初に問うべきだろう。


 しかしこれが、コンタクトに怯える近眼伯爵令嬢スイラと、メガネ大好き辺境伯フィセルの最初にして最悪の出会いだった。

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