第7話 ブラックカウのシチュー
どちらの男性も見た目は二十代前半。この世界のこの時代なら二人ともちょうど二十歳のはずだ。黒髪の男性の名はラードリヒ・シークル。シークル子爵家の三男でお父様の幼馴染だ。この時には家を出て冒険者として活動をしていたと聞いている。
ラードリヒ様のお兄様が家を継いだのを契機に家を出たとのことだけど、別段ご両親ともご兄弟とも仲が悪いというわけではないようだ。ラードリヒ様にはよく冒険者としての話をしてもらった。いつも「女の子にする話ではないと思うがな」とぼやいていた。
そしてもう一人の男性。真っ赤なくせ毛をしていて、偉丈夫というのがぴったりなほどの肉体を有している。グレイス・スカーレッド侯爵だ。
「ははは、男親なんてそんなもんだろうな」
「結婚すらしていないお前に言われてもな」
「違いない」
二人して大きな声で笑っている。そんな二人の姿を見て泣きそうになる。
「あっ」
私は表通りを見ていた体勢から身を翻して駆け出す。
「どうしたにゃ」
「目が合ったわ、見ていたのに気が付かれたみたい」
見ていた時間は短いはずなのに気が付かれたのには驚いてとっさに逃げてしまった。考えてみれば逃げる必要はなかったのかもしれない。むしろ逃げたほうが怪しまれた可能性もある。
適当に角を何度か曲がり、別の路地から表通りに出て歩き始める。追ってきてはいないし、先程の表通りからは街の反対側なのでもう大丈夫だろう。
「少し疲れたわ」
「ローザ様はもういいお年にゃ、無茶はだめにゃ」
「ティアー、今なにかいったかなー?」
「にゃにゃ、なんでもないにゃ」
それにしてもこの世界のお父様も、私の知るお父様と同じように見えた。元の世界のお父様と違うところは少し若いといった所だろうか。私の一番覚えているお父様は今の姿よりも十五歳ほど年齢を重ねている時のことだ。
「そろそろ宿に戻りましょうか」
気がつけば日がかなり低くなっている。街のお祭り騒ぎはこれからなのだろうけど、私にとっての本番は明日だ。それにしばらくはお酒が飲めなくなるだろうから今のうちに飲んでおくのもいいかもしれない。今日泊まる宿は酒場もしているので晩御飯もそこですませるつもりだ。
「ティアはどうする? 猫のフリしてご飯を食べる?」
「それがいいにゃ」
「ただしお酒はだめよ。猫にお酒なんて飲ませてたら変な目で見られるでしょうから」
「仕方ないにゃね」
ティアは浮いていた状態から地面に降りた後に実体化して私の肩に飛び乗る。見た目は成猫の姿だけど重さを感じない。
日が暮れ始めると、そこかしこにある街灯が灯り始め通りを照らしている。そこかしこで今も酒盛りが始まっていて、今日と明日はこのような感じでお祭り騒ぎが続くのだろう。
宿屋にたどり着くと酒場の部分はそれほど混んでいないようだった。酒場で出るお酒は振る舞い酒ではないのが原因なのだろう。タダでお酒を飲みたい人は酒場ではなく表通りにある振る舞い酒をしている所で飲んでいる。
「おすすめの料理を一つと、あとは猫用にご飯を出してもらえるかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「なら魚を使ったものをお願いするわ。後は料理に合うワインをビンでお願いするわ」
「はーい、少しお待ち下さいね」
適当に開いているテーブルに座り、ティアは私の肩から下りてテーブルの上に座っている。店員を呼んで注文をするとティア用にも料理を用意して貰えるようだ。そう言えば今の世界は獣人がいるので、獣人にあった料理などもあるのかもしれない。
待っている間に周りを見ると様々な人種の人がいる。私はその光景を見て改めてこの世界は私の元いた世界とは違うのだなと思った。ちなみに先程の店員は黒い猫耳と猫尻尾をしていた猫の獣人だった。
「お待たせしました。ブラックカウのシチューとふわふわパンになります。それとワインは白ワインをお持ちしましたがよろしかったですか?」
「ええ、シチューには白が合いそうね。ありがとう」
「それと今日と明日はお祝いがあるので、シチューとパンはお代わり自由になっています。そしてこちらが猫ちゃん用のお魚の煮付けになります」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞー。猫ちゃんも熱いから気をつけて食べてね」
店員はティアの頭を撫でてから離れていった。
「それでは食べましょうか」
「にゃー」
私は両手を組んで目を閉じ、創世神に祈りを捧げた後食事を始める。ブラックカウの肉は、その名の通り全身が黒色をした牛だ。このブラックカウはスカーレッド領のみで飼育されている動物だ。
なぜスカーレッド領でのみ飼育されているのかというと、スカーレッド領以外に連れて行くと何故かその体毛が黒から別の色に変わってしまうようだ。なぜそうなるのかは分かっていないが、体毛の色が変わってしまうと味も変わってしまうらしい。
そして逆に他の土地から連れてきた牛をスカーレッド領で育てると、一月ほど経つとその体毛が黒に変わるのだとか。一説によればその土地特有の何かを取り込むことで体毛の色が変わるのではと言われている。実のところそういった例は結構あるようで、ブラックカウが特別というわけではない。
「お姉さんシチューとパンのお代わりもらえますか?」
「はーい、すぐにお持ちしますね」
普段はお代わりなどはしないのだけど、今日食べたものは先程の串焼きだけだったのでもう一杯くらいは食べられるだろう。それにブラックカウのお肉が入ったこのシチューが思いの外美味しかったのが悪い。





