第11話 エピルス商会
馬車に揺られながら考え事をしていると、どうやら街にたどり着いたようだ。馬車が街の門をくぐると大きな広場が広がっている。そして広場の脇の方には馬車置き場がある。
この街はそれほど大きいわけでは無いので、街の中を馬車で走るようにはなっていない。そのためにここからは歩いての移動になる。
「ロザリア様到着しました。どちらへ向かいますか?」
馬を門兵に預けたセブルが、馬車から降りた私に話しかけてくる。
「どこか大きな商会、魔物の素材を取り扱っているお店はあるかしら?」
「魔物の素材ですか? それでしたら商会よりも冒険者ギルドが良いかもしれません」
私の探している素材はこの街の冒険者ギルドにはないと思う。他の街の冒険者ギルドから素材を運んで来てもらえるなら話は別だけど、冒険者ギルドはそういったサービスはしていない。
「この辺りではとれない素材のはずです。そのため商会に注文しようと思っていますわ」
「そうですか、それでは魔物の素材を扱っている商会にご案内します」
「お願いしますわ」
セブルの先導で街を歩く。たまにチラチラと私を見てくる視線を感じるが気が付かないふりをしてセブルの後をついていく。そして街の中をしばらく進みたどり着いたのは、大店ではなくこじんまりとしたお店だった。小さなお店だけど店名には見覚えがある。このお店には前世でずいぶんとお世話になった。
エピルス商会、それが私が連れられてきたお店だ。前世では色々とお世話になった人物が経営するお店になる。この時期にお店が出来ていたとは思わなかったので、店を見た時少し懐かしさも相まって驚いてしまった。
「ロザリア様、こちらが私の知るこの街で唯一魔物の素材を扱っている店となります」
「ありがとう。それとセブル、ハイツ、街の中では私のことはローザと呼んでください」
「「了解いたしました」」
「あと、そうですね。そのかしこまった態度も改めてください」
そう言うとセブルとハイツは困惑した表情を浮かべてお互いに見つめ合っている。
「よろしいので?」
「せっかく屋敷からでたのですもの、堅苦しいのは辞めにしたいわ」
正直な所、三歳児の演技ができているかと言うと出来ていないと思う。あまり良く覚えていないのだけど、前世で三歳児の時はもっと言葉がたどたどしかった気がする。仮に覚えていたとしても今更そういった話し方が出来る気がしない。なので本ではこういう話し方だったと、周りには無理やりそう思ってもらうことにしている。
それでもなんとか貴族令嬢っぽい話し方を心がけている。そのために今の言葉遣いが迷子になっているのは自分でも分かっている。しばらくは貴族令嬢として生活するつもりなので、そのうちお父様に家庭講師を頼もうと思っている。
まずセブルが店の中に入る。中に危険がないか確認をした後に招き入れられる。店の中は魔導ランプの光があるだけで薄暗かった。店に入った正面にはカウンターがあり、そのカウンターには金髪の女性が一人いた。
「はじめましてロザリア様。私がこの店の店主をしております、リーザイア・エピルスです。以後お見知りおきを」
リーザイアは胸に片手を添えて礼をする。
「はじめまして、ロザリア・スカーレッドですわ」
私は軽くスカートをつまみカーテシーで返礼する。
「それで本日のご要件は何でしょうか?」
「いくつか素材を購入したいと思っておりますの。多分ですけど注文という形にはなると思いますわ」
「姫様が魔物の素材を、ですか?」
「ええ。その前にセブル、ハイツ、二人は今のうちに食事をしてくるといいですわ。 ここからは女性同士の内緒話になりますから」
きっとお父様に報告をするだろう二人には、何の素材を買いたいかや、何に使うかなどはあまり聞かれたくない。
「ですが」
セブルの言葉を遮って言葉を続ける。
「ここは安全なのでしょう? あまり乙女の秘密に興味を持つのは感心しませんわよ。二人の昔なじみであるリーザイアは信用できるでしょ? それにリリンも一緒ですわ」
ハイツがセブルの脇腹をつついている。なおも何かを言おうとしていたセブルがそんなハイツの行動を受けて考えを改めるようにため息をついた。
「わかりました。急いで戻ってきます。リリン、何かあっても必ず姫様をお守りしろよ。リーザも姫様を頼む」
リーザイアはセブルに頷いて返している。
「は~い、任せてください」
リリンのゆるい返事を聞いて、セブルはためらいながらもハイツに促されるように店を出ていった。
「護衛を追い出してしまっても良かったのですか?」
「良いですわ。それよりも普通に話してもよろしいですわよ」
「そう、ですか?」
黙って頷いておく。
「分かったわ、それで姫様は何をお求めで?」
「あなたに姫様と呼ばれるのはなにかこそばかゆいですわね。私のことをローザと呼んでください。代わりにあなたのことはリーザと呼ばせてもらいますわ」
リーザイアはちらりとリリンに確認するように視線を向ける。リリンは黙って頷いて返している。
「それじゃあローザ様でいいかな。私のこともリーザでいいわよ。それでそちらのメイドはリリンで良いのよね」
「はい、リリン・スーレルといいます。よろしくおねがいしますね~」
リリンも貴族の娘らしくメイド服のスカートをつまんでカーテシーをする。
「それで、ローザ様は何をご所望で?」
「そうですわね……。一つはユニコーンの角ですわね」
「それはまたとんでもないものをお探しだね」
「用意できますか?」
「少し時間はかかると思うけど、ちゃんとお金さえ払ってもらえるなら用意はさせてもらうよ」
「それではお願いしますわ」
「良いのかい? ユニコーンの角は安くないよ?」
「問題ありませんわ、なんでしたら先払いいたしましょうか?」
「いや受け渡しのときでいい。それで他には何が必要なんだい?」
必要な素材を一通りお願いした所、すべての材料が揃うには三ヶ月ほど時間が必要なようだった。





