止まった懐中時計、動き出す世界
世界が変わるときって、意外と小さな歯車がきっかけだったりする。
今回のお話は、そんな“転がりはじめの一歩”です。
「くっっ!」
「うおっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「きょ、今日こそはぁぁ、はぁ、はぁ……のぼり、きるっっっ……!」
「よっしゃぁぁ! ついに……デビルヒル制覇したったわーー!!」
オレの名前は、沫須 紅諭。14歳、中学2年。
今日は塾の帰りにある、すっげぇ急な坂——通称“デビルヒル”を、
オレのチャリシルバーチャリオッツで、足を一度もつかずに登りきったのだ!
……ふふ、もう一度言おう。
デビルヒルを、一度も足をつくことなく、登りきったのだ!!
まぁ、小学校の頃から運動神経は良かったし、
オレにかかればデビルヒルくらいどうってことない。
明日みんなに話そう。いや、今夜タイム(SNS)に投稿してやろう。
「ふぅ……今は何分だろ? ……あ、そうだ、懐中時計」
これは中学に入る時、おじいちゃんにもらったもの。今でもちゃんと動く。
いまは、もう形見になってしまったけれど。
歯車と太陽と月が二つ? ちょっとよくわかんないけど、
この装飾がかっこよくて、お気に入りだ。
ついついスマホで時間を見ちゃうけど、
思い出したときには、ちゃんとこれを使うようにしてる。
「もう22分かぁ……30分までには帰るぞ!」
「デビルヒルを制覇したこの脚力、見せてやるわ!」
「いくぜ、シルバーチャリオッツ!」
◆◇◆◇◆
「先生っ! 紅諭は⁉ 紅諭は大丈夫なんですか!?」
「お母さん、落ち着いてください。……手術は何とか成功しました。
ですが、状態はかなり危険です。
命は助かりましたけど、いつ意識が戻るかは……」
「そ、そんな……」
「トラックとチャリが猛スピードで正面からぶつかってしました。
正直、助かっただけでも奇跡と言えます。
あとは、彼自身の“生きたい”という意志を信じて、待ちましょう」
「パパ〜、ママ〜……」
「麗!? 大丈夫よ。お兄ちゃん、すぐに目を覚ますから。
だから麗も、パパとママと一緒に、応援しようね」
「みんなで?」
「そう。家族みんなでよ」
「じゃあ、ポポも一緒に応援だね!」
「ふふ、そうね。ポポも一緒に、ね」
◆◇◆◇◆
ここは……どこだろう?
暗い……あまり、周りが見えない。
あれ……ようすがよく分からない……。
さっきまでオレは、シルバーチャリオッツで家に向かって……帰ったっけ?
……いや、わかんねぇ。ひとまず、落ち着こう。
いや、落ちつけオレ。
こういう展開は、ゲームやアニメだったら異世界転生とかしてて、
ここから冒険が始まっちゃったりするパターンだろうけど……これはホントの世界だ。
パニックになるな。
|ドォォォン!!|
「うわっ!!?」
「な、なんだ今の音⁉」
音のした方は、ちょっと明るくなっている。
岩だらけの空間で、周囲は崖っぽい地形……暗いけど、なんとか進めそうだ。
あしもとはゴツゴツして歩きにくい。でも、音のした方へ――
……明るい。というか、熱い。
なんだこの臭い。息もしづらい。
「うわっ……!」
そこは崖だった。
うしろは洞窟。下には、真っ赤にグツグツしてる——溶岩。
「え、ええええ~~!?」
「し、下は溶岩……? どこだよ、ここっ!」
洞窟に戻っても何も見えない。
どこか別の道は……あるか?
「……え?」
人影? 同い年くらいに見える。
銀色の髪、漆黒のマント、背には二本の剣——まさか、コスプレ? レイヤー?
いやいやいや、こんなとこでコスプレなんて、ホントの世界的にありえない。
ていうか、この場所自体が、もう……ホントの世界じゃない。
「おまえ……誰だ?」
銀色の髪の男の子は、メラメラしてる溶岩の明かりに照らされながら、
マントを風になびかせたまま、背を向けたまま、静かにそう言った。
オレは、その場に立ち尽くしていた。
様子が、何ひとつ理解できなかった。
……でも、なぜだろう。
なんとなく何かが始まりそうな気がしていた。
銀色の髪の男の子が、ゆっくりとオレの方を振り返る。
「だから……おまえ、誰だ?」
・・・「へ?」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ここから物語は、少しずつ“動き出して”いきます。
懐中時計が何を告げるのか、どうぞ確かめに来てください。