第35話 妊娠
五歳になりました。この秋にはお披露目会が開かれる。この国では年を超すと同時に全員が一歳年をとることになっている。誕生日というものはあるにはあるが、わざわざ誕生日を個別で祝うという習慣はない。
ルーセリアの生きていた時代には、生まれた日時が正確にわかっていたようで転生した当初は戸惑ったようだ。そもそもこの時代の暦は自然とともに変わる。例えば八の月の月が欠け始めた頃や、七の月の月が丸くなった頃というふうに表現されている。
時間に関しても貴族や商人の間では懐中型の時計が出回っているけど、それも全員が全員所持しているわけではない。大きめの街の中だと時計塔があり三時間ごとに鐘が鳴らされるのでそれで時間を知ることが出来る。
少し話がそれたけど、私は年を越して五歳になったわけだ。つまり夏が終わればお披露目会が開かれ、私は王都へ出向くことになる。
準備は万端……とはいい難いですが、まあなんとかなるでしょう。今のところ隣国の動きもなく、聖女の痕跡も見つからない。
ステラという名前もありふれた名前なので、名前だけで行方を探すというのは無理なのかも知れない。聖女が貴族なら行方を探すのは簡単だったのだけど、家名の無い平民だと勘案に見つけることは出来ない。
それにこの国の人間とは限らないのも厄介だ。ルーセリアに聞いても、リセ恋が開始される貴族学校の入学式までの事はわからないと言っていた。本当に何者なのかしらね。見つからないものは仕方がないので気長に見つかるのを待つことにしている。
さて、最近私にとって、そして家族にとって嬉しいことがあった。前世ではもうこの時期にはお母様が亡くなっていたので起こり得ないことがおきた。
それはお母様が懐妊したことがわかったからだ。お母様もお父様もまだまだ若いと言っていい年齢だ。全く想定はしていなかったけど、公爵家として跡取りのことを考えると子供を作るということは全然おかしくない。むしろ子供が女の私だけというのが本来なら駄目だと言える。
さっそく序産師が呼ばれお母様の世話をしてもらうようになる。やってきた序産師は私が生まれ直した時にいた序産師だった。
「はじめまして。ロゼリア・スカーレッドですわ」
「あなたは、あの時の赤ん坊ですね。はじめまして、ミリリアーナ・シルベスターです。ミーナとでもお呼び下さい」
「ミーナですわね。それでは私のこともローザと呼んでくださいませ」
「そんな、侯爵家のお嬢様を愛称で呼ぶなど」
「私が良いと言っているので問題ありませんわ」
ミーナが本当に良いのかとお母様に視線を送ると、お母様は苦笑を浮かべながら頷いて返している。そんな確認をしなくても本人がいいと言っているのだから。
「わかりました。ロザリア様、いえローザ様よろしくお願いしますね」
「よろしくおねがいしますわ」
こうしてエルフの序産師であるミーナとおよそ五年ぶりの再会を果たした。
「お母様、もう性別はわかっていますの?」
「ミーナが言うには男の子ですって」
ミーナに視線を向けると頷いている。
「そうですのね。私の弟が生まれるのですわね」
前世ではずっと一人だったので弟ができるというのはなにか不思議な気分になる。
「それで生まれるのはいつくらいなのかしら?」
お母様がミーナに確認するように視線を向ける。
「そうですね。秋ごろになるかと思われます」
「あらそうなのですね。それでは王都には一人で行くことになりそうですわね」
「ローザごめんなさいね。グレイス様にはローザに付き添うように言うつもりだから」
「それには及びませんわ。お父様にはお母様に付いていてもらいますわ。私のことは気になさらなくていいですわ」
「そうもいかないわよ。お披露目会にはエスコートが必要よ」
「それでしたら、ラードリヒ叔父様にお願いしてはどうかしら? 叔父様でしたら護衛としてもエスコート役としても不足はないと思いますわ」
今は冒険者として活動しているラードリヒ様だけど、未だに家から離れたというわけではなく、所属としてはご実家のシークル子爵家の属している。兄弟仲は悪くないどころか良好のようで、冒険者となった後も家とのつながりを保っている。
普通の貴族家だと家を出た時点で、家とのつながりは切れるものだ。それは何かあった場合に切り捨てるためでもある。逆にラードリヒ様ほどになれば切らないほうが良かったりもする。
ラードリヒ様は貴族学校を出て家を出る頃には剣鬼と呼ばれるほどの人物だった。家を出てからは、黒という名前のクランを立ち上げた。今ではこの国有数のクランの一つだ。
そんなクランの代表であり、剣鬼と呼ばれる人物にエスコートをしてもらうというのは、我がスカーレッド家にとってもラードリヒ様にとっても悪いことではない。スカーレッド家にとっては、黒というクランと剣鬼ラードリヒとの繋がりを。ラードリヒにとっては、ご実家の子爵家よりも上の侯爵家が後ろ盾だと知らしめることが出来る。
「そうね。一度グレイス様に相談してみるわね。ラードリヒ様が了承してくれれば私も安心だわ」
「いいえ、お父様には私からお願いしますわ」
「そう? それが良いかもしれないわね。ローザの頼みならグレイス様も聞いてくれるでしょうから」
「早速行ってきますわ。予定を早めに決めておくにこしたことはないですから。リリン、ルーセリア行きますわよ」
「「はい」」
「それではお母様、ご無理はなさいませんように。ミーナもお母様の事よろしくお願いいたしますわ」
お父様の事だから、何としてでも私のお披露目会には出たいはずだ。だけど今世ではお父様がいるともしもの場合がある。今世の私にはバカ王子や他の侯爵子息と繋がりを作るつもりはない。
前世では私の暴走とも言える行動で即バカ王子との婚約が決まってしまった。今思えば私の暴走が無くても、王家として我がスカーレッド家を内に取り込む目的があったように感じられる。
最後は国王や王妃が関わる前位に、バカ王子と聖女が私を排除した。そして私もこれ幸いにとさっさとスカーレッド領に戻った。その時にはスカーレッド家は叔父に乗っ取られていた。仮に叔父に乗っ取られていなければ何か変わったのだろうかと今では思う。
それも過去の事で、一つ前の世界ともずいぶんと変わっている今のこの世界では当てにならない。そういうことなので、お父様はこのままスカーレッド領に留まって貰うに限る。
納税関係に関しては、お披露目会が済んでしまえば私がスカーレッド家の代理としてすることが出来るので、お父様もお母様もいなくても問題ない。実際にそういった手続きは家令がするものだから、貴族家の人間がやることはパーティに出席することが仕事とも言える。
つまりお披露目が済んだとはいえ、まだ幼い私はパーティを断ったとしても失礼に当たらない。それに貴族家の跡取りが生まれるのに立ち会うということは、何においても優先したとしてもおかしくない。
無事に生まれたとしても、一つ前の世界の私のように生まれたとしても無事に育つとは限らない。そのためにお披露目会が済むまでは出生に関して聞いたりするのはタブーとなっている。
お母様の妊娠という想定外の事を利用するようで気が引けなくもない。ただ色々と考えた末に、今世はお父様もお母様と共に領地に残って貰うことが最適だと思えた。





