第15話 護衛
「お父様、私に剣術を教えてもらえませんか?」
「ローザ、突然剣術とはどうした?」
「私も自分の身は自分で守れるようになりたいですわ」
いつもどおり下から見上げながらのうるうる攻撃をする。
「いや、だが……」
お父様が迷っている。迷っていると言うことは、押せば通じる。ここはダメ押しをするべきだろう。
「駄目……でしょうか?」
「やはり駄目だ。まだローザには早い。それに体ができていない今無理をしたら取り返しがつかないだろう」
行けるかもと思ったけど無理だった。さすがにお父様でも三歳児に剣術は早いと思ったようだ。
「だがその心意気は流石に俺とシーリアの娘なことはある。そうだな剣術を習いたいのなら五、いや六歳になってからだ。それまでは体力づくりに励むが良い」
「それでは騎士の訓練場へ入ってもよろしいということでしょうか?」
「そうだな、流石に屋敷の中や庭園で走り回るというのは止めたほうが良いだろう。バレたら俺もローザもシーリアに怒られてしまうな」
そう言ってお父様は「わはははは」と笑っている。私は心のなかで作戦が成功したことに喜びを感じていた。これで体力づくりを理由に、屋敷の外へ出ることが出来る。前世では子供の頃、運動というものを全くしていなかった。
そのため、貴族学校へ入った後は苦労したし、それこそ逃亡生活では自分の体力の無さに嫌気がさした。それでも魔術の才能だけはあったので、身体強化でなんとか乗り切りはしたのだけど。それも鑑みて、今世では体力づくりをしておこうと思った。
魔術もそうだけど、幼少期から体を鍛えることは今後に役に立つとも思っている。なんなら剣術を嗜むことで近接戦闘も可能になるかもしれない。前世の私は魔術だけだったので苦労したこともあった。魔術師なんて後ろから魔術を使えばいいんだけど、ずっと誰かが一緒にいて守ってくれることはない。いざという時一人で立ち回れるようになっておくのは大事だ。それを前世で実感している。
「まずは動きやすい服装を作ってからだな。ドレスで訓練場に入る許可はできんぞ」
「それはそうですわね。早速用意いたしますわ」
「まずは一年ほど基礎体力を付けるところからになるだろう。それが終われば一人指導役の女性騎士をつけよう。ちょうど女騎士が一人騎士団に入ってきたところだからな。一年の間にローザを守れるくらい鍛えるとするか」
「女性の方ですか?」
「そうだ。元々ローザの護衛が出来る女性を探していた所だったからちょうど良かった」
「セブルとハイツはどうなりますの?」
「あの二人も続けてローザの護衛として付ける。ただし今後セブルとハイツは外出時のみになる。それ以外は彼女、ルーセリアが付くことになるだろう」
「ルーセリアですか。どのような方なのかしら?」
ルーセリアという名は聞いたことがない。前世で我が家に仕えてくれた騎士の名前なら全て覚えている。その中にルーセリアという人物はいなかったはずだ。それも女性の騎士というのもいなかったと記憶している。
もしかすると既に歴史が変わり始めているのかしら。何がきっかけなのかしらね? 私が原因とも思えるけど、騎士団に関しては私はなにかをした覚えはない。
「ルーセリアの素性は大丈夫なのでしょうか」
「それは問題ない。トリステン子爵の縁者だからな」
「そうなのですね。それなら安心できますわね。それにしてもどうして騎士団に? 行儀見習いでしたら普通はメイドだと思うのですが」
「あー、それは、聞かないであげなさい」
お父様の言葉と態度で訳ありということはわかった。別に女性が騎士団に入るということはおかしくはない。特に寄子が寄親の騎士団に入るのは至って普通のことになる。それが跡取りでないのなら。
トリステン子爵。我がスカーレッド家の寄子の一つになる。私の記憶が確かなら当主は既に老齢で跡取りはいなかったはずだ。そもそもルーセリアはトリステン子爵家ではどういった立場なのだろうか? スカーレッドの騎士団に入ったということは跡取りということはないのだろう。
結局の所、あれこれと考えても情報がなさすぎて何もわからない。まあ、今の私が気にしても仕方がないのだけど、少し気に留めておくことにしましょう。
「服装などの準備ができたら知らせに来なさい」
「わかりましたわ。それでは早速注文をするために街へ行きたいのですけど、セブルとハイツをお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、気をつけていくのだぞ」
リリンに馬車の手配をしてもらい、部屋の外にいるセブルとハイツに護衛を頼む。まずは街の服飾店に行き訓練用の服を作ってもらわないといけない。その後はリーザイアの店に寄ってみることにする。
お父様と遠征に行っていたセブルが街へ戻ってきたタイミングで、リーザイアから材料が揃ったという連絡が届いた。治療薬作りにはすぐに入れるようだけど、一度私に不備がないか確認してほしいという連絡を受けている。
わざわざ私に連絡をせずにレシピ通り薬を作れば良いと思うのですけど。私としても、お母様の時間が残り少なくなっていることを考えると、治療薬作りが失敗した場合も考えないといけない。もし失敗したら奥の手を使うしかないのだけど、それはなるべく使いたくない。
私の知るリーザイアならまず失敗はないと思う。ただ、この時代のリーザイアの腕前はわからないので、そこが唯一の不安要素でもある。